5ページ,贖罪解放の夜明け
───同刻、冒険者ギルド、迷宮姫キャルメル・ファスト───
完全実力至上主義組合。だが、そこは昼間や夜などの大多数が休憩の時間となると飯をとる酒場と化する。
「最近、迷宮姫の噂ないよなー」
「それでさー隣のハイルさんが突っ込んでったのよ。勇敢じゃない? 惚れちゃうよね~」
「可愛い女の子いないかなー」
「いるでしょ。ここに私という美少女が」「無理」
色んな話が入ってくる。
その酒場と化した空間に、一人の少女が冒険者ギルドのドアを開ける。
その刹那。物凄い<力>が私を襲った。周りを見渡すが、なにも外傷が無い。つまり、たった<力>の雰囲気だけでここまでの圧を私に喰らわせたということ。そんなこと……考えるだけで震えてくる。
私は恐れながらも、いつもの挨拶で「ようこそ!」といった。声は若干震えていた。
私に好意を持っている人は少なくないとこの前聞いた。そのせいか、私に挨拶をされた人は目の敵にされるとこの前言われてしまった。
でも私は挨拶をしなくちゃならない。それが受付嬢としての決まりなのだから。
しかし入ってきたその人は、凄く可憐な美少女だった。凄く異質な仮面をしていたが、体形はスラッとしている。背は平凡くらいで決して冒険者ギルドには入ってはいけないような恰好をしていた。
皆その美少女に視線を向ける。本当に綺麗だ。その一つ一つの所作から、その綺麗さに、いつの間にか皆の敵意の目は好意の目へと変化していた。誰もが、その容姿に目を惹かれる。
だけど、私には、その少女の後ろに恐ろしい怪物が見える気がする。
そして私が警戒していたその瞬間、周りのごく一部だけが呻き声をあげた。
さっきまでその少女に敵意を抱いていたやつだ。
たぶんあの少女がやったのだろう。本能でそう直感した。
だがそれでも絡んでくるやつはいる。
最近Bランクになったバアカだ。バアカは、ああやって弱そうなやつを弄ぶ。
だが、その美少女があまりにも綺麗なためか、どこかの貴族と思ってそうだ。
その証拠に「おい嬢ちゃん。ここは嬢ちゃんみたいな綺麗な者がくるとこの場所ではないんだわ。さっさと家の床に入ってろ」と言っている。もし仮に貴族だとしたら、ここで問題を起こしたら後でどやされるのはバアカだ。
いつもよりも柔らかい口調で話している。
だが、その刹那───
バアカが倒れた。それと同時に物凄い覇気が私を襲う。
私でさえもギリ耐えれるレベルだ。今まで鍛えた筋力で、なんとか耐えてられる。
足をガクガク震わせて耐えていると、ようやく覇気が終わった。
地面に足を着きそうになったが、なんとか踏ん張る。
耐えられた。
なんとか私が耐えてると少女が前に歩いていく。
視界の端っこでは、ズームの仲間がズームを引っ張っていく逃げていく。
その後は、お礼を言い、美少女の笑顔を見れたことで、頬を赤らめてしまった。
不覚。
で、さらに<力>量検査をしたところで、ついでに名前を聞いた。
クライシスという名前らしい。男の子っぽい名前だ。
結果的に、クライシスさんは《無名》になってしまった。
残念だ。クライシスさんも無表情だが、瞳の奥で残念な感情をだしている。
でも、不可解だ。どうしてだろう。あんな<力>をだしていたのに、《無名》なのだろう。
そういえば<力>量検査のとき、あの膨大な<力>が無くなっていた気がする。もしかして抑えていた? そうだとしたらこの人は物凄い人材だ。冒険者ギルドとして、手放すわけにはいかない。
なんとかしてここにいられるようにやらないと。
そうだ。そういえばパーティー制度があったな。そのことを伝えよう。そうすれば、ここに留まる理由ができる。
「あの……一つだけ……パーティーを組むことができれば、クエストを受けられることができます」
そう答えるとクライシスさんは嬉しそうな顔をしていると思うが、やはり無表情だ。
でも、これでなんとかここに留まることができそうだ。
「それなら、僕とパーティーを組みませんか?」
クライシスさんは、私に手を伸ばし、そう告げた。その言葉は、私にとって耳を疑う内容だ。
「へ?」
「僕とパーティーを組んでください」
もう一度問いかけても、返事は同じだ。だから、少しでも抗う。
「……理由を聞かせてもらっても?」
「あなた、私のホントの<力>量分かってるでしょ?それに私がここに入ってきたとき声が震えていたのも、それが原因でしょ。他にも私が覇気を放ったとき、貴方は近くに居たにも関わらず、貴方は立っていた。足ガクガクだったけど。でもあの倒れた男と同等の実力なら、普通に気絶するはずだよ」
クライシスさんはコソコソと言う。でも、その声は確信を持っていた。
……まさかそこまでバレてるとはね。
私はハア……とため息を吐き、口を開く。
「そうだよ。私は、【迷宮姫】の異名を持つ現Aランク冒険者だよ」
後でこのことを振り返ってみたら、別にホントのことを言うつもりなんてなかったかも知れない。でも、ここまできてしまったらもう後には引けないので、仕事モードの自分から、素の自分へと変える。
そして、私がそうカミングアウトをすると、この話を聞いていた周りの冒険者が一気に騒ぎ始めた。
だけど、そんな私と話していたクライシスさんは、さも当たり前かのようにしている。
「で?そんな凄い人だった訳だけど、俺のパーティーはどうする?」
「お断りするわ」
「理由は?」
少し威圧的な態度をしている。ここは慎重にお断りをしよう。
「私は……もうパーティーは組みたくないの。絶対に失敗するから」
「でも後ろの人の意見も聞かないとだね♪」
クライシスさんはそんな悪戯な笑顔を浮かべる。
後ろ?まさか───
私は後ろを振り返る。するとそこにいたのは
「そうだな……別に、もうそろそろいいんじゃないか? コイツの強さなら、お前も守れる」
「お、お父さ───ギルドマスター……」
私のお父さん……いや、ギルドマスターが私の頭を不慣れな感じで、ぐしゃぐしゃと撫でた。
「貴方のお父さんもそう言ってますよ?」
「……」
考える。でもどうせ無駄だ。先に折れたのは私の方だった。
「わかりました。クライシスさんとパーティーを組みます」
「うん、賢い選択だね」
クライシスさんは手をグッと握り可愛らしいポーズをとる
クライシスさんは喜んでいるのだろうか。
喜んではいそうだが相変わらずの無表情だ。ここまで顔と言動があってない人は初めてだ。にしても、そんなクライシスさんも可愛い顔をするものだ。
クライシスさんはそのまま「じゃあ明日またここで」と言い切り立ち去ると思いきや、いきなり立ち止まり壁に貼られている地図を眺めた。
だがそんな束の間の出来事。直ぐに動き出し、立ち去って行った。
凄く不安だ。また……ああなってしまうかもしれない。
あと、少し気になることがあったためギルドマスターに聞く。
「あの……受付はどうすれば」
「ん?そんなの全然たくさんいるのだから大丈夫。ちょっと忙しくなるだけだ」
「……そうですか」
はあ。と私は再度ため息を吐く。こんなにもため息を吐くのは今までなかったんじゃないか。
明日……か。ちょっぴり不安だけど、それでも、さっきよりは大丈夫だ。
そして、ほんのちょっとだけ明日が楽しみだ。こんな感情も、久しぶりだった。




