32ページ,父の本性
「な、なんで……」
今度は、気を失うことがなく、いつもの世界に戻ってきた。
だけど、そこには信じられない光景が。私は憤怒の表情を浮かべ、怒鳴る。その人物に向かって。
「───お父さん!」
アメリは、壁にめり込んでいる。ボロボロの状態で。
私のお父さんはアメリの目の前で拳を突き出していた。
お父さんは素知らぬ顔で、語る。
「ああ、キャル。おかえり。私は心配したぞ。こんな悪そうな魔物に毒されて。悲しいよ。だが、それも終わったんだ。早く家に帰ろう」
わ……悪そうな……魔物?アメリは、お父さんを心配している私を鍛えさせてくれて。心が不安定な私を、少しだけでも寄り添ってくれて。
それを、悪そうな魔物?ふざけないで!
「貴方、私のお父さんじゃないね?」
私のお父さんなら、魔物だとしても、無闇に殺そうとしない。話しかけて、喋る程の知能を持つ魔物なら、なるべく交渉して。喋れなくても、行動で、察して極力、殺そうとはしない。
そんなお父さんがアメリに手を出すなんてことはしない。
「なにを言っているのだ?キャル。私はちゃんとお前の父、ガイラズ・ファストだ」
「───もうやめて!なんで、アメリを傷つけるの?私に優しいお父さんは何処に行ったの?もう……もう……」
体が熱い。怒りで前が見えない。お父さんのフリをしているコイツを潰す。そう思うと、自然と体が動いた。それは凝り固まって感触ではなく、軽く、随分スムーズに動いた。
そんな私に、コイツは───笑っていた。
「……ククク……ッハハハッ!いいゾッ!そうだっ!それだよっ!その銀髪、その赤い瞳、考えるよりも先に体が動き出すその動き!それが、それこそがっ!───【迷宮姫】だっ!」
一瞬にして、私はお父さんの目の前に飛び立ち、持っていた剣を薙ぐ。
私の剣閃をお父さんは皮膚スレスレに避ける。それは、一切として無駄のない避け業だった。
たった避けの業だけで、格の違いを教えられる。だが、間の無い剣撃を喰らす。
「だが、どうやら躾がなっていないようだ。ちゃんと教育をしないと、あの方に示しがつかん」
「ごちゃごちゃ五月蠅い!」
「───ッフン」
私が再び、剣を振るうも、お父さんは『魔纏聖壊手刀』で剣を向かえる。
剣が折れ、手刀が私に向かってくる。
咄嗟に私はクーが教えてくれた『魔反射纏手刀』でお父さんの『魔纏聖壊手刀』の威力を押さえつけた。
クーだったら、『魔纏聖壊手刀』を完全に押さえつけられたと思うけど、今の私には無理だった。
私は吹き飛ばされるが、ケルが私に抱き着いて吹っ飛びの威力を抑えてくれた。
「ありがとう」
「その様子だと、まだ理性が保っているようでよかった。いきなり、キャルの雰囲気が変わったから驚いたよ。あと、少し様子を見てたけど、あれはボクも参戦したほうがいいみたいだね」
ケルが、私を庇っていると、アイツは声をあげ、口を引き上げる。
「おや、一人追加か。なら、こちらもそうしよう」
「「⁉」」
私たちがお父さんの方を向くとお父さんの横に、真っ黒のローブを被った男がやってきた。
男がフードをとくと、そこには、金髪の整った顔立ちの男がいた。
「……誰?」
「まあもちろん、知るわけないよな。これからも、知る必要はない……いけ」
「わかりました、先輩」
金髪の男は真っ直ぐケルの所に突き進み周りに黄金色の闘気を纏って剣を上げる。
「ぐっ……」
「ケル!」
ケルは間一髪のところで刺されようとしていたところを覇気で防ぐ。
「ぼくのことはいいから!キャルはお義父さんを……!」
「そうだぞ、キャル」
ケルから視線を外し、目の前に振り返ると、お父さんがいた。
「ところで、あの剣はどうした?折角、ガルムのお爺さんが打った剣だぞ。使わないと勿体ない」
剣を振るい、お父さんと距離を取る。
