第7話 少女との決着
空気が変わった。
寝惚けたような何処か緩みのあった空気から張り詰めた空気へ。
感じ取るのは相対するカレンと、長い付き合いのジョージのみ。
中腰、剣を握る右手は左手と同様ダラリと垂れている。
形容するのなら沼。
「制限時間は10分」
ガリウスはルールを口にした。
「どうする?」
攻めないのかと暗に告げる。
ジリジリと時間が失われていく。時間切れになった場合は引き分けとするのが妥当。だが、カレンの心は納得しない。
「ふっ!」
鋭い踏み込み。
選んだのは手数。
高速の打突がガリウスに向かって叩き込まれる、──筈だった。
2撃目が続かない。
木剣がぶつかり合い鈍い音がした。
「生憎、目はちょっと良いんだよ」
振り上げた剣を野生に従ってガリウスが振り下ろす。しかし、流石の武術科成績トップか。力の流れに逆らわず後ろに跳躍する。
「ふぅーっ……」
カレンの顔に汗が垂れる。
試合時間、4分経過。
決定打にはならない。
「今の寸止めするつもりあった?」
カレンが聞けばガリウスは平然と、
「避けると思ったからな」
と、答えた。
「随分と期待してくれるのね」
「新入生の成績首位なんだろ?」
一応エーレ総合学院の入試には実技試験もある。とは言え真面な点数にならないことが殆どだ。
「なあ、カレン。お前の弱点は剣の軽さだろ。速いけど、一撃目を止められると自慢の連撃は出来ない」
身体が出来上がっていない。
女性の筋肉の付き難さ。
「競り合えば俺が勝つ。お前は攻め続ける事で相手の選択肢を潰す。……攻撃は最大の防御って奴だな」
今のカレンがどれほどの動きをしても基本的にガリウスの目から逃れるほどの速度は出せない。
「……剣の軽さ、ね。耳に痛いわ」
でも。
「力が足りないならより速く、疾く動けばいい」
速度は力に繋がる。
「脳筋だなぁ……」
ガリウスがぼやく。
力のなさを補うために速さを上げるとは単純。故に強力。
物事は単純であればあるほどいい。
「変化球はないだろ……真っ直ぐ。速度を重視するなら突きだろうけど、威力とか当てるって考えなら袈裟斬りだよな……」
ザリ、とカレンが地面を踏み締める。
木剣を両手で握り肩の高さ程に、左足を前に出して構える。
次の瞬間、カクンとカレンの体が沈む。
「あ、クソ……! 速すぎんだろっ」
ガリウスの目には残像が映る。
木剣を掲げるには間に合わない。
紙一重を木剣の先が通る。
「おっわ……」
地面にぶつかり土埃が上がる。
カレンの握っていた木剣は半ばから折れてしまっている。
「参った。勝てねー」
ガリウスの集中も切れたのかトスンと地面に尻をついた。
カレンは先程の姿勢のまま動かない。
心配になってガリウスは声をかける。
「大丈夫か?」
小刻みに震えながらカレンは涙目の顔をガリウスに向ける。
「う、腕が……痛い」
地面に勢いよく木剣を叩きつけたからだろう。彼女の凄まじさを味わうと同時に、ガリウスは可憐さをも味わう事となった。
「わ、我が友が……負けた?」
ジョージはこの結果に驚いたようだ。
「うぅ……」
「ジョージ、泣くなよ」
「だってぇ……」
「ほら、俺って魔法科だし。武術科じゃないし。負けても仕方ないところあるだろ。ほら、仕方ないって」
ガリウスが色々並べ立てるがジョージにとっては話が違う。強さの憧れだったのだ。
「ま、それで満足したかカレンさん」
腕が痺れたままのカレンにガリウスは容赦なく話しかける。
「ま、満足した。ありがとう」
「そりゃ良かったです。よし、ジョージ帰ろうぜ」
2人の勝負はカレンの勝利で幕を閉じた。