表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

またブラシをしてくれますか?

ふと書いてみました。

 疲れた身体を引き摺りながら私達は兵舎へと帰って来た、正確には一匹と一人なんだけど。

 私はガストン王国軍用犬で名前はベル。

 そして私の世話係で、二等歩兵のセバスティアン。


 ピレネ山脈の中程に位置するガストン王国。

 そこに生息するピレネ犬が私。

 国民の大切な家畜を狼等の外敵から守る為、私達ピレネ一族は昔から活躍してきた。


 王国の民は私達を宝の様に大切な家族、いやそれ以上に扱ってくれた。

 だから数々の役割を必死で果たして来たのだ。


 三年前にガストン王国は隣国のフランツ王国と戦争になり、私は軍用犬として徴用された。

 人間と戦うのが目的じゃなく、私の仕事は斥候。

 雪の中、潜む敵をいち早く見つけ、味方に知らせるのが役目だった。


「...ありがとうなベル」


 兵舎の中でセバスティアンが私の首輪を外し微笑む、今日も何とか生き残る事が出来た。

 しかし彼の笑顔は日に日に疲れが滲んで、心からの物ではなくなっていた。


 原因は分かっている。

 相手は強大なフランツ王国、小国のガストン王国では最初から敵う相手でなかった。

 私達の守る砦も完全に包囲され、敵はここを迂回して王都に攻め込み、陥落寸前だと聞いていた。


「...クゥーン」(こちらこそ、セバスチャン)


 鼻を鳴らし、セバスティアンに身体を擦り寄せる。

 大型犬の私、少し小柄な彼の身体はすっぽりと包まれた。


「さあおいで、ブラシの時間だ」


「ハッハッ」(ありがとう、お言葉に甘えるわ)


 彼は白い外套を脱ぎ捨て、背負っていた背曩から大きなブラシを取り出す。

 これは私の一番好きな時間、身体を横たえ彼に全てを預けた。


「気持ち良いかい?」


「...キューン」(...ええ)


 至福、思わず甘えた声が出てしまう。

 私達の様子を仲間達が遠回しに見ている。

 みんな笑っているが寂しそう、だって私と同じく徴用された犬はみんな死んでしまったのだから...


「本当にベルは利口だな」


 兵長のアンツさんが私の頭を撫でる。

 彼が使っていた犬は私の父親だった。

 先日、彼を庇って頭を撃ち抜かれ死んだ。

 アンツさんが父の首輪を持って帰って来た時は泣いた。

 それ以上にアンツさんは泣いていた。


「...すまないベル」


 嗚咽しながら私に謝り続ける彼を責める事は出来なかった。

 きっとお父さんだって本望だった筈だ。


「...ガストン王国の守り神か」


「そうですね...」


 アンツさんの言葉にセバスティアンが頷く。

 私達ピレネ犬は王国の繁栄を願い、神に犬として転生を願って生まれたとされていた。


 私は信じていないが、もしそうなら次に生まれ変わったら人間にして欲しい。

 平和な時代で、セバスティアンと再び会わせて欲しいのだ。


「だいぶんブラシもくたびれて来たな」


「ええ」


 セバスティアンが使っているブラシはボロボロ、新しい物が配給されないのだ。

 ブラシだけでは無い。

 弾薬、医薬品、食料も全部...


「怪我してるじゃないか」


 セバスティアンの手が止まる。

 気づいたら私の右前足から血が流れていた、どうやら岩か何かで切ってしまった様だ。


「ワン!」(大した事ないわよ)


 こんなの大した事は無い、ちょっと骨の手前まで抉れただけだ。


「バイ菌が入ったら大変だ、これを使え」


 アンツさんが僅かに残っていた蒸留酒を傷に掛けてくれる。

 きっと彼の大切な宝物だろうに。


「キュー」(大げさね、でもありがとう)


 沁みる傷口、でも嬉しかった。


「これで大丈夫だ」


 セバスティアンが白い綺麗なリボンを傷口に巻いてくれる、包帯も既に尽きたのか。


「ハッハッ」(可愛いリボンね)


「気に入ってくれたか?

 アンジェリーナのだ」


(アンジェリーナか)


 セバスティアンの妹、アンジェリーナが兄の無事を祈って持たせてくれたお守りのリボン。

 セバスティアンの住んでいた村はフランツ王国に占領された。

 住民は皆殺しに遭ったと聞いたけど...


「...アンジェリーナ」


(...セバスティアン)


 妹の名を呼びながら私を抱き締めるセバスティアン。

 震える彼に私は何も出来なかった。


「グアッ!」


 一発の銃声と共にアンツさんが倒れる。

 胸を撃ち抜かれたアンツさんはそのまま動かなくなった。


「敵襲だ!!」


 兵舎内に怒号が、何て事なの?

 敵の接近に気づかないなんて!!


「行くぞベル!」


「ワン!」(はい!)


