18ページ,色仕掛け
───同刻、霊世界樹───
「霊王様……」
翠の粒子が大樹から降り注ぎ、その光を灯す霊王の間。そこに居るは、佇む精霊王と、今なお瞑想を続ける霊王であった。
霊王。それは数多の『霊』の上にいる頂点的存在であり、滅多としてお目にかかることはできない。それこそ、精霊王や、幽霊王などの一種の霊の族長でないと。
「彼の者達は大丈夫なのでしょうか?」
あの日、精霊王は、特別な出会いをした。勇者たちと出会い、これ程に洗練された肉体を持つ者は久しぶりだ。と、率直に思った。だが、その後に出会うパルが異常すぎた。
あれは、この世の者じゃない。そう、素直に感じ取れた。
それは、精霊王という他の種族とは、もう一段階上の存在の【王】だからこそ、知れたことだろう。
瞑想中でありながらもパルが特別なのか、霊王は口を開く。
「……あ奴は……ワシのことを【英雄】と申した……」
儚く途切れる運命の最中にあった霊王だ。言葉は途切れ途切れながらも、その言の音を一つ一つ、意味を込めるように、強く、噛み締めながら言葉をつづける。
「ワシが為せることは……もう……す、くない。だからこそ、今こそ……やるしか───ッゴホッ!ゴホッ!」
「! 霊王様!」
突如、せき込む霊王のもとに精霊王は駆け込む。それは、もう霊王が後先短いということを示唆していた。
そんなこと、精霊王は百も承知だ。もちろん、それはパルも感じていたことだろう。
霊王は、苦しそうでありながらも、言葉を必ずつづけた。
「こ、んな……愚かで、滑稽な……ワシ、の生を、あ奴は……美しいと言った……ワシを、【英雄】と、答えてくれた……」
「霊王様、もう……!」
苦しそうに話す霊王を見ていることができなかった精霊王は、申し訳なさそうに口を挟む。
そんな精霊王を安心させるためなのか、霊王はニコリと微笑み、杖を召喚させてその杖を頼りにさせつつ、腰を上げる。
ヨロヨロとよろめきながらも、力強きその一歩を踏み出す霊王に、精霊王はもうなにも言えなかった。
そして、その悠久の時を経たような足取りで辿り着くは、大樹のとある陣が描かれているところ。
そこに、霊王はありったけの<力>を注ぎ込む。その間も、法文字が飛び交い、辺りを照らす。その姿は、なんとも見惚れるほどの美しさだった。
だが、その一瞬の美しさも、すぐに消えるもの。霊王は力尽き、その場で倒れた。
「ッ!」
それに気づく精霊王はすぐさま霊王の近くに寄り、その身を支える。
「霊王様……」
その憂いを思わず言葉にしてしまった。そして、それは霊王にも気づくことだろう。
霊王は、表にでることはない。それは、精霊王などの"分王"がすることだ。超王がすることではない。
だが、そんな英雄が、日の目を浴びずしていいのだろうか。そのことを、精霊王は常日頃から思っていた。そして、そのことも、霊王はもちろん知っていることだろう。
「なにも……心配、することは……ない」
霊王は、精霊王の頬に手を添える。ただそれだけ。だが、精霊王から、そこに一滴の涙が落とされる。精霊王はただただ、もう終わってしまうのかという焦燥感が埋め込まれていた。
この瞬間を、永遠と感じていたい。そう思えるような、長き時間。
二人の思い出を、想起させる時間が、この翠の粒子が降り注ぐ大樹が示していた。
***
───帝国入口───
「クー?なにしてるの?ぼーっと突っ立ってて」
キャルが少し口を挟んできたので、言葉を返す。
「なんでもない」
少し、嘆きの意味を込めて。蒼天を仰ぐ。まるで、同じ空の下にいたかというように。今はもう、地には居ないというように。
私は、歩き出す。たとえ、誰かが止まっていたとしても。進み続ける。それが、残された者の運命なのだから。
