25ページ,天然勇者と人口勇者
「っが……!」
ケーラを切り裂く鎌の刃は、ケーラの体を貫通して、正面の鳩尾から飛びだしていた。
「ケーラ!」
叫んだのは、夕夜。先程、混沌の力を使いすぎてしまったが為に伏せてしまっていた。
ケーラは、魔剣を床に突き刺してなんとか体制を保つようにしていた。ポタポタと流れる血から、大量出血をしていることが目に見えてわかった。
「ぐふ……っ……がはっ」
口からも苦し気に血を吐き出す。ケーラの視界は暗がりを見せて、フラフラと体が揺れていた。
「先程も言っただろ、魂不逃聖鎌と。この鎌は魂さえも逃さず、お前にまとわりつく。どうだ?初めて魂を傷つけられた気分は」
まあ、喋れないだろうけどな、とリャクセランはケーラを下目に見据えた。ケーラとリャクセランの距離からは、まさしく力の差があるように見える。……───だが、それでもケーラは諦められたものではなかった。
ケーラが、動き出す。ズキズキと魂からは悲痛な叫びがケーラの体に染み渡る。それは、たった一歩動いただけで死に至るほどの痛み。それが何度もケーラを襲った。
ドクン、ドクン。心臓の音がケーラの心中の中で響き渡る。そんな中、ケーラの頭に、とある文字が浮かび上がっていた。
『■■■■』
それは、生涯にしてどこにも聞いたことのない言葉。だが、それがはっきりとしてケーラは理解できた。故に、発す。その<法>を。
「『◆◆◆◆◆◆』」
しかし、その<法>は術式も未完成で効果も薄いはずだった。───しかし、その<法>はここら一帯を渦巻き、無差別に無慈悲にリャクセランにだけ襲い掛かった。
狂うほどの緑の粒子がリャクセランを包み、弾け飛んだ。そこに降り立つは翼をはためかすケーラ。もはや、人では思えないほどの異形の姿をしたものが、そこに立っていたのだ。
拳を握りしめ、緑の粒子を凝縮する。その力は凡そ勇者とは思えないほどに荒れていた。
「ケーラ!」
ケーラがリャクセランに止めをさそうとするその時、夕夜が目の前に立ちはだかった。
「もうやめろ、相手は戦闘不能のはずだ。というよりもお前、ケーラなのか?」
揺るぎないその夕夜の眼に映し出されるケーラの姿は無表情で、機械のように動じなかった。
『否定、個体名、未設定。名前、ケーラの体を借りて代行を実行するためにこの地に舞い降りた』
「……どういうことだ?」
ケーラであるはずのものから発せられたその声は、抑揚のない淡々と述べられた。
『これは結構まずいな』
突如、通信聖法によってパルの声が夕夜に届いた。次いで、夕夜もパルに通信聖法を飛ばす。
「これはどういうことです?クライシスさん」
『ケーラが"外の世界"のやつに乗っ取られた。おそらくトリガーは……<法>か。なにかケーラがああなるまえに<法>を使ったか?』
外の世界などの不穏な単語が聞こえてきたが、それを聞くのはマズイと思い、夕夜は思考を切り替えて、先程のことを必死に思い出していた。
そして、先程ケーラはなにか<法>を使っていたことに気づく。
「はい、なんらかの<法>を使ってました」
『じゃあ、その<法>の術式を思い出せるか?』
「はい」
なるべく覚えている範囲で術式を頭の中で描き出す。
『よし、じゃあこの<法>をなんとかして今のケーラにぶつけてくれ』
その言葉と同時に夕夜の頭の中に見たことのない<法>が浮かんでいた。
「わかりました。なんとかしてみます」
拳をぎゅっと握りしめて覚悟を決めた。
それと同時にパルとの通信聖法が途切れた。あとは任せたということだろう。
『攻撃。邪魔するもの、それ即ち排除すべきもの』
ケーラが夕夜に向かって陣が浮かばれるが、それはあまりに遅く、隙だらけすぎた。
その隙に夕夜はパルに貰った<法>をケーラに穿つ。
『冗費。この体はどんな体も受け付けはしない───⁉』
その瞬間、ケーラは驚きの表情を浮かばす。
体がふらついたのだ。別に、体感が崩れたわけでもない。ただ、人格が離れただけなのだ。
ケーラから離れた人格の"それ"は突如として口調を変えた苦痛の一言を漏らす。
