15ページ,帝国の違和感
───19時、夕夜の部屋(借)───
「で、どうするわけ」
普段、仲間内でしか話をしないギャルっぽい谷内さんが、話を切り出した。それぐらい切羽詰まっているということが表している。
私達、人口勇者は、級がある。級が高ければ優遇される。そして、夕夜くんは級が1位なので私たちの中で個人部屋が一番広い。
だから、クラスの頭いい人たちが集まって、こうしてどうしようかと話している。
話している内容は、今後のことだ。私たちは、皇帝様から、ある"実験"をされる予定だ。その実験がなんなのか未だによく分からないけど、なにかよくないことが起きそうな予感を感じたため、このような会議が始まった。
「俺は別に実験を受け入れてもいいと思う。もし一人が死んだら、俺たちがここに居なくなることは向こうも分かっているはずだ。だから人が死ぬレベルのことは、向こうもしないと思う」
夕夜くんの言葉に、納得した人もいたけど、谷内さんはそれに反対をした。
「確かに、死ぬレベルにはしないかもだけど、それ以外は?もしかしたら、洗脳で私たちを変えちゃうかもしれない。それも、無理矢理で。そしたら、私達、昔に戻れなくなるかも……」
「ちょ、ちょっと待って谷内さん。なんでそんな話が飛躍してるの?」
谷内さんの言っていることが少し変だったため、私が突っ込んだ。
「だって、そう思わないの⁉こんななんでもありな異世界に、なんで誰も疑問を持たないの?私達って唯の高校生───ムグッ」
谷内さんとよくいる仲間の一人が谷内さんの口を塞いだ。
なにかさっきから谷内さんの様子が変だ。なにか、誰かに操られているような───〈顕在の勇眼〉を使用する。
すると、なにか線が繋がれていた。これはジューイさんが言っていた"法線"というものだったけ。"法線"をよくよく直視すると、なにか文字が書かれていた。これはよく見かける。"法文字"だ。
陣を描き出すときに用いられる文字だ。<法>は、通常の文字では<法>は発動せずに、法文字でしか反応を起こさない。他にも、<力>には反応があったりとかはするけど、多分それっきりだ。
術式を描くのには法文字が必要だけど、職業が『魔法使い』の系統だったら大体、誰でも〈法文字破棄組術式〉を持っている。稀にでもなく、剣士などの系統の職業でも持ってるくらいなので、覚えている必要はあまりなかった。
でも、この法文字の中に、"しんま"の文字が書かれていた。つまり、この法線を繋いでいるのは新真のせいだ。あいつが谷内さんをおかしくしてるのか!
「ちょっとごめん、席外す」
皆に告げ、一人で新真のところへ向かう。
***
───新真の部屋───
新真は、級が下から数えた方が早いので、部屋はこじんまりとしている。そして、その部屋からはまったくとして生活感が無く、必要最低限の物しかない。
「ねえ、谷内さんを操ってんの、アンタでしょ」
部屋の入るや否やそう突発的なことをいう私に、新真は平然となにもやっていないという風に「違う」と言ってきた。
でも、その発言は墓穴を掘る言葉であった。
「なんで、なにも事柄を知らないアンタが"知らない"って言うんじゃなくて"違う"って言ったの?それは、なにかを知ってなきゃ言えないセリフでしょ?」
私がそう言うと、新真はあからさまに"あっ"という顔をした。
「ほら、早く答えて。アンタが谷内さんを操ってるのね?また違うって言っても信用なんかしないよ」
ぐいっと体を前のめりにして顔を近づける。するとようやく新真は手を挙げて降参の旗をあげた。
「なんでわかった?」
真っ黒な瞳に映し出される私の顔。そこは、真っすぐと私を見ていることを表していた。
「法線に書かれている法文字にアンタの名前が載ってたの」
「また〈顕在の勇眼〉か……今度、それも対策しておかないとな」
「なんか言った?」「なにも」
ジーッと新真を訝し気に見て、数秒が経つ。今度は私が降参をして新真から離れる。
「まあ、いいわ。でも、なんで谷内さんを操ったりしたの?動機は?」
そろー……っと新真の視線が逸れていったので、それを顔を動かすことによって修正。ジーッと目で問いただす。暫くすると、新真は遂に口を開いた。
「……別に、谷内さん?っていう奴なら気が強そうだと思ったから」
「なんでそんなことをしたの?」
私がそう言うと、新真はそっぽを向き、すぐさま『遮断音結界』を張り巡らせる。
「……皇帝の考えが危険だと思ったからだ。そこら辺は、ジューイと話をつけてある」
