31ページ,狼と狐
僕は、昔から優れていた。生まれたところにも恵まれていたし、頭もよかった。二歳のころで世界の全言語は覚えたし、七歳になると大学までの学習を全て終えた。
小学校に入ると、周りは低能ばっかりだったし時には先生よりも僕の方が賢かったときもあった。
中学校になるともうこの世には興味が湧かなかった。だけど、他にこれほどかと魅力的なものがあった。そう、それが魔力だ。
魔力は僕のなかでは非科学的で、どうも信じられなかったけど、それでも僕にとってなにかひっかかる感じだった。
そんな曖昧な考えで、僕は魔力の研究をした。ないものを探すのは骨が折れたけど、多次元理論を用いた極限のエネルギーで別の世界の物質を発見した。これも現代にとって革命的なのだが、あくまでこれは僕の趣味の範疇だから発表する気はなかった。
そして、遂に魔力と呼ばれるものと相似するものを見つけた。
そこは、僕たちとなんら変わらない人間が住んでいて、僕たちの世界よりも進んだ文化があった。
さらに追及する為にその世界の言語を覚えた。僕にとって、その行動は、息をするくらいに容易なこと。
あとは、その世界に行くための<法>とやらを勉強して、ちょうどいいクラスメイトを巻き込んだ。
帝国は、戦力を欲していた。そして、帝国は大規模転移ができる術を持っていると言った。僕は、もちろんそのことに乗った。
僕は、そんな帝国と協力関係にあった。……なのに、クラスメイトが勝手に脱走しようなんて言うから。……そんな暴挙など、許されない。
だから、話を聞いて、それを皇帝に報告した。僕はそのまま逃げたやつの尾行を続けた。だから、今日この日、僕はコッソリと離脱し、邪魔に徹した。
だが、こんな木っ端のやつにバレてるとは思わなかった。僕は、この賢い頭で生きていかないといけない。だから、こんな奴など消さないといけないんだ。
先程振るったこの武器は、皇帝から貰ったかつての巨匠、ガルムの最高峰。文字通り命を削って打った武具だ。
今のところ、コイツは満身創痍。こっから一気に仕掛けるぞ。
「『魔力弾丸』」
僕は、魔法が得意だったようだ。それが判明したのは、この世界に転移してすぐ。
魔力は、攻撃に優れているらしく、僕は熱心に勉強した。幸い、僕の職業も魔法に優れたもので、さらに熱中しているのを覚えている。
この力を使って、かの悪魔であるベルゼブブをも容易く卵に納めた。皇帝に渡して王国の樹海に開放したのも記憶に新しい。
変則的に動く魔力で作られた弾丸は避けることなく新真に襲い掛かる。追い打ちとなるその攻撃は新真を更に死の淵に立たせる。
先程、この武具で絶望になった上にこれで追い打ちをかける。これで終わりだ。新真。
「なかなかに勘の鋭いやつだ。……だけど、それもこれで終い。喰らえ───"武技"【狐喰】」
僕は全力の振りかざしを新真に向けて放つ。僕が振り払ったその跡は<力>の刃が飛ぶ。それは、とてつもなく巨大で、狼の形をして、一回で命をも喰らうものだった。
もはや、奴は輪廻転生すら叶わぬ、そんなのを自信をもって言えた一振りだった。
絶体絶命、その一言が尽きるもののはず───だった。その狼が、一瞬にして崩れた。
「……は?」
そんな、間抜けな一言が出てくるほど、僕は意味がわからなかった。
***
昔は、今よりもずっとマシな生活をしていた。親も俺に愛情を注いでくれていたし、好きな幼馴染もいた。そんな未来の道筋が決まっている、なんてことはなかった。
中学一年生。俺が一人で風呂に入っているころ、リビングの方で物音が聞こえた。もちろん、親が居たのでその可能性も否めなかったが、あまりにもその物音が大きかったので不審に思った。
