27ページ,聖教の破綻
「『魔滅砲塔陣白光弾』」
先程ナイが放ったセレマ。それは、司教の頭の中で複雑に染みつけるように、こだまする。
数瞬、司教は理解が追い付かなかった。だが、頭の中で繰り返されるその単語に脳が追い付き、司教はだらだらと変な汗が飛び出す。
「グ……『魔滅砲塔陣白光弾』……?」
司教が放った『魔相殺螺旋弾』の階級は、〈聖・魔級〉人族一人が放つレベルとしては十分に化物といえる。それは、司教の立場が故のもの。
しかし……『魔滅砲塔陣白光弾』はその二つ上である〈皇級〉。
人族が到底放てるセレマではないのだ。そう、つまり目の前に居る女───ナイは少なくとも人外だ。
しかし、この世界最強の星龍族でも、鬼羅族でもない。彼らはモンスターが進化した亜人であり、魔を操る者。
魔を滅さんとする聖法の極致といえる『魔滅砲塔陣白光弾』は扱えない。
つまりつまりつまり……この目の前に居る人物は……
(───天使様⁉)
「おしいですね。下級の神ですよ。元ですけどね」
「かかかっかかかかか、神───⁉」
その発言を理解してか、司教は泡を吹いて倒れてしまう。あまりにもショッキングなことだったんだろう。
「元……ですけどね」
もう一度、ナイはその言葉を口にする。だが、今度は悲しげに掌を見つめた。
その姿を見たカーラは心配そうな声でナイに問う。
「ナイさん、悲しいのですか?」
「悲しくない、といえば嘘になるかもしれません。やっぱり……元あった力を無くすのは惜しいです。だけど……」
『下級神の癖に生意気な!』
『お前の代わりなどいくらでもいるのだぞ!』
『───お前には、失望した』
ナイの頭に蘇るは、古い記憶。下級神だからって、神は見下す。下級神を奴隷のように扱う。何度も蔑まれ、悔しい思い出だ。
だけど───
「……けど……」
広げられていた掌が、ぎゅっと力強く、意思をもつように握り拳がつくられる。
『ナイさんってなんでもできるよね!』
『ナイさんの代わりになる人なんていないよ』
『───ナイ、お前が頼りだ』
ここにいるみんなが、ナイに存在意義を与えた。それがどれほど嬉しく、ないと思っていた心を温ませたか。
「……今の方が、ずっとずっと楽しいですよ!」
過去の自分にも見せてあげたい、ナイは自分でもそう思えてしまうほどに満面な笑みを見せる。
その笑みは、自然と二人にも伝播させる。
「……そっか」
「さぁて、探しましょう! 司教がここにあるって言っているような行動でしたし!」
そうして、三人は書物を探す。
「でも、こんな古いところ、ホントにあるのかな?」
「ふっふ……もしかしてと思って調べてたんですよ!」
ナイが手をパンッと打つと元々部屋にかけられていたセレマが解除され、古い倉庫のような場所から一気に煌びやかな豪勢の部屋へと変貌する。
「わ~!」
「すごい……」
その部屋に足を運び、あれやこれやと言いながら書物を漁る。共に考え、協力し、成功するために奮闘する、そんなの、パルたちと会うまでナイは想像もできていなかった。
しかも、あれほどに見下していた人間たちと……
「ナイさん?」
「えっ? なに?」
唐突の質問に、ナイは慌てたように応答する。その行動からか、ナイの現状なのかは定かではないが、カーラは思わず笑う。
「ナイさん、凄く楽しそう!」
目を見開く。そうか、自分は楽しそうだったか、と。そう、そうなのだ。
「はい! 楽しいですよ!」
元気に、ナイは答える。
一方で、ナイの主人である二人はあることについて語り合う。
「『あなたは私に敵わ"ない"』のナイなんて嘘だろう? アメリ」
「……わかってたんなら別に今言わなくてもいいじゃん……」
「……本当のことを言ってもいいじゃない? ちょうどナイも居ないんだし」
「ハァ……───あの日、虚ろな目をしてたあの子に『あなたは一人じゃ”ない”』って言っておきたかったの」
「やっぱり、アメリは優しいね」
「……」
素直じゃないその無言にパルは笑う。
さて、話を戻そう。
「でも、まだ半分しか漁れてないよ……」
「確かに、これ以上やっても埒が明かなそうです」
「やっぱりこんなところないんじゃ……」
カーラが何も成果を得られないことで投げやりのような発言をする。そして、諦めたように柱へと片寄ろうとしたその時、その柱からカチャっと音がする。
慌てたように背後の柱を見ると、そこにはタンスのように開かれた箱がでてきた。
「これは……まさか……」
その箱の中にあった資料を手に取る。題材も書いていないその資料のページを捲ると、いきなり奴隷関連の資料が記されている。
「これも」
覗くケーラが指を指す。そこに記されるは、裁判の賄賂。
「ずっとしてきたからなんでしょうね。マニュアルがあります」
「代々受け継がれてきたってことか……教えも、悪事も」
「これ、昨日のことまで書いてある……しかも……」
言葉を言うことさえ、憚られた。なにせ、その資料の最後のページに刻まれた数字───㉓。
つまり、23番目の資料ということになる。
たった一つで百科事典と名乗れそうなこの資料が、23個もある。
「……全部、見つけよう。ここにあるもの……全部」
押し黙ったこの空間に一つの声が透き通る。
この部屋にある柱の数は、40。もちろんすべての柱に隠れた箱が存在する。そして、暫くすると全ての柱を調べ終わる。
もちろん、そこにある資料全てに目を通した。目をそらしては、いけなかった。
「さて、これで揃いましたね……合流しましょう。パルさんたちと」
───かくして、ケーラ達三人の教会探査は終わりを迎える。だが、問題が解決したわけではない。
これでケーラたちが入手した資料……それは聖教を潰すためのもの。だが、根本的に人族と魔族の戦争を止められるものではない。
「でも、その人族側の主力が聖教だったわけでしょ? 人族側の主力が無くなったら人族は降伏を宣言するんじゃないの?」
至極全うの質問をキャルはする。しかし、それに私は答える。
「確かに人族側は降伏を宣言するだろう。だが、俺たちが目指すのは人族側の勝利でも、魔族側の勝利でもない」
「……パルは、そんなこと望んでない」
「───そう……俺たちは、全ての平和を望む」