「ジューイさんと……?一体、新真はなにをしようとしているの……?」
新真はこちらに振り返り、催促をかけるような声色で告げる。
「ここから、脱出しようと思う」
***
───10別後、夕夜の部屋───
新真から話を聞き、急いで夕夜くんの部屋に行って、皆に新真から聞いた話をした。
「つまり、皇帝様が嘘を吐いてなくても吐いてても、ここから離れたほうがいいって?」
夕夜くんの言う言葉に、私は肯定の頷きをする。
「ジューイさんが言うには、異世界に行く<法>なんて未だに完成していないんだって」
「証拠は?」
図書委員を務めていた陶 学巳さんが私に的確な証拠を求めた。
「この術式は見たことあるよね?」
そういい、私は『空間聖級聖法』『録画音再生空間』の陣を描き出した。そして、特定の<法>を流し込もうとするけど、圧倒的に聖力が足りなかった。
「ここにジューイさんの映像がある。でも、聖級の<法>なんて、私達には到底、展開なんてできやしない」
聖・魔級なんて、"聖人"が苦労してようやく展開できるレベルの<法>。まだ未熟な人口勇者では、できない。
「だから、私達に協力してほしい、と?」
私は頷き、言葉を続ける。
「察しがいいね。そう、一人だけなら発動は難しいけど、協力すれば、ここに証拠を流せる」
「でもさ、同じ"法の波"を流す人なんて居る?」
今まで黙っていた知尋が口を開く。確かに知尋の言う通りで、法の波を同じ周波数で流し込める器用な人は数少ない。でも、この中に居る。
「俺ができる」
そう、この転移者の中で級が一位である夕夜くんが、その人物だ。
***
───映像閲覧後───
「ほんとな訳ね……」
「じゃあ、脱出するにしても、どこに行くの?」
「そこはもう、候補がある」
『地図製作』を即時展開。皆に見える大きさの空間地図が現れる。その地図をイメージで、ある場所に赤く円を描く。
「ここは?」
夕夜くんが問うその答えに、私は皆を見て、告げる。
「カイメルス王国。帝国よりは<法>の発達は進んでないけど、世界を代表する冒険者が沢山いる。しかも、治安も良い。さらに言えば───」
私は『地図製作』で出来た空間地図を拡大して、とある一家を指さす。
「ファスト家。侯爵で地位が高いけど代々、冒険者を務めていて、その誰もが高ランク。当代のガイラズ・ファスト侯爵閣下はSランクの冒険者で、温厚な人らしい。もしかしたら、私達を匿ってくれるかもしれない」
私の言葉を、皆はもしかしたら……と期待を漏らした。
「確かに、それはいいかもしれないな」
「決行は?いつにする?」
皆の視線が夕夜くんへと向かう。夕夜くんは顎に手を当てて、告げる。
「なるべく早めにしよう。明日だ」
***
───現在───
「どうした?香穂里」
普段、新真から声をかけてくるはずがないのに、珍しい。
隣に座ってこちらの顔を覗いてきた。質問の答えを催促してるらしい。
「どうしたって、なに?私の顔、なんか変?」
こちらも新真の顔を見て、視線をあわせたかと思うと、新真は顔を逸らした。でも、質問には答えてくれる。
「別に、ただお前の顔が少し暗かっただけだ」
「なに?心配してくれるの?」
「どうでもいい」
即答された。でも、どうでもいいならそんな質問しなくない?
「で、なにがあった?」
「あること思い出しただけだよ」
「……脱出の時のことか」
私たちは、帝国から脱出を試みた。───だけど、失敗した。気を付けるべきだったのだ。あの話を、録音されているとは、誰も気づかなかった。
『ちくしょう!なんで皇帝のやろうが待ち構えてるんだ⁉』
『やばい、捕まる!』
『二手に分かれよう!』
……。あの後、私たちは、予定通りファスト家へと向かった。でも、新真たちは精霊樹林の方へと向かった。
「ようやく会えた、最初にあったとき、そう思ったの」
「ああ」
「離れたくない」
「……ああ」
「ねえ───」
「嘘つき野郎がまってる、行こう」
私は、新真を睨んだ。でも、新真はなにも分かってなさそうで、思わず吹いてしまった。
一度、離れてしまった。でも、これで離れることはない。
クライシスさんは、私達を繋ぎとめてくれた。最初は、非道な人だと思ったんだけど、心は温かくて、とても優しい。
もう二度と会えないと思ってた。でも、こうして、また出会えた。
そして、今度は、帝国で捕まっているあの子たちを助ける番だ。
行こう、帝国へ。みんなを救うんだ。