『たった不安定な<虚次元>の住人如きが……!図に乗るんじゃないぞ……!いつか、必ず……!』
そう言い、それは跡形もなく消え去った。
「……あまりに呆気なかったな……」
息を切らしながら、夕夜はポツリと言葉を吐いた。
「そうだ!ケーラは!」
先程、ケーラの居た方へ眼をむけると、起き上がるケーラが居た。
「ケーラ、大丈夫か!」
夕夜はケーラの傍に駆け寄り、体を支える。でも、それをケーラは拒否した。
「大丈夫、動けるよ。ありがとう。でも、まだアイツは生きてる」
ケーラを見据えるその先に、夕夜も視線を注ぐと、岩が退かされ、這い上がるリャクセランがいた。
ケーラもその場にフラフラと立ち上がる。
「今のはなかなかだったぞ……」
「アイツ、頑丈すぎだろ……」
リャクセランは<力>の量に自信があるのか、何個も陣を描いていく。再び『聖操作支配人形』がその場を映し出された。
そして、それは先程よりも多い。
「この数に耐えきれるかな?」
リャクセランが槍を振るうと、聖を纏った人形がグググと動き出す。
再び、転移者組は人形と戦うものとなった。
「これじゃあ、さっきと一緒だ……」
夕夜は、これ以上の戦いに絶望しながら人形と相対していた。人形の体力は無尽蔵にして、転移者組たちの生身の体は体力が限られている。度重なる再戦によって、転移者組は一人、また一人と倒れていった。
「耐え続けろ!ここを凌げば───」
「ここを凌げば、なんだ?」
夕夜の目の前に、リャクセランが槍をダラリと構え、悠然に立っていた。
「君の相手は僕だよ」
リャクセランが後ろを向くと同時に槍で守りの体制を取った。そこに、弱弱しい剣筋が通った。
「まだ戦うか、愚か者」
「『位置場所入替』」
残り少ない貴重な聖力を使って聖法を行使する。その聖法は、ただ対象との位置交代だけの聖法。
「ケーラ、お前……」「そういえば」
夕夜の言葉を遮るようにケーラは語りだす。
「君と僕の出会いは、その性格故だったよね」
ケーラと夕夜の性格はよく似ている。そんな二人は、同族嫌悪などなく、意気投合した。
ケーラは、奥歯を噛みしめるように、その一言を言う。
「───僕は天然勇者なんだ」
「……ケーラ?」
ポツリ、涙のような、その具現化の言葉を、ケーラは漏らす。
「僕は、君たちのような転移してきた勇者とは違って、最初から勇者なんだ。だから、僕のせいで、君たちは、こんな苦労をして───」
「ケーラ」
そんな涙のような一言を、夕夜は名前だけで止めた。
「……お前、何言ってるんだ?」
「……え?」
瞬間、ケーラは虚が突かれたように固まった。
だが、夕夜は言葉をつづける。微笑みを浮かべて。
「そんなん、もう俺ら全員が知ってるぞ」
ケーラが辺りを見渡せば、倒れていた転移者たちは治療されていた。そう、牢屋にいた転移者たちが起き、解放されていたのだ。
「お前は、言葉の節々から勇者と思わしき言動があふれてるし、<法>を使うときだって聖が溢れすぎてる。お前が勇者だってことは、誰だってわかってるさ」
「じゃあ───」
「でも、誰もお前を憎んでなんかない」
「……ッ」
その一言に、ケーラは窮した。
「俺さ、疑問に思ってるんだよ。逆に。なんでこんな人口勇者を救ってるんかなって」
「それは───」
「俺たちは、お前に感謝してるんだよ。いや、確かにお前が帝国に居れば俺らが呼ばれることはなかったはずだ。でも、そんなもしもなんて話は俺たちはしない。あったものは仕方ないし、それで前に突き進むだけだ」
一単語、一文字に感謝の気持ちがケーラにはいかに伝わってきた。
「人間関係も、いい方向に変わった奴もいるからな」
ハハッと微笑んで一言付け足した。
「……そうか」
ケーラは、胸に手を当てて、その温かみを確かめた。
そして、向き直る。リャクセランの方へ。
「お話は終わったかね」
「ああ、待ってくれて感謝するよ」
二人は再び相対する。そして、ケーラは夕夜に静かに告げた。
「ありがとう、夕夜。───【覚醒】」
命の覚醒が、その場を包み込んだ───