すぐに風呂から上がると、慎重にリビングへ向かった。ようやくリビングへ着くと、そこには悲惨な状況があった。一人佇む全身真っ黒な大人。そして横たわる両親。
一目見てわかった。コイツが両親を倒したのだと。
予め持っていた包丁を大人の右足に投げる。幸い、俺は小学生のころに野球をしていたのでコントロールは自信があった。
さらにもう一個ある包丁で左足を狙う。命中。
大人は悲鳴を上げて立てなくなった。俺は大人に近づき、包丁を抜き、また刺す。自分でもこんなに非情になれるのかと思った。
その後は警察に連絡して、両親はもう死んだことが知らされた。涙は出なかった。あんなに愛情を持って育ててくれたのに。
あれから、俺は感情と呼ばれる感情が乏しくなった。ゼロになったわけではない。だが、限りなくゼロに近づいてしまったと俺は感じている。
そんな俺だが、一つだけ、未だに感じることがある。それは、優しさだ。
優しさに関しては、俺は人一倍敏感だろう。
特に感じるのは、クライシス。アイツは言葉の節々に優しさが感じられる。あんなに感じるのは初めてだった。
『お前に、これをやる』
あの日、訓練場で俺は嘘つき野郎から九尾刀、黒狐を貰った。鑑定しても、まったく分からない代物。一体、これをどこで貰ったかを聞いても、嘘を吐くかはぐらかせるだけ。だけど、その言葉にも優しさを感じた。
なにか、話したら巻き込んでしまうことを恐れているようだった。
『この武器の真価は、自身の魔力を込めること。お前には、"狐"の<力>が込められている』
どうやら、俺<力>は特別らしい。狐を宿している。
こんなこと、思い出して、なにやってんだろうか、俺。ああ、こういうのって、走馬灯とか言うんだっけか?
「喰らえ───武技、【狐喰】」
そんな声が聞こえる。松林の声が。そして、それだけで俺の体は瞬時に動いた。頭を巡らせる。
松林の渾身の一撃。すでに俺の体は満身創痍だ。だから、俺の<力>をこの武器に全力で注ぐ!
その結論をだして、黒狐に<力>を注ぐ。
瞬間、俺の体に九尾が生える。そして、俺の体が勝手に動き、松林の【狐喰】を消滅させる。否、喰らった。狼の形を模した<力>は、俺の<力>で作られた九尾の狐に食われた。
「……は?」
そんな松林の呆気に取られた声が漏れる。
俺は、<法>で自己回復しながら立ち上がる。まだ俺の九尾は残っている。そして、頭の中で流れる声。
『共に叩くぞ、小僧』
声の正体は未だに分からなかったが、自分の味方ということだけは分かった。
「ちっ……!たった一回の攻撃で図に乗るなよ!新真!」
「やっと俺の名前を呼んだな」
黒狐を握りしめて、刃を松林に向ける。一回だけ回避したとはいえ、まだ奴には勝っていない。ここから、どうするべきか……
『ウヌの力を使うがいい』
再度、頭の中で声がする。それと同時に、色んな攻撃手段が見える。
これなら……!
『狙いを定めろ』
黒狐を鞘に納め、松林を見据える。
『一回だけだ』
黒狐に<力>を込めその刀身が黒一色に染まる。
目の前には松林が【狐喰】をまた撃とうとしていた。
隙は、一瞬。【狐喰】は、<力>を溜めるときに動きが止まる。そこを───
『今だ!』
その声と同時に、僕は動き出す。徐々に鞘から刀身が見え始め……
「うおぉぉぉぉぉぉお!新真ぁぁぁぁあ!」
予想よりも早く、松林が剣を振り下ろす。それと寸分違わず俺も刀を振るう。
松林から狼が現れ、俺からは狐が現れる。
「【狐喰】ッッッ‼‼‼‼」
「───《浪倒》」
勝負は、一瞬。俺は刀を鞘に納め、松林は剣を払う。
「ちくしょう……」
声を漏らしたのは、松林。そのまま地面に落ちる。
「……俺も、少し疲れたな」
そんな一言を漏らして、俺も意識を手放した。