21ページ,どうでもいいから殴らせろ
三棟に向かう時も中々に多い兵士どもを薙ぎ倒す。その時も鞭を使うドエス野郎とかいたけど、普通に鞭を振り回すくらいで別に強くはなかった。
三人だと随分とスムーズに進む。決してこの二人は弱いわけではないので、心配しなくてもいい。いや、心配した方がいいのだが、それでも二人は十分に強いので、優先順位は低い。
さて、そろそろ三棟に行ける扉が見え始めたのだが、なにかいる。随分とデカいな。巨人族か?いや、巨人族はその巨体故、寿命が長い。だから、数はあまり居ない。
そして、山の奥深くに住んでいるはずなので人里には来ないはずだ。
「一体、巨人族がなんの用だ?」
ここに、巨人族がいるのはなんとも不自然だ。だが、巨人族は静かにその手に持つ斧を振りかざし「……すべては、皇帝様のために」と私達、目掛けて襲ってくる。
巨人族は力が強い。そして、義理堅い。おそらく、皇帝はこの巨人族を救い、そしてこの巨人族はそれを恩として仕えていることなのだろう。
随分と、巨人族はチョロいものだ。でも、その特性で救える命もある。存外、馬鹿にはできぬことだな。
「お前、名は?」
錆びついた斧───緋斧、"火々月華"を振りかざす巨人族に、名を聞く。
「……貴様らに……ッ……告げる名など、ないわ……ッ!」
重い斧を振りかざす巨人族は、苦しそうに斧を振る。まあ、当たらないのだが。巨人族は力が半端なく強いのだが、それっきりだ。スピードは並。まあ、コイツはよくて中堅くらいか。
「そうか、残念だ」
巨人族と言っても、構造は生き物そのもの。ツボくらいはある。まあ、試しに気絶のツボを……おっと。斧には気を付けないとな。ったく、これだと近づけない。なら……あれを使うしかないか……『気絶』。
巨人族は、その場で動かなくなり白目を向いた。そして……倒れる。麻酔が効かない生物は少ない。それに似ている<法>を使う『気絶』も、それと同様に効かない生物は少ないのだ。
まあ、<法>に強い長霊族には、『気絶』は効かないと思うけど。
「さあ、先へ急ごう」
振り返り、二人に指示を飛ばす。かなり人数は少なくなったけど、それでも精鋭級だ。
ふと、巨人族の首を見ると首輪が嵌められていた。これは、巨人族の既婚者が付ける首輪、婚約首輪だ。
そこには、名前が記されている。『カーツェ・グレビアン』。きっと、コイツの名前なのだろう。そして、横には巨人族が使う文字でこう書かれている。『亡者にも、愛を。マーテャ・グレビアン』。そうか、これは婚約首輪ではない。これは、永婚首輪だ。寡婦や鰥夫が、一生亡くなったパートナー以外には染められないという意味を込めて付ける首輪。
そして、永婚首輪には、必ず亡くなった者の前に『亡者にも、愛を』と刻まれる。そういう風潮なのだ。
……コイツも、苦労したんだろうな。
そう思いつつ、扉を開く。これで二回目の構造となるこの広間。もう正直言って見飽きた。
そして奥の方には人。それも見飽きた。さあて、と。何故だかここは気配が弱い。新真一人に任せていいだろう。それにしても、多分新真の目が鋭くなっているから、戦いたいのはコイツの事だったのだろう。
そういえば、少し転移者組と同じ気配を向こうから感じ取れるし、もしかしたら……
「嘘つき野郎」
それだけ言って新真は俺を睨む。それを私は笑みで返して「いいよ」と二つ返事で返した。
なぜだか分からないが、いつも奥の方は扉があるのに閉まっていないので、あそこに突っ込めばお終いだ。
アメリの手を握り、体を仰け反らせ───扉へ一直線に飛ぶ。その衝撃で重力が多少ねじ曲がってしまったが、それも多少の誤差。<法>で直せばいいだろう。
これももう作業なので慣れてしまったのだが、それもこれで終わりだ。次に残されている四棟は、皇帝の部屋。あそこが最終決戦なのだ。
「アメリ、じゃあちょっとだけ新真の面倒を見ててくれないか?」
「……あなたは……?」
「〈読心術〉で知ってるくせに」
「……パルの口から、聞きたい」
少しからかいのつもりで言ったのだが、悲しい顔をさせてしまった。これは失敗だ。また違うところで機嫌直しをしないと。
でも、今はまだ駄目だな。ん?そんな欲しがりな目しても駄目だからな。はいはい、また今度ね。今は新真のところ行ってあげてね。そうそう、いってらっしゃーい。
……なんか子供をあやしつけるみたいだな。「……なんか言った?」ヴェッ、マリモ!アメリさんは最高です!「……よろしい」……なんか僕、一言も喋らなかったなあ。
おっと、そんなことしてる暇ないや。急いで行かないと。この奥へ奥へと続く回廊をただ走り続ける。
トアノレスを片手に兵士を倒し続ける。たまには、という理由で、トアノレスを色んな状態にする。鎌、斧、剣、杖、籠手……取り敢えず、百の武具を試した。トアノレスは、法則すらも歪ませる武具。それは、決められた形には留まらず、思い通りの自由な武具だ。そう、真銘は、"変則装備"。色んな技も試していく。
「【夜桜】」
咲き乱れる漆黒にして桎梏の刃には、それこそ夜桜を彷彿とさせる技術。相手を何人も切り倒し、咲き乱れる。
「【瀑布】」
重々しく放たれるその水流の如く技は、滝行の何倍をも苦しいだろう。斧は何倍も大きくなり、それは槌にも見えそうだった。
「【飛去来器】」
静かに振り回されるその物体は、まさしく死神と言って相応しいだろう。いつの間にか目の前に来るその鎌を避けたと思ったが最後、後ろから帰還する鎌に気づけない。
悲鳴は聞こえてくるわけはない。
さあ、もっとあそぼう?
この光景も、皇帝は見ているのだろうか。でも、私は別に構わない。そんな悍ましいものを見る目でこちらを見るのは勘弁してほしいなあ。
見つめる兵士の首を掴み壁に押し付ける。恐怖を植え付ける気は、さらさらない。
だからといって、殺す気がないかというと、そんなものもない。人は死ぬ。それが、大事な人だったとしても。いつかは、消える。それが、どんなに長くても、短くても。結局は、同じ。
この世界は、そんなことを知らない奴が多すぎる。
だから、こういう帝国が生まれる。もちろん、時が経てばその考えは消えるだろう。多くの犠牲者をだす結果となり。考えは改まる。
いつも、人が変わるのは、誰かの命が終わった時。
それでは、誰でも救えない。幸せなやつがいるかもしれない。満足だというやつもいるかもしれない。
それが、生だ。俺は、それに対して、なにもする気などない。
ただ、この世界を見据える。それだけなのだ。
さあ、扉に着いた。血まみれの服を綺麗にして、ゆっくりと扉を開ける。
瞬間、襲い掛かるは殺気。だが、そんなものを物ともせずに目の前に居るそいつを見る。
「まさか、こんな短期間で来るとは。愚かなり」
賞賛を現しているのか、嘲笑しているのか。それはどちらともとれるような言葉だった。
でも───
「うちに住んでる国王がお前を邪魔って言ってんだよ。どうでもいいから殴らせろ」
───そんなことで、僕が怖気づくはずはない。