プロローグ2
「ここはいったい……僕はどうしてこんなところに……?」
どこか既視感を覚えるセリフを呟きながら、隼人はぼんやりと周囲を見回す。
見覚えのない木材で出来た天井。壁には暖かい光を放つ燭台が埋め込まれており、壁も床も木材造り。自分が横たわっていた寝具も木材で出来ていて、掛け布団と思われるこれは何かの動物の毛皮だろうか。
明らかに文面レベルが現代のそれではない。
広大な草原を視界に捉えた時から、大木生い茂る樹海に足を踏み入れた時から、見たことも聞いたことも無い形容の獣を見た時から、薄々と感じていた予感が、隼人の中で形となっていく。
「やっぱり、ここは日本じゃないんだ…………それどころか、もしかしたら地球ですら……」
『異世界』
そんな言葉が脳裏を過ぎる。
隼人が好む漫画やラノベにも度々登場する設定ではあるが、まさかそのような状況に自分自身が直面するとは夢にも思うまい。
「ラノベとかだったら異世界に行くと僕達の世界の人間は凄く強かったりするのが定番だけど……」
隼人はおもむろに立ち上がり、部屋の中央に置いてある木材で出来たテーブルに向かう。
テーブルの上には木皿。その上にはリンゴのような見た目の果実が3つ並べられている。
その中の1つを掴み、握りつぶさんと力を加える。
やがて果実はキシキシと音を立て、ぐしゃりと………潰れるようなことにはならなかった。
「……んー、やっぱり力が強くなってたりはしないよね」
自分の体のことだ、やる前から結果はわかってはいた。
何より、隼人は目の前でクラスメイトが獣のエサになる瞬間を目撃しているのだ。
ここが異世界だろうとなんだろうと、自分たちは『ただの人』だ。
世界を救う伝説の勇者でもなければ、残酷な運命を背負った復讐者でもない。
思考がまとまったところで、隼人は最初の疑問に立ち返る。
「それで、ここは誰かの家みたいだけど……そうだ、僕は森で倒れて、女の子に……」
「あっ! 目が覚めたんですね! 良かった!」
「あ、キミは……」
入口ののれんのような布をかき分け、1人の少女がひょっこりと顔を出す。
肩にかかるかかからないかくらいで切りそろえられた栗色の髪に、鮮やかなブルーの瞳。
そこに立っていたのは森で倒れた隼人に駆け寄って来た少女だった。
「気分はどうですか? 気持ち悪かったりとかしますか?」
「うん、大丈夫。ありがとう……えっと……」
「あ、自己紹介がまだでしたね。わたしの名前はユイって言います。あなたは?」
「ユイさんですね。僕は葛城隼人です」
「カツラギハヤト? なんだか随分と長い名前なんですね……」
「あ、えっと、名前はハヤトです! カツラギは苗字……ファミリーネーム……で通じるのかな?」
そういえば日本語は通じるんだな……と、今になって不思議に思う。
髪の色、瞳の色、目の前の少女がコスプレをしているのでなければどう見ても日本人とは思えない身体的特徴。
けれど間違いなく日本語を用いて意志の疎通が取れていた。
「ファミリーネームですか! なるほど、ハヤトさんは貴族の方なんですね」
「あ、なるほど。この世界では平民には苗字がないんだね……」
「……この世界?ですか?」
「あー……えっと、信じて貰えないかもしれないんだけど……」
発端は口を滑らせてしまったことではあるものの、目の前にいるのは間違いなくハヤトにとっては命の恩人。
下手に誤魔化すのは無礼と考え、ハヤトは自分の住んでいた国、街のこと。現在分かってる自分の状況をユイに伝えた。
「地球、日本、学校……ですか…………なんだか信じられないようなお話ですね」
「うん、だけど、事実なんだ」
「信じますよ。ハヤトさん嘘を言ってるようには見えませんから」
そう言ってニコリと微笑むユイ。
学校では浮いた話など何一つなく、当然産まれてこの方彼女など出来たこともないハヤトにとって、こうも屈託のない微笑みを正面から向けられると妙に照れくさくなってしまう。
「それで、ここはユイの家なの?」
「はい、そうですよ。お父さんと2人で暮らしてます。お父さんは狩人をしていて、今はお仕事で外に出ています。ハヤトさんを見つけた時は仕掛けた罠の様子を見るために森に入っていた帰りだったんです」
「狩人ってことは獣を狩って暮らしているんだね。凄いな……」
ハヤトの脳裏に昨日見た光景が蘇る。
獲物を狩る。それだけを目的に進化を遂げたと言わんばかりの殺戮に特化した狼のような獣。
あんな獣を相手に狩りを行うなど、ハヤトの体は想像しただけで震えが止まらなくなった。
「狩るって言っても危険な肉食動物は極力避けて、草食の動物を罠で捕らえたり、川で取れる魚だったりが主な主食であり収入源なのでそんなに危ない仕事ではないですよ」
「あ、そうなんだ。それならあの狼みたいな獣とかと戦う訳では無いんだね……」
