8ページ,真の心に
───16時、エルフの里、丘の頂上───
16時ともなれば、辺りは暗がりを始め、ゆかりある建造物には光が灯される。
その暖かな灯りを見つめてふと少し前を思い出す。
あの後、事情を知った夕夜は、正直にそれを信じ込んだ。見ず知らずの者に。そういえば、日本人はお人好しが多いと聞く。アイツも、そういうやつなんだろうな。
でも、それは時に病に侵される場合もある。それもしっかりと学習してアイツも成長できたらいいな。
さて、俺は、この丘に来た理由がある。それが、この今、自分の目の前に居る少年だ。身長は、夕夜と同じく長身で、黒髪黒目の死んだ魚のような目だ。
「何の用だ」
そんな短い一言に、少し気迫を感じた。そして、直感する。コイツは転移者組で一番強い。
先程、私が夕夜と話し込んでいるとき、コイツはなにも言わずに何処かへ行ってしまった。その時、周りに居た者は誰一人としてそのことを咎めることもしなかった。
見たところ、キャルやケルですらそのことを理解はしておらず、ケーラだけがなにか違和感を感じたというだけであった。
アメリは当然気づいていたが、俺以外のことには興味が無いので、ほぼノーカンと言えるだろう。
ステータスを見ると、さらに驚愕。名前や性別などのステータス以外、ほぼ全てが偽装によるものだった。僕の〈偽装看破〉によるスキルが反応している。
優しく、諭すような声色で、コイツの言葉を返す。
「別に、なにも用はないよ....強いて言えば、お前に少し興味をもっただけだ」
「ふんっ嘘つきめ。俺の〈律眼〉が教えてくれてるぞ」
けっ、めんどうなスキルを持ってやがる。ここは猫かぶりをするのはやめるか。改めて、コイツのスキルを全部見ないとな。
「はあ……そうくるか」
「俺の前だと、嘘は不可能だと思え」
なんだこの傲慢さ。癇に障るな。こういう奴ほどツンデレなんだよ。
少し、揺さぶりをかける。
「ああ、そうするよ。誓って言う。お前には絶対に嘘を吐かない」
こういうやつほど、スキルに頼ることが多く、隙が多い。まず最初の課題だ。
「……?」
ほら、こんな風にスキルが妨害されてよくわからないという表情に陥っている。
「さあ、当ててみろ。俺が今言ったことは本当か嘘か。どっちだと思う?」
両手を広げ、怪しげな顔を引きあがらせる。奴はさも混乱の中にいた。
黙って俺の事を注視する。あっはっはっはっは。困ってる、困ってる。
さて、ここらへんでいいかな。もう、相手も限界だろうし。
人差し指を立て、相手に向ける。
「そうやって、スキルを頼りっぱなしにするからこうなる。俺の一個目の課題だ」
嗜虐的な笑みを浮かべ、優越感?に浸ることにする。ッチっという小さな舌打ちが鳴り響く。
「……なにをした」
敵意の向けた視線で、こちらを見つめている。
「というよりも、一個目の課題?なにを言っている?」
少しは考えたのか、僕の発言に疑問を呈した。
「言葉の通りだ。今日から、僕がお前の先生だ」
その言葉にイラっと来たのか、遂に目の前のコイツ───新真が、手を出してきた。
自身に目掛けて拳を突き出されるが、敵意や、害意がない。これは避けなくてもいいな。
「……なぜ避けない」
勢いが外に放り投げられるように、辺りに風が舞う。だが、私は悠然とそこに佇んでいた。
「だって、お前は殴らないと思ったから」
これだけでも、新真とかの強者では力量の差がわかるだろう。それが、いかに強大かというのも。
「……」
いたたまれない気持ちで一杯の眼をしている新真に、夕夜が乱入してくる。
「新真!こんなところにいたのか!いつもいつも居なくなって……そうやってサボっていると体が鈍るんだぞ!」
んー、こいつらはどういう関係なんだろ。二人のステータスを見るスキル、〈鑑定眼〉と心を読むスキル、〈定心読立法〉を同時発動して、二人の関係と過去を調べる。
……なるほど。二人は、小さいころからの幼馴染で、よく腐女子からの餌にされてたわけだな。
まあ、この尊さは確かにそう言えちゃうかもだな。手を合わせ、拝むように二人を見つめる。
「貴方は……クライシスさん。どうしてこんなところに……って、なんで手を合わせて拝んでいるんですか?」
おっと、危ない。
「いや、別に。じゃあ、私はここらへんでお暇させて貰うね」
偽の笑みを浮かべて、その場を去ることにする。最初にしては上出来かな?ああいうプライドの高い奴にも力を見せつけることでなんとかなるし。
この行動が吉とでるか、凶とでるか。まあ、結果はわかりきっていることだけど。
***
俺は、常に場を取り仕切るものだった。幼少のころだって、どんなにゴロツキでも俺の言うことは素直に聞いていたし。喧嘩でも、頭脳でも、スポーツでも、俺は常に頂上を取っていた。
───でも、新真は違っていた。常に浮いている存在だし、でも気づけばどこかへ行くし。俺の言うことなんて聞くことすらなかった。
でも、それがよかったと今になって思う。新真が居なかったら、きっと傲慢になっていたし、なんでも俺の思い通りと思っていたことだろう。
だけど、それでも未だ心の中では自分は特別な存在なんだなって思った。それも、この異世界に来て変わった。
俺たちは、別になにも特別なんかじゃないことを知った。
異世界の小説みたいに、勇者になって世界を救うとかではなくて。俺たちは人工勇者と呼ばれるもので。この世界ではちょくちょく召喚されるから、別になにも特別ではない。
それに、スキルも別に異質とかではなくて。強いものは沢山いる。
Sランク冒険者、聖人、天然勇者、竜族……
思いつくほど、億劫となる。自分は、いかにちっぽけな存在かと思い知らされる。
特殊なものなんて、一切なくて。召喚主である帝国の奴隷だった。だから、無理を承知で俺たちは飛び出した。何人か、捕まってしまったけど、いつか、必ず……強くなって戻るからな。みんな。
そして、強くなるための修行の一環として、偶然、この長霊族の里に迷い込んだ。そしたら、なんと一度別れたはずの仲間ともう一度出会えた。
でも、仲間の他に、知らない人たちが増えていた。
一番危険なのは、あのアメリさんという人だ。こっそりとステータスを見ようとしたら、妨害され、みることすらできなかった。それに、見たことを気づかれてしまっていた。
他の人も、強力な人だらけだ。それに、美貌が沢山いる。
意識しないはずがないのだが、それに比例して、殺意を感じ取ることがあるのは気のせいだろうか。
ちなみに、一番きれいだと思った人は、あのクライシスという人だ。
どこか惹きつけられる魅力があり、よくわかっていない。あの人だけ、ステータスが異様に低かった。
多分、偽装されていることだろう。一目でわかった。それに、つい先ほど、新真と話していた。新真は、普段話すことは滅多になく、口を利かない。
「一体、あの人となにがあったんだ?新真」
そう俺が質問をすると、新真はバツが悪そうに「……なにもなかった」とだけ言った。
絶対、なにかあったんだと思う。しかし、それを話さないというのはどういうことなんだろうか?
やはり、分からない。あのクライシスさんというのは。