第9話 呼び出し
「あれが……」
朝からひそひそと話しているのが聞こえる。魔法科の1人で、武術科と渡り合う剣の腕。
だが、彼をどんな人間かを知らない。
故に近づき難い。
「やあ、有名人」
もしもガリウスに近づく者がいるのだとしたならきっと。
「どなたですか?」
物好きなのだと思う。
「僕を知らないのか!?」
「……さあ?」
「魔法科きっての天才! 華麗なる貴公子! グレムリン・ファーバーさ!」
「グレムリン……ファーバー」
聞き覚えがない。
ガリウスが魔法科で名前を覚えているのはクラスメイトの何人か。この学院の生徒の名前を全員分覚えるなど不可能だ。
「はあ、宜しくお願いします?」
「うんうん、よろしく……って、そうじゃなくてだね。まあ、良いや。君、リースは知っているかな?」
「リース? いや、知りませんけど」
「え? マジで? 僕の弟で僕に継ぐ天才なんだけど。入試成績も優秀だったんだけど」
リースはガリウスの学年では有名人な筈だが、彼には覚えがない。
何故カレンの事を覚えていたのかと言う疑問に答えるのならば、事前にジョージに聞いたからだ。ただ、リースに関しては何も聞いていない。
「まあ、知り合う事があったら仲良くしてくれ。もちろん、僕とも」
「……釣り合い取れないですよ、俺なんかじゃ」
「はっはっは! 謙遜は止したまえよ!」
ガリウスの言葉を真面に取り合おうとしないあたりグレムリンの性格がよくわかる。
「素晴らしき人との関わりは良き人間性を形成する。これが僕の持論でね」
「あー、分かりますね」
最悪な人間と絡むと身を滅ぼすことになる。聖慶悟としての人生を思い出して理解が及ぶ。慶悟にとっては宗は間違いなく最悪の類の人間であった。
「僕は弟に誰もに誇れる魔法使いになってほしいのさ」
「なら、グレムリンさんが指導すればいいじゃないですか」
「……兄弟じゃ言えないこともあるだろう?」
「そう、ですね」
ガリウスにはあまり思いつかないが、言いにくいことの1つや2つ。煩わしいと感じる何かは存在するのだろう。
「では、僕は行くよ。君も勉学に励んでくれ。僕は君の行く道に期待している」
「……壮大すぎんか?」
銀髪の青年は廊下をスタスタと歩いて行ってしまった。
しばらく見送っているとドタドタと騒がしい音が聞こえてガリウスは素早く振り返る。
「我がっ! 友ぉおおおおお!!!」
「っ!」
後ろからジョージが叫びながらガリウスの腹に突撃してくる。
「ぐっはぁああ!!!」
踏ん張ったせいか腰に甚大なダメージを負う。ガリウスが若いから問題ないが年を食った身体では耐えられなかっただろう。
「我を置いてくなど……」
「痛てて…………あーぁ、すまんすまん。大丈夫だと思った」
「友! 一緒に登校するのも青春なのだぞ! 蔑ろにしてはならない!」
ジョージは科もクラスも違うから唯一の友達のガリウスと話したいだけだ。
「気をつけるって」
「……うむ!」
ガリウスの答えに満足したのかジョージも満足気に笑みを深めた。
「と、ところで先程はあの男と何を話していたのだ?」
「あー……んや、ただ弟と仲良くしてくれって」
「弟?」
ジョージには誰のことか分からない。
ガリウスも先程の会話から名前を思い出す。
「リースだってよ」
「リース……う〜ん、名前は聞き覚えがあるような気もするが武術科以外の事は知らぬ!」
何とも堂々としている。
とは言え魔法科のことすらあまり知らなかったガリウスは何も言えない。
カツンカツンと地面を叩く音がガリウス達に近づいてくる。
「ガリウス・ガスター……話がある」
学生ではない。
長身の気難しそうな男、黒色がよく似合う。
「え〜と……」
「私の名前か……私はサイモン・シエンだ。一応は教職だが、1年の君と会う事はまずない」
「ちょっと待ってください。……すまん、ジョージ」
ガリウスが謝れば寂しそうな顔をしながらも仕方がないと言った感じで武術科の自身のクラスの教室に向かう。
「それで、サイモン先生? は、俺に何の用ですか? 会う事がまずないって言ったのに現時点で会ってるんですけど」
何かしらの話があるだろうことはガリウスにも分かる。何せサイモンから声をかけてきたのだから。
「そうだな。では、指導室に行こうか」
「…………え?」
指導室。
懐かしい響きだ。
具体的には高校生時代を思い出すような響き。ただ懐かしさと同時に嫌な感覚も噴き出す。
問題を起こしたことはないが、不穏な響きに聞こえる。
「も、もしかして昨日のアレですか……?」
「ああ」
終わった。
悟ったような表情をみせてから、ガリウスはガックリと項垂れた。
「……違うんですって、勝負を仕掛けてきたのは……」
ブツブツと言い訳がガリウスから漏れ出ているが余りにも声が小さすぎてサイモンの耳には届いていない。