22ページ,魔剣の勇者
───皇宮一棟回廊道中───
フードの男たちと戦っていた転移者だったが、それと他に兵士とも戦っていた。その実、パルたちと離れた後に大量の兵士の軍勢がきたのだ。
「っく……!なかなかにしぶとい」
無口のフードたちは、なにも喋らないこともあり、より一層と怖さを増している。
「確か、聞いたことがある……ッ。帝国には、秘密の部隊があるって……ッ」
苦し紛れに出た、その夕夜の言葉はそれでもケーラの耳朶を打つ。
「それって、いったいなんのことだい?」
聖剣を常時生み出しつつ、斬るその太刀筋は、粗々しく、とても勇者のそれではなかった。それも、ケーラがスラム出身だからだ。スラム出身のケーラは、喧嘩による力でしか技を知らず、鍛錬と研鑽で積み重ねた技術ではなく、純粋に欺罔と経験の最中に生まれた暴力なのだ。
技術がそこまでないから、相手を斬る度に、強度が高い聖剣を折る。
「暗殺部隊、"百月"……ッ!」
「左様」
すると、今まで喋らずにいたフードの男が口を開く。
全員がそのことに疑問をもつが、ここは現状戦いの場。そんな些細なことについて口を出すものはいない。ケーラ以外は。
「どうして今頃になって口を開くんだ?」
聖剣を作り出し、フードの男を見つめる。その刃には、ちょうどフードの男が映し出される。
「死にゆく貴様らには関係のないこと。ただ───我らの名をだされ、それに答えたまで」
「答えてるじゃん」
「関係ない」
フード男は、無表情で端的に告げた。
端的に話すフードの男の口調から、これ以上は話す意味はないことをさしている。
再びとして剣の攻防が始まり、ケーラとフードの男は交わる。だが、技術がない分、ケーラの方が劣勢に立たされていた。そして、頭部に向けられる刃の交わりを最後に、ケーラの聖剣は折られる。
聖剣を作るにも、それは無限ではない。ケーラの聖力がいかに膨大でも、それは必ずとして底が尽きる。
フードの男は、その一瞬の隙を逃さない。
「終わりだ」
フード男の剣は、ケーラの頭蓋に向かって一直線に振り落とされた。
だが───
「───【覚醒】」
ニヤリと、ケーラは口角を上げた。その刹那、フードの男はその衝撃に壁まで吹き飛ばされる。
「⁉」
フードの男がケーラの方へ眼を向けると、そこには、金髪金目の男が立っていた。
「貴様……っ!」
「ここからだよ、百月」
その言葉と共に黒ずむ陰から現れるは、魔剣。赤黒い粒子がその場を圧倒し、辺りを照らす太陽のように光り輝いた。
この皇宮に来る前、ケーラはパルに教えてもらったことを思い出す。
***
───数日前、長霊族訓練場───
「そういえば、ケーラって俺との決闘のとき魔剣使えていたよな」
パルが、ケーラの鍛錬中に口を出す。
魔剣とは、その名の通り魔力のこもった剣である。火力は普通の剣よりも強く、頑丈だ。聖剣とは対を為す剣となっている。
「うん、使ってたね。どうしたの?」
ケーラは、皇帝に魔の魂を植え付けられ、一時的にではあるが、魔法を自由自在に操れていた。
「魔剣を使う感覚は覚えているか?」
「まあ……少しなら……?」
その曖昧な返答には、魔の魂を失う際に支配されていた記憶もおおまかに失ったことをさしていた。
パルは、その答えに笑みを浮かべ、その場で赤黒き粒子を立ち昇らせた。そこに現れるは、血の色に染められた魔剣。パルは、宙に浮かぶその魔剣を手に取る。
「ケーラは、まだ聖剣を作る技術が乏しい。まあ、それは職業が聖剣を作る職業じゃないんだからそうなんだけど……でも、あの時は違った。確かに、僕と戦っているときも聖剣は完璧じゃなかった。だが、魔剣は完璧なほどの出来だった。」
パルが持つ魔剣。それは、以前ケーラと戦った際にケーラが使っていた魔剣である。そして、パルのもう一方の手には聖力が集まった聖剣が生まれる。
その聖剣は、決して出来の良いものとは言えず、本物の聖剣とは少しかけ離れた物だった。
そして、それはいつもケーラが作り出す聖剣と同等であった。
「隠蔽もできていたし、剣の完成度としても完璧といっていいほどだ」
「……だから?」
「ケーラ、お前には魔法の才能がある」
それは、勇者では考えられぬ価値観。勇者は、"聖"としての完成形であり、地方では神に寵愛されし者として神格化されることもある。
そんな勇者が、魔法が得意というのは、皮肉といっていいほどだ。
だが、ケーラはそのパルの言葉を否定できなかった。
ケーラ自身も、そのことには察しがついていた。故に、否定ができなかったのだ。
でも、それは一つの矛盾へと重なる。
「……仮に、僕に魔法の才能があったとして。僕は勇者だ。聖の代表格である勇者に、魔法は一番の毒だ」
魔の天敵が聖であり、その同時に聖の天敵は魔なのだ。二つは相互として打ち消しあい、そこには虚無が生まれる。
つまり、勇者が魔法をするのは、自殺行為に等しい。
以前は、ケーラには魔の魂が埋め込まれていた為に、魔法が使えた。
でも、今はそれがない。失ったから。
「それはどうかな」
ケーラの一言に、パルは首を左右に振る。
パルは、手にもつ聖剣に魔力を流し込み、破壊する。そして、今度は青白き粒子が剣を模り、本物の聖剣が生み出される。
両手に持つ魔剣と聖剣、それぞれに魔力と聖力を流し込んで力を高める。
「魔の力を高めれば、いかに聖の力が天敵であろうと壊れはしない」
聖剣を魔剣に打つが、魔剣が壊れることはない。
「逆に聖の力を高めれば、魔の力なんてあろうと壊れない」
聖剣に目をやると、傷一つなかった。魔剣も同様に。
「まさか……」と、ケーラは呟く。
「そのまさかだよ、ケーラ。君は、勇者だ。勇者は、聖の力に長けている。そして、多分、魔の力にもケーラ自身が才能を持っている」
「で、でも。そんなことをしたら、<力>の量が足りなくなるんじゃ……」
「<力>は、<法>を使うと、減量する。でも、その<力>の熟練度によって<法>に使う<力>の減量は変化する」
ケーラは勇者で、聖の扱いには慣れている。普段の者がある聖法を使うのに10必要だったとしても、ケーラは1だけで同等の威力となる。
そして、ケーラ自身は魔の力の操作の才能に長けている。
「お前は、聖の力の操作には勇者だから十分と言っていいほどに長けている。そして、あとは魔の力だ。皇帝との決戦の時と近いが、それを間に合わせるほどの才能がお前には満ちていると思う」
パルは、さっそくケーラに魔力を流し込む。
ケーラは、その魔の力に苦しむが、パルの言葉を思い出し聖の力を精一杯溢れ出す。そうすると、ケーラの体は朽ちることなく魔の力は減衰していった。
「お前の聖力は尋常じゃないほど多い。だから───」
鬼畜のようにパルはケーラに魔力を流し込んだ。
「───せいぜい、間に合うように、な?」




