12ページ,ナイ
もう、コイツは、神であって、神ではない。
というのも、私の所為だ。私が扱う<法>は、普通とは違い、神が拒むものとなっている。
だから、その私の<法>に曝された時点で神は、少し違うものとなっている。
「せ、世界を……変える?」
神は、困惑とした表情でこちらを伺う。そういえば、名前が無いっていうのも不便なものだ。
「なあ、名前はなんだ?」
唐突に聞いたせいか、神は「はえっ?」と素っ頓狂な声を漏らす。アメリからは、殺気。でも、その殺気を指しているのがこの神だった。簡単にいうと嫉妬か。
アメリの頭を宥め、神に先程の質問の答えを催促する。
「え、えーと、あまり呼ばれないというか、奴隷陣支配の神と呼ばれてた感じで……」
ん?下級神は名前すら与えられないのか?おかしいな。そんなことはなかったはずなのに……いや、年数がかかっているから常識は通用しない。もう捨てた方がいいかもな。
「じゃあ、名前を与えた方がいいのか?」
「で、できれば……」
随分と弱腰だな。横に居るアメリを見て、どうするかと視線で言う。
アメリはうーんと悩んだ末、こう答える。
「……ナイでいいと思う」
急にそんなこと言い、由来がわからなかったため、質問をした。
「……『あなたは私に敵わ"ない"』のナイ」
「ん?なんて言った?もうちょっと大きな声で言ってくれ」
「なんでもない。ただ『名前が"ない"』のナイってこと」
なにか言い換えた気がするが……気のせいか。
「そうだよ、そうだよ。気のせい」
あんま心を読まない方が好感度がいいのになあ……
「なあ、なんか察したような顔をしているが、どうした?」
と、神───ナイに言う。だが、ナイはアメリに対して怯えた表情でブンブンと否定の意味で顔を左右に振った。アメリをジッと見つめる。
「なあ、なにかしたか?」「なにも」
即答されてしまった。
再度、ナイに向かい問う。
「で───お前の名前ってナイでいいのか?」
すると今度は肯定の意味でブンブンと上下に振る。さながら首が捥げそうなほどに。大丈夫か?
まあ、これで神のことは解決かな。あとは───
急に出来た穴の崖壁を抜けて、先程倒れた奴隷の方に行く。
「大丈夫か?」
エルフの男の身なりを整え、治療をしてくれた転移者組を一旦退かせる。
奴隷陣が突如、契約崩壊を始めたらこうなるだろう。今までもそうだった。奴隷陣は、途轍もなく体力を削る。奴隷契約の為、気絶は許されることはないが今、それが崩壊された。それによって、途方もない疲労が途端に訪れる。それは、通常の回復聖法では効かない。
「『成長』、『昏睡眠蔵書家主』」
聖法陣の重ね掛けを施す。それは俗にいう、多重法陣というやつだ。こういうのは、御するのが幾分か難しいが、コツさえつかめば片手間で出来るものだ。
先ず、『成長』で成長速度を速める。これは、人体の自然回復に身を委ねるということだ。そして『昏睡眠蔵書家主』。これは睡眠を加速するもので、最低でも一週間は寝ている。だが、これは掛けられた対象者が莫大な知識を得ることになる。
まあ、説明は今度でいいかな。
「もう眠ったから大丈夫だ」
周りにそう言う。すると、転移者組が安堵の表情を見せるが、エルフの奴らからは疑心の心が伺えた。遂に限界だったのか、一人のエルフが声を上げる。
「お、おい!俺たちの仲間になにしたんだ!」
なにも惨状を見えてなかったかのように指を指して訴えた。それに続いて何人ものエルフが俺に荒声をあげ、それはいつの間にか一種の郡となって私に襲い掛かる。
それもそうだ。奴らのしている行動は理にかなっている。
エルフの里は、長年人が入りびたる事なく過ごされ、いつのまにか人の間では幻まで呼ばされていた場所。