「あの剣は……フレアが居なくなったときに分かったの。あの剣は私に相応しくない。だから、私があの剣と、対等と呼べるその日まで、私は、あの剣を使わない!」
「ふんっ。随分硬いプライドだな。それでは、救えるものも救えないぞ」
突然、ズドオンと音が鳴る。見ると、どうやらケルがやられたみたいだった。
今度こそ駄目だ……ケルを助けないと……
『駄目!』
ケルは私の思考を〈読心術〉で読み、覇気だけの思念を飛ばした。
『僕は……大丈夫だから……キャルは、目の前のことに集中して!』
流石に、ここまで言われたら私は何も言えなかった。
私は、ケルの言う通りにお父さんは見た。見据えた。
そしたら、不思議なことに、世界がゆっくりと感じられた。全てが、視える。見破れる。
(───〈スキル〉〈全視破眼〉を手に入れました)
「⁉この声は……そうか、その目、……なるほどな、僅か数分ながらでそこまで成長できたのか。それはもう、天晴だ」
お父さんがなにを言っているのか、イマイチ分からない。でも、今の私は、数秒前の私とは、天と地の差がある。そう感じた。
この世界の全てがゆっくりと見える。空気の動き、空間の揺れ、血管の流れ。全てが手に取るように分かった。でも、理解ができなかった。
全てが情報として流れてくるけど、それら全てが理解できない。お父さんの言う、【迷宮姫】の効果らしきもので直感にて解ろうとしているだけだった。
でも、直感でも、理解が出来れば、何かが分かる。
全てが分かるような気がした。
「先輩、大丈夫ですか?」
「全然大丈夫だ。それより、お前はそっちを集中してくれ」
お父さんの声と同時に、ケルが金髪の男へと立ちかかる。
「そうだよ!よそ見してたら、足元、掬われるぞ?」
「っち、鬱陶しい、この覇気でもなかったらこんな雑魚、楽に……っく!」
どうやら、ケルの方は上手くやっているようだった。
確かに、ケルは覇気が凄く厄介で、私も苦労した。結局、私もケルには敵わなかった。
「お父さん、いくよ」
「ははッ……空気がひりついてやがる……どんな圧迫感なんだ、【迷宮姫】というのは」
足を蹴り、お父さんの背後に周り、剣を振るう。私だって、なにもしてないわけじゃない。だから、使わせてもらうよ。フレア。
「《閃撃》」
フレアの奥義である、《閃撃》は高い火力と休みを与えない剣閃で、私の奥義である《剣閃》のほぼ上位互換。フレアが最も、得意としていた技。
今の状態なら、フレアの《閃撃》に限りなく近づける。
お父さんはある程度、〈剣技〉で防いでいるけど、〈剣技〉でも限界があって、そこかしらに切傷がある。
だが、重要な決定打がまだでてきていない。このまま続けても、私の体力が底を尽きるだけだ。
「凄い、良い感触だ。これ程までに、己を向上させるとは。私としても鼻が高い。では、次は、防御面を見せていただこうか───【覚醒】」
いきなりの風圧や煙に、驚愕し、体制が崩れる。刹那、揺れが収まり、全てが静かになった。
いや───
「───静かすぎる」
やがて煙収まり、視界が晴れると、異様な雰囲気を纏ったお父さんがそこにいた。
ゆったりとこちらへ歩み寄っているが、その足取りはやけに不気味で、体が動かなかった。
ゆっくり、一歩ずつ、一歩ずつ。やがて私のすぐ目の前まで来た。
片手には斧。そしてお父さんは語る。
「ひと昔前、俺が現役をしていた頃、ガルムの爺さんが鍛えてくれた人器。倒斧リベルグラベルだ。この武器にお前は防ぎきることができるのか?」
「やってみせるよ、なにがなんでも」
私が決意の眼差しを向けるとお父さんもそれに続けて言う。
「そうか、では、これもやれるのか?───《倒線》」
お父さんは私とゼロ距離で斧を剣のように薙ぐ。真っすぐと。気づいたらお父さんは私の後ろに居て、でも、私の傷は頬についた切傷だけで、避けていた。やっぱり、【迷宮姫】と呼ばれた効果は凄い。でも、なんでこんな力が……
