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プロローグ


「ここはいったい……僕はどうしてこんなところに……?」


目が覚めるとそこは『草原』だった。

田んぼや畑が並ぶ田舎の風景などではなく、何かの比喩的表現でもなく、文字通り人の手が加えられた痕跡が見当たらないまっさらな『草原』

今年で17歳になる青年、葛城隼人(かつらぎはやと)は目の前に広がる光景を呆然と眺めながら意識を手放す前の記憶を辿った。


「えっと……確かいつも通り学校に行って、授業を受けて、午前の授業が終わってチャイムが鳴って………………あれ?」


思い出せない……

隼人からは昼食のチャイムを聞いてからの記憶がすっぽりと抜け落ちていた。

普段家からお弁当を持ってきたりはしていなかったので、昼食を取るなら学食に向かっているはずだが、そのような行動をした覚えがまったくない。

隼人の記憶は昼食の時間を告げるチャイムを最後に途切れ、再スタートした時にはこの『草原』に横たわっていた。


「いったいどうなってるのさ……他のみんなは?」


辺りを見回してみてもクラスメイトの姿はもちろん、人影の1つも見当たらない。


「夢……じゃないよなぁ。ほっぺつねると痛いし」


自身の頬をつまみながらその痛みを感じて目の前の光景が夢ではなく現実のものだと確認する。

その後時間にして5分ほど何をするでもなくぼーっと辺りをぐるぐると見回してから、隼人はおもむろに立ち上がって歩み始めた。


「とりあえず喉乾いたし、水を探さないと……まだ頭がこんがらがってるけど、この辺りは誰もいないみたいだし、僕のカバンも見当たらないし…………あっちの方行ってみようかな」


隼人が当たりをつけた方角には遠方に大きな木々が見えた。

この辺り一帯が『草原』ならその先に見えるのは巨大な『森』

まるでファンタジーの世界に迷い込んでしまったようだと、隼人は嘆息する。


距離にして1キロほど歩くと、遠方に見えていた森はもう目の前というところまで来ていた。

遠方からでもたくさんの木々が生い茂っていることは確認出来たが、近くまで来てみればその壮大さは想像を遥かに越える。

1本1本の大きさが隼人の身長の10倍以上もありそうな大木が数え切れないほど立ち並ぶその光景は森というよりも『樹海』と表現した方がしっくりくる。


「うわぁ……これ、入ったら出てこれなくなるやつかもなぁ」


同じ様な見た目の大木が立ち並ぶその光景は隼人の平衡感覚を狂わせる。

1度入ってしまえば迷子必死。とはいえ草原に留まったところでどうにもならないし、これだけ木々が成長している森であれば何処かに水場があるはずだと考えた隼人は、意を決して森の中に足を踏み入れた。