「オオカミ……ですか?」
「えっと、こう牙がナイフみたいに鋭くて、爪が凄く尖ってて、角が生えてて……」
「もしかしてそれは、魔物……ウルフの事でしょうか?」
「魔物?」
これはまたファンタジーな単語が飛び出して来たものだとハヤトはビックリする。
とはいえ予想をしていなかった訳では無い。
もしここが本当に異世界なんだとしたら、地球の常識では考えられないような出来事があったってなんら不思議では無いのだ。
「はい。魔物というのは動物が突然変異で強く、凶暴になった生き物の総称で、共通の特徴としては人里からは少し離れたところに生息し、夜間は活動が活発になります。ですので村の人達はみんな日が完全に落ちてからは家の外に出ません。魔物が人里まで降りてくることはほとんどありませんが、念の為」
「僕があの狼に出会った時はまだ太陽がでていたけど……」
「魔物は基本夜行性なので昼間はナワバリで寝ていることがほとんどです。もしかしたら何らかの外的要因によって起こされてしまったのかも知れませんね」
「ナワバリ……」
自分が目が覚めた時の状況を考えれば想像する事は出来る。
もし自分と同じように学校の人間がこの世界に飛ばされてきたのだとすれば、目が覚めた時に周囲に誰もいなかった事からもわかるようにそれぞれがバラバラの場所に飛ばされてしまったのだと推察できる。
だとすれば、谷口が飛ばされた場所はどうだったのか。
スタート地点が運悪くあの魔物のナワバリだったのだとしたら、右も左も分からない状態で恐怖の象徴とも言えるあの魔物と対峙させられたのだとしたら……もし、その場に飛ばされたのが谷口ではなく、自分だったとしたら……
(きっと、死んでいたのは僕だった)
少し何かが違っただけで、運が悪かっただけで、何かを間違えただけで、それだけで簡単に命を落とす。
(それが、この世界なんだね……)
夢と希望に溢れる大冒険……否
愛と勇気のハーレムファンタジー……否
この世界がもたらすものは、いつか来る『死』あるのみ。
「ユイさん、改めて助けてくれてありがとうございます。あなたが見つけてくれなければきっと僕は死んでいました」
「そんな大袈裟な!……とは言いきれないですね。わたしが見つけた時のハヤトさんは酷く衰弱していました。もしあのまま森に倒れていたら……」
「ええ、ですからユイさんとユイさんのお父さんは僕の命の恩人です。本当にありがとう」
生きている。今日を生き残ることが出来た。
それだけのことを喜ぶことが出来るなんて、地球で暮らしている時には想像も出来なかった。
「なんだかそこまで感謝されると照れちゃいますね……ところで、ハヤトさんはこれからどうなさるつもりなんですか?」
「それは……何も、決めてないです……」
これからどうするか。人の力では抗いようもない魔物が生息するこの世界で生きていく術を持たないハヤトには到底答えようもない質問である。
「ハヤトさんさえ良ければ、どうするかが決まるまでうちで一緒に暮らしませんか? 今いるこの部屋、元々はお母さんが使っていた部屋なんですけど、お母さんはわたしが小さい頃に病で亡くなってしまって……わたし達は使わないので部屋は余ってるんです」
「そんな! 助けていただいた上にそこまで迷惑をかける訳には……それにお父さんに確認を取らずにそんなこと決めてしまってはダメでしょう?」
「お父さんはわたしによく『本当は息子が欲しかった』って言ってるのでむしろ悦ぶと思いますよ。実の娘に対して失礼だと思いません?」
「いや、そうは言っても……」
ユイからの突然の申し出になんと返していいか分からないハヤト。
ハヤトからすれば渡りに船な提案ではあるのだが、本人も言っているように助けてもらった上にその家で世話になるなど良心の呵責が……といったところだろう。
「 お父さんももう40を越えていて、わたしとしてはもうそろそろ1人で狩りに行かせるのは心配だったりもするので最近はお手伝いの為について行ったりもしているのですが、家のこともやらないといけないのでもしハヤトさんが一緒に暮らしてくれて、お父さんのお手伝いをしてくれたらわたしも助かるんです。迷惑をかける……ではなく、わたし達への恩返しということでしたらどうでしょう?」
「……そんな言い方されたら、断れるわけないじゃないですか」
「はいっ! それじゃあ決まりですね!」
そうして、ハヤトは自身の方針が定まるまではユイの家で暮らすことが決まった。
何をするにも、今はまだ自分に出来ることは少ない。
今はただ自分に出来ることを精一杯やって今日を生きていこう。ハヤトはそう心に違う。
この、死と隣り合わせの世界で生きていく為に……
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