「やはり、致命傷を与えるためには【迷宮姫】の効果を潜り抜けないとな」
背中越しにお父さんは言う。……強い。今まで会ってきたどんな魔物よりもお父さんは勝っていた。
トントン、と足を鳴らし、体がゴムまりのように柔らかく動かす。
私は昔から体が異様に柔らかい。私の《刻印能力》のおかげだ。《異常軟体》。数少ない私の《刻印能力》の一つ。
この効果で私はスレスレで攻撃を避けながらお父さんに攻撃を与えようとする。
だが、全て流されるか、避けられる。逆にこちら側が、傷を負い始めた。
「キャル!」
向こうも私の異変に気が付き、心配する。ケルも忙しいというのに。
そうやって、思わずケルの方を振り向いたのが、命取りだった。
「油断大敵。残念だったな、キャル」
横っ腹に斧が突き刺さり、私は敗れた。
***
「あっ……」
思わず、そんな間抜けな声が喉からでた。それは、驚きではなく、やってしまったという罪悪感からでた一言だった。
「こちらもだぞ、ケルとやら」
剣が腹に振られ、吹っ飛ぶ。覇気を纏っていたため、切られた跡には残らないが、ふっ飛ばされ、かなりのHPが減ってしまった。
そして、ジンジンと痛み出す体。もう限界だと知らせにきたようだった。
ぼくはそこで立ち上がろうとしたが、蹲り、吐血した。
「もう限界だな」
いつの間にか覚醒状態を解いたキャルのお父さんが言った。
あのままだとヤバいと思い、キャルを呼び止めたのが間違いだった。
もう少し、自分が冷静なら。と何度も後悔してしまう。
「よくやったな」「かなり苦労したけどね」
誰か……この悪魔を……誰か。
「そういえば、キャルと呼ばれた子は?どうするんです?一応、娘さんでしょ?」
「コイツは、【迷宮姫】として覚醒させ、十分な成長を果たした。コイツを帝国へと持っていけば……最高だ」
……!駄目だ!キャルは!キャルだけは!まだ、伝えてもないんだ……!好きって!
連れてくな!キャルを!
「では、帰る支度をするか」
「奥さんにはどう説明するんです?」
「殺せばよかろう」
……ふざけるな。キャルやキャルのお母さんを、まるで生き物として見ていない風に捉えやがって。
誰か……こいつらを……誰か……
…………………………………………もう、駄目か……
なにかに縋ったって。神に頼ったって、救いはしない。
最後の最後まで、自分で行動しなきゃいけないんだ。
「……ま……て」
「ん?なんだ、まだ生きてたのか」
「すみません、すぐに殺します」
ヨロヨロと動き、相手に突っかかる。ひょろひょろの拳を。
相手に。でも、そんなの相手に通用なんかするはずもなく。
「なんだ?コイツ」
男はデコピンでまた僕を吹っ飛ばした。
僕は、また、負けたんだ。コイツにも。ベルゼブブにも、クーにも。
───そこで、一つ。思い出す。
……クー?そうだ、クーだ。
僕は精一杯の残りに溜まっている覇気を全て使い果たし、クーに思念を飛ばす
『助けてくれ』って。全力で縋った。もう、縋いすぎだと思うけど。
ズドオン‼‼‼と音が響き渡り、煙が舞い降りる。誰かが、降ってきたみたいに。
その誰かは、もう分かってるんだけどね。
そうだ、君はこの前も僕を救ってくれた。支配されていた牢獄から、一気に違う世界へと旅立たせてくれて、僕に初恋の人に合わせてくれた。
囚われの鳥籠から解き放つように。
───神なんかは、僕に必要ない。
───縋る者なんて、僕にとってガラじゃない。
───でも、それを破るほどのことを君はしてくれる。
───手を指し伸ばさない者達とは違って、君は肉眼でハッキリと映っていて。
───手を、指し伸ばしてくれて。
「どうやら、思ったより、状況は深刻そうだな」
男と、キャルのお父さんは歯ぎしりをし、悔しそうな顔をして言う。
「クライシス……!」
「よう、さっきぶり、勇者、そして、おはよう、キャルパパ。今日は、君たちをぶっ飛ばしにきた」