 セバスティアンが私の首輪をつけてくれる。

 敵の気配は数えきれない、おそらく全滅は避けられないだろう。

 でもかまわない、なんとかセバスティアンだけでも逃がさなくては...


 奇襲を受けた私達は散り散りとなった。

 とにかく逃げるんだ、味方がどこに居るか分からない。

 でもセバスティアンを助けなくては、アンジェリーナの元に...


「ぐあ!」


「グアゥ!!」(セバスティアン!)


 突然セバスティアンが前のめりに倒れた。

 辺りに飛び散る赤い血、まさか...


(セバスティアン!!)


 声を必死で堪え、セバスティアンを確かめる。

 左の肩を押さえる彼の腕から血が流れ、傷は深いと知った。


「逃げろ...ベル」


(何を言うの?)


 呻くセバスティアン、でもそれは出来ない。

 だって彼は私の大切な人、もう一人は嫌だ。


「早くしろ!このままじゃ...」


(セ...バステ...ィアン?)


 再び聞こえる銃声、次の瞬間セバスティアンの頭が砕け散った。

 噴き出す彼の血が私を染める。

 怒り、そして悲しみが私の思考を奪って行った。


「グアアォァァ!」


「な、なんだ!」


 もう何も聞こえない。

 ...後は何も覚えていない。


 気づけば私の周りには数人の人間が倒れている。

 皆血だらけ、そして私の口には肉片がこびりついていた。


「キャイ!」(痛っ!)


 数発の銃声と共に走る身体に激しい痛み、しかし私は構わず暴れ回る。

 何も怖くなかった。


「...ギャウ」


 どうやら首筋に弾を受けたらしい、息が出来ない...

 必死で歩く、愛しい彼の元に...


 その間、何度も身体に衝撃が走る。

 目が霞む、もう少し...


 倒れているセバスティアン。

 背中の背曩から飛び出しているブラシを咥え、私は彼の傍に倒れた。


(...セバスティアン)


 もう何も見えない。

 僅かに香る彼の臭い、私の大好きな...


『...愛してる、セバスティアン』


 ここで私の記憶は......


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~



「起きなさい(すず)


「お母さん?」


 またあの夢か。

 幼い頃から何度も見る夢、でも今日はいつもより鮮明だった。


「いつまで寝てるの、今日は入学式でしょ」


「あ、うん...」


 お母さんは呆れ顔で寝ぼけ眼の私を見る。

 今日は高校の入学式、私は真新しい制服に身を包む。

 テーブルに用意されている朝食を取りながら先程の夢を思い返す。


 記憶を頼りに今まで様々な歴史書を見てきたが、フランツ王国やガストン王国なんか存在しなかった。

 ましてや自分の前世が犬だった話なんか誰にもした事がない、頭を疑われるだけだし。


「ほら寝癖」


「ありがとう」


 お母さんから愛用のブラシを渡され、髪を寝かせる。

 癖毛の私はいつも寝癖が酷い、でもいつも感じる、何か違うと。

 そう、何かが...


「...行って来ます」


 いつも以上の違和感、混乱したまま高校へと急いだ。


「...あ」


「まさか?」


 入学式の後、入った教室。

 その中に座る一人の男子に私の目は釘付けとなる。

 向こうも私を見て固まっていた。


「どこかで会ったかな?」


「いや...そんな筈は」


 私の言葉に男子も何かを感じた様で、席を立った。

 随分小柄だ、身長は160センチ位で185センチの私よりかなり小さい。


 黒目がちの瞳、綺麗に整えられた髪。

 なんて可愛い男の子だろう...


「初めまして...よね?」


「...寝癖が」


 男の子が私の寝癖に微笑む。

 次の瞬間私は鞄から持参して来たブラシを取り出した。


「これを...」


 どうしてそんな事を?

 自分でも分からない、ただ自然にそうしていた。


「こらそこ、自己紹介始めるぞ!」


 担任の安津(やすつ)先生が怒鳴る、慌てて私達は自分の席に着いた。


桧玲(ひれい)鈴です、宜しく」


 手早く自己紹介を済ませる、早く彼の名前を知りたかった。


瀬蓮(せはす)雄二です」


 軽やかな彼の声に、私の頭は真っ白になる。

 もう止まらなかった。


「...セバスティアン」


「...ベル」


 間違いない...。


「やっと...」

「会えた...」


 ざわつく教室、そんなのは全く気にならない。

 安津先生は黙って私達を見ていた。


「...またブラシをしてくれますか?」


「...うん」


 見つめる私達、握りしめていたブラシを彼に手渡す。

 微笑みを浮かべる彼、涙が止まらなかった。

ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 悲しい話で終わらなかったのがよかったです。 [一言] 子供のころ見た名犬ジョリイとこんな形で再会できるとは(笑)
[良い点] 逆転劇の転生なのね。二人が出会えて悲しく終わらなくてよかったです。 前世犬な設定も面白かったです。
[良い点] さらっと女のコが185cmって小ネタにウケましたけどまた二人が巡り会えて良いお話でしたね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