「クライシスさん、これからどうするんですか?」
小声で、夕夜が口を合わす。小声で話していたら、いつか敵にバレるかもしれない。これは、ある法を使おう。
『みんな、聞こえているか?』
その私のセリフに転移者組ならず、他の者達も驚愕をした。唯一、アメリはいつも通り。
『これは、『遠隔念話通信』といってな。転移者組に説明するなら……スマホ要らずのL〇NEだろう。こっちの世界でいうと……フマホが要らないMINEだろうな』
その言葉で、この場に居る殆どが理解できていた。さすが、機械というのは比喩にも便利だ。
『さあ、これから今回の作戦を言う。まずは───』
***
───2時間後───
帝国城の門。そこは厳重に何人もの門番がいる。他にも、<法>による聖道具がチラホラ。監視をするための物だろう。そういうのは危険だから妨害しておきましょうね~。
機械というのは、便利だけど<法>とかで簡単に妨害できるから、ないのと同義だ。
ちなみに今やったのは、監視されたものとは違う偽の映像を映しこませる。急に遮断されると、逆に怪しまれるからな。
さて、他の門番は───思考を見る限り馬鹿っぽいから色仕掛けで勝てるか。
『さて、この中で男性経験が多い人ー!』
突然、言う僕に、驚く人は居ない。なにせ、先程話したからだ。そして、門番に合わせた人数の女の子たちが出てくる。
なんか慣れてなさそうな娘もいそうだけど、気のせいか?いや、気のせいじゃなさそうだな。震えてるわ。あーでも彼氏ポジションみたいな奴が励ましとるわ。がんばれー。
「え、えーと門番さん……?ちょっと私と今でもいいから遊ばない?」
ガチガチだ。凄いガチガチだ。でも、効かないはずはない。私が『魅了』という聖法を使っているから。ほら、門番さんも興奮してきた。まあ、指一本触れさせる気はないけど。
門番の背後に回り、普通に殴る。でも、それで床にバコンッ!と埋まってしまった。これがあっても、他の門番にバレるはずがない。今、『魅了』の他に『状態異常:混乱』を使って、門番を混乱させている。
きっと、今頃は周りが見えなくなって女の子にだけしか眼中にないだろう。でも、そんな奴には女子の敵パンチ!
「あ、あのぉ……」
縮こまって頬を赤く染めている子が尋ねてきた。この子は、先程色仕掛けをした子か。名は……諷歌か。
「どうした?」
優しく返答を返すと、困った感じはなくなって、少し胸を張って……それでも自身が無いように答える。
「私達が……そのぉ、い、色仕掛け……する必要なかったんじゃないですか?」
「なんで?」
「ひゃっ、え、え……っと、クライシスさんなら、<法>で無理矢理することもできたんじゃないかなって……すいません!変なこと言っちゃって」
諷歌のその答えに、私は図星のようにニヤリと笑った。
「正解だよ」
だが、その言葉に諷歌は大層、驚きを見せた。
「……え?」
私は答え合わせをする。
「別に、僕が<法>やらなんやらを使って簡単にちょいっと潰せば済んだかもね」
その私の言葉に、少しイラついたのか、語気を強めて僕に尋ねてくる。
「じゃあ!なんで、い、色仕掛け……とかしたんですか!」
「それはねえ……」
妖しげにニヤリと笑って諷歌の反応を楽しむ。思った通り、少し怯えるような表情が取れた。いや、いいね。
「単純にさ。最近、見どころがないと思わないかい?」
「……へ?」
「戦いといっても僕が簡単に終わらせるから、苦戦する描写なんて碌にないんだし……それに誰得なことしかなかったんだから……色仕掛けぐらいしないと、読者にも……(ごにょごにょ)」
「あの……クライシスさん?」
困惑の表情で尋ねるその子に、笑顔で向き直る。
「なんでもないよ、『さあ、皆。皇宮に入るよ』」
もう、準備はできてるみたいだ。さあ、ぶっ潰すか!皇帝!