…………その時だ。


「うわああぁぁっー!」


森の奥から男性の悲鳴が聞こえた。

ただ事ではない。そう判断した隼人は一目散に悲鳴が聞こえた方向へと駆け出した。


「く、来るなっ! 誰か! 誰か助けてくれぇ!」


段々と声が近くなってくる。

それにその声は隼人にとって聞き覚えのあるものだった。


「えっ……谷口くん……?」


その先にいたのは隼人のクラスメイトの谷口龍也。彼が悲鳴の主だ。

そしてその谷口と退治しているのは1匹の獣。

隼人の持つ知識でそれを例えるのであれば、『狼』

けれど、それは隼人の知る狼などではなかった。

彼の知る限り狼の牙はあそこまで太く鋭くはない。その見た目はまるで切れ味の鋭いナイフ。

彼の知る限り狼の額には鋭利な角など生えてはいない。

谷口の悲鳴の原因はこの異様な姿をした狼であることは明白だった。


「お前、葛城か!? た、頼む! 助けてくれ! 足が動かねぇんだ!」


言われて谷口の足を見てみれば、学生服のズボンは切り裂かれ、血で赤く染っていた。

狼の爪にも血痕のようなものが付着している。谷口はこの狼に襲われ、負傷したのだ。


「おい! なにしてんだよ! 早く助けてくれ! じゃないと……」


足を負傷して動けない谷口。

そんな谷口を獰猛な瞳で捉えながらジリジリとにじりよって行く狼。

助けなければ、谷口がこの後どうなってしまうかは明白だった。


けれど、隼人は動けない。

谷口とは違う理由で、足が動かない。

当たり前だ。ただの高校生が、この状況で恐怖しないはずがない。

必死にこちらに助けを求めてくる谷口。

少しづつ、着実に距離を詰める狼。

足が動かない。体が動かない。目が離せない。


「かつ……らぎ…………たすけ……て……」


ぐちゃぐちゃと、肉を咀嚼する音が聞こえる。

バキバキと骨を噛み砕く音が聞こえる。

目の前でクラスメイトが獣の食料となっていくその悲惨な光景を、隼人はただ見ていることしか出来なかった。




…………どれくらいの時間が経っただろうか。

食事を終えて満足したのか、狼の姿は既にそこにはなかった。

隼人の眼前にあるのは、撒き散らされた大量の血液とかつて谷口だったもの。

恐怖の標的の姿が見えなくなり、後に残された光景を見た隼人を襲ったのは抗いようのないほどの嘔吐感。

クラスメイトが喰われて死んだ。

その事実を再認識すると共に、隼人は今朝食べた朝食を胃液と共に吐き出した。



-------------------



葛城隼人という人間は、クラスではあまり目立つ方ではなかった。

悪目立ちしない程度に勉強をして、運動もそこそこ。

交友関係は広く浅く、仲のいい友達数人と少人数のグループで集まる。

休日も特に何かをする訳でもなく、漫画やゲームなどで1人時間を潰す。

そんな何処にでもいるような平凡な高校生。


対して谷口龍也はいわゆる不良グループに属する人間で、素行が悪く教師から冷たい目を向けられている一方で情に熱く、明るい性格故に友人も多い。

隼人が知る限りでは同じ学校に彼女もいる。


そんなある意味対極とも言える2人だ。

当然仲の良い友達などではなく、良くも悪くもその関係はただのクラスメイト。

それでも、隼人にとっては身近な人間であることには変わりなく、死亡の理由も寿命などではなく殺害である。


クラスメイトが殺され、喰われたショックは余りにも大きく、隼人はしばらくの間大木にもたれかかって動けないでいた。


そうこうしている内にやがて太陽は隠れ、森の中は段々と暗くなっていく。

夜の森は危険。そんなことは都会育ちの子供でも本能的に理解できる。

視界の確保は難しく、日本でも夜行性の動物の中には危険な動物が多い。

自身の身の危険を感じることで、ようやく隼人は動き出すことが出来た。


「ごめん……ごめん谷口くん…………」


肉のほとんどを狼に食い散らかされ、更にはお零れに預かろうと後からやって来た鳥のような何かにつつかれ、その場に残っているのは既に原型を留めていない骨だけとなっていた。

隼人はそれを一瞥して頭を下げると、来た道を引き返す事に決めた。


しかし、人間の方向感覚というものは実に頼りにならないもので、悲鳴を頼りにまっすぐ走ってきたつもりでも、右も左も分からない森の中では容易に道に迷う。

ましてや夜が近ずき視界もほとんどなくなってしまった今では来た道をまっすぐ引き返す事など出来ようもなかった。

歩けども歩けども森を抜けることは出来ず、やがて疲れ果てた隼人はその場に膝をついた。


目を覚ましてからというもの何も食べておらず、水分も取っていないどころか嘔吐により貴重な水分を吐き出した。

その上で先の出来事による精神的ストレスと森を歩い回ったことによる疲労。

隼人の体は限界を迎えようとしていた。


「僕も、死ぬのかな」


両膝をつき、遂には体を支える力を失ってそのまま地面に倒れ込んだ。

落ちていた小枝が皮膚を傷つけ、血が滲む……が、痛みなどを感じる余裕さえも隼人には残っていない。


段々と薄れていく意識。

……そんな中で確かに、獣の鳴き声とか違う、人間の声が聞こえた。


「お父さん! こっち! 人が倒れてる!」


年齢は隼人と同じ位だろうか、栗色の髪を靡かせた青い瞳をした少女は倒れている隼人に駆け寄ると、声をかけながらその体を揺すった。


「ねぇ、あなた大丈夫!? ねぇ!ねぇってば!!」


肉体の限界からか、生きている人間に会えた安堵からか、ギリギリのところで踏みとどまっていた隼人の意識はそこで途切れた。



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