昔、最悪の魔王が世界を脅かそうとしているとき、勇者、エルフ、ドワーフ、獣人の部隊で魔王の厄災を止めたということがあり、恩義を重んじるエルフからには、それを歓迎している。
つまり、勇者には、エルフは寛容なのだ。しかし、人はエルフを奴隷にしたりして、評価は最悪だ。
そんな人族みたいな者が、たった今、エルフの気を失わしたのだ。しかも、そのエルフは先程まで奴隷だったもの。彼らの行動は正しいものだった。
だが、少し。昔を思い出してしまう。ふーと息を吐く。ここは、なにも言わないのが正解だ。そうすれば、いつかは止むからな。
すると、エルフの民衆からある一際デカい人影が見える。
「お前たち!なにをやっているのだ!」
それは、精霊王……つまりエルフの長老だ。長老は声を荒げると、エルフは散らばり始める。
「ありがとう」
僕は長老に近づき、感謝を述べる。すると、長老は怯えた表情で冷や汗をかきながらも僕に告げる。
「いや、止めないとエルフの未来が……なんでもない。それよりもなにがあったのだ?」
僕は、今まであったことをありのまま長老に語る。ついでに、あの奴隷のことを。すると、長老は、まさか……と呟き、倒れているエルフ奴隷の下へ駆け寄る。───抱き着いた。
その場に居る全員が驚愕した。男、しかも片方がおっさんという。今私の心は誰得心情だ。しかもなんか"感動の再開(一方的)"な感じだし。
キャルが尋ねる。
「あ、あの……?」
キャルの言葉に、返答をするように涙を流しながら語りだす。
「こ奴は……ッ、私の唯一の………………ッ!息子だ……ッ!」
涙を堪えようとしながらも、しかし止め処なく溢れ出てくる生理現象には、抗えなかった。
いつの間にか、散開したエルフたちもギャラリーの如く集く。
そこには、先程のような責め立てる攻撃の視線は無く、親子の再開を見つめるような慈しみの視線が満ちていた。しかし、それは、私が対象ではない。あくまで、エルフのことなのだ。
私は物語で言う空気だ。そして、主な登場人物はエルフ。ここに私は居なくていい雰囲気だ。帰るとしよう。
***
───30別後、長霊族宿舎───
ベッドに身を任せてぼんやりと天井を見上げる。多分、明日には号外が流れるだろう。───扉のノックする音が部屋に響く。気配が事前に感じていたし、それが誰かすぐさま分かっていた為、黙って目を瞑ってスルーする。
「……珍しい」
アメリが、あっという間に僕の眼前にくる。目を開けばそこには先程までに天井があった場所に、アメリの顔がもう少しで触れそうなほど近くにあった。
「なあ、施錠聖法かけるのはやめようか?」
いつの間にかもう少しで展開されそうな聖法陣が密かに私の肉眼の死角に構築されていた。隙あらば監禁してこようとしてくるこの癖はなんとかしないと。構築されていた聖法陣に、直接繋いで魔力を流し込む。すると、陣崩壊が起きる。
遂に、アメリは私に身を任せてきた。重くはなかった。
「……明日、エルフの軍勢が私のところに押し寄せてくるだろう」
「……それで?」
僕の急な語りに、アメリはすぐさまと付いて来る。
「大丈夫かな」
そんな不安定な言葉を漏らす。珍しく、感情的な言葉を告げる。
「……大丈夫だよ」
アメリは、耳元でそう囁いてくる。しかし、抱きしめる力が強い。そして、鼻息が荒い。多分、僕の匂いを吸っている。そんなにいいものでもないだろうし。
俺はアメリと共に起き上がり、いつもの元気な顔に戻す。
「じゃあ、皆の場所に戻るか」
私以外には、あそこに居座ってくれと言っといた。いわば事後処理だ。ナイもバレないようにエルフの恰好をさせた。あれなら、周囲にも溶け込むだろう。仮にも神なのだし。
「……大丈夫だよ、あなたには永遠と私が付いてるから……」
部屋を出る際、そのような言葉が耳朶を打つが、聞かないフリをしておいた。




