23ページ,帝国の聖人
───私は、生まれながらにして、皇帝様の手足だった。
生まれて齢3歳。物心がつき、母の私への愛情はないんだと知る。父親の顔さえ見たことが無かった。
ただ、生まれたときからずっと頭に残された言葉。『皇帝様は絶対だ』。誰が言ったさえも覚えていないが、その言葉だけが私の人生の生きる意味なんだと知る。
5歳になれば暗殺部隊へと駆けこまれ、訓練を受けさせられることに。反吐が出ようと、いかに内臓が引き裂かれようと、関係もなしに訓練は続けられる。
16歳になった私は、暗殺部隊───百月のエリートになった。そして、その同時期に新皇帝様が即位される。その方は、私に会うなりこう言った。
『其方が、暗殺部隊のものか。ふむ、なかなか恵まれた体格だ。今後は私に仕えることになるんだが、無理はするなよ。私は其方に生きてほしい。だから、自分の命が最優先だ。いいな?』
その言葉に私は思わず感激してしまい、床に崩れて泣いたことを今でも覚えている。そして、心に誓ったのだ。この方に、永遠と付いていく、と。
***
───皇宮一棟回廊道中───
フードの男は、壁に埋もれていたがヨロヨロと立ち上がる。どうやら、そのボロボロの体で、まだ戦意が十分に備わっていた。
フード男は剣を持ち、ケーラを睨みつける。その太陽の如し光を前に立ち尽くしてばかりではいけないと思い、フード男は体を動かす。
フード男の体が、徐々に青黒くなっていく。粒子が螺旋を描いて立ち上った。そして、背中に翼を模した<力>が模られていく。
空を飛ぼうとするその姿は、美しいとさえ言えてしまうほどだった。
「失礼したな、武人。お前の名を聞こう」
フード男は剣を真正面に構え、その刃にケーラが映し出されている。
「ケーラ」
その一言だけ聞くと、フード男は満足そうな笑みを浮かべ、高らかに口を開く。
「私の名は、ラグゼル!貴様に立ち向かう男だ!」
翼をはためかせ、真向からケーラへ向かう。それは、太陽に憧れた鳥が、大空を自由に飛ぶ様子のように。
暗殺術のような小手先は使わなかった。使う意図が見られなかった。
ケーラの魔剣が赤黒の粒子を纏わせ、一瞬にしてラグゼルを切り刻む。その軌跡には太陽のような光が残った。
ラグゼルは、切り刻まれるなかで自分の過去を思い出していた。
───自分は、騎士になりたかった。
───そして、人々を守るんだ。
───かっこいい、あの日夢見たヒーローのような。
───でも、なれなかった。
───全ては空想上の話で、机上の空論だった。
───でも、でも、でも。
───もし、なれたのなら。
───暗殺なんかしないで、光るそこで、また剣を振るえたら。
───その日は───
「きっと、なれるよ」
心を読んだケーラが、そう一言漏らした。
***
───10メイル後、皇宮一棟回廊道中───
「殺さないのか?」
意識を失ったフード男の集団を縛り付けているケーラに、夕夜は不満げに言う。
「クーに殺すなって言われているからね。それに、この人たちは優しい。外道に堕ちてなんかないからね」
「ははっ、ケーラはまるで勇者みたいなことを言うな」
「あはは……確かにそうだね」
確信をついた夕夜の発言に、ケーラは乾いた笑みを浮かべる他なかった。
現在、ケーラが勇者であることは、転移者組は知らない。ケーラは、恐れているのだ。自分が勇者であることが知られるのが。
帝国に、天然勇者が来ていれば転移者組のような人口勇者は生まれなかったはずだ。転移者組は、こんな辛い思いをせずに済んだのだ。
だから、転移者組は天然勇者のことを恨んでいるとケーラは思っている。心を読めば真意が分かる話だが、そこまでの心を読むスキルをケーラは持ち合わせていなかった。
「じゃあ、牢屋の方に向かうか」
夕夜はパルに教えてもらった聖法、『地図表示青板』を使って皇宮の地図をステータスの青板のように表示させる。
夕夜の現在地が示されており、どのルートを辿れば転移者組が囚われている牢屋に行けるのかが記されていた。
ケーラと転移者組は、急いで牢屋の方へ向かう。本来の転移者組の目的は、囚われている他の転移者組の解放。それが、パルたちの国王との約束と合っていただけのことだった。
言い方を変えれば、二組とも目的は違う。だが、ケーラは転移者たちと付いていく。それは、同情からだった。
牢獄に向かうと、そこには囚われの転移者が牢屋で眠っていた。そして、その真ん中には白の衣を着衣した男が立っていた。痩せこけていて、なにか剣を持っている。
正直、ケーラは力が残っていなかった。【覚醒】。それは<力>、〈スキル〉共に激しく消耗する。たった数メイル、覚醒を使ったからと言って未熟なケーラではすぐに疲れる。さらなる敵を回している力はない。
しかし、ケーラは剣を手に握る。一方、相対する痩せこけの男は覇気をだした。普段、ケルやキャルの覇気に耐える訓練を転移者組はしているが、今は全員が疲労状態。その覇気に耐えるだけでも一苦労だ。
ケーラは、その覇気に少しでも前にでる。一歩ずつ、一歩ずつ。その覇気にでる。男は、そんなことを気にもせずにケーラに剣を向けた。
覇気の圧力で碌に動けないケーラは、それでも諦めずに男の剣を防ぐ。ギギギと剣と剣を交えるその二人に火花が散った。
「……一難去ればまた一難って……ほんとに不幸だね……!」
その言葉と同時に男の剣を折る。
「この剣では貧弱か」
男は、折れた剣を捨てて手をプラプラと振る。次にケーラを見据えながら自身の背中に携えている鎌をケーラの首に添える。
「魂不逃聖鎌、ホグリャムガヴエン」
その言葉に、ケーラは疑問を覚えた。
「"聖"……鎌……?」
そう、その武器には聖の文字が入っていた。それは、聖剣と並ぶ聖器だ。そして、聖人しか使えないのが特徴だ。
「察しがいいようだな」
そこまで考えがきたケーラに男は告げる。
「私は、聖人。リャクセラン・トラウ・ロゼヌポン」
ケーラの首に、鎌が振るわれたその瞬間、ケーラの首が刎ねられた───はずだった。
ケーラの首と鎌の合間に剣が置かれていた。それも、何個も。
転移者たちがケーラの後を追い、ギリギリで間に合ったのだ。
「俺たちもいるんだぞ……ッ!」
夕夜の視線が、リャクセランを敵意で向く。
リャクセランはこのままでは分が悪いのだと思ったのか、鎌を退けた。
そして、構える。ケーラは、立ち上がろうとするがすぐにその姿勢は崩れた。
夕夜と礼高と祐亮の三人でリャクセランに立ち向かう。各々では決してリャクセランには敵わない。だが、それが三人では?この三人は日本に居た時でもよく話す仲。異世界で鍛錬をするときはよく組まれていた三人だ。結束力は硬い。
礼高と祐亮は先に向かう。二人は剣を振りかぶるが、リャクセランの大鎌でそれを防がれた。しかし、そこにはあるものがリャクセランの顔面に飛び込んだ。それは───槍。寸前でギリギリの避けをかましたリャクセランは、投擲場所を逆算して、そこを睨む。
そこには、夕夜が悔しそうな顔をしていた。
「っち、あともう少し……っ!」
「───ッフン、なかなかに連携が取れてるようだが、それでは───」
その瞬間、リャクセランの後頭部に槍が突き刺さる。夕夜の口には、微笑みの口角が上がっていた───




