魔法学園?の入学式――らしい。前編。親友・フローレとの出会い
ここはディズニーランドか?と思うような、ファンタジックな色使いの建物がならぶ。もっとも絶叫モノを楽しみたいあたしは、そっちよりはUSJのほうがいいし、だったら絶叫モノもオバケ屋敷も富士急ハイランドのほうが楽しめるタチだったので――あんまり、ときめくこともないのだが。
(なんか実感沸かねー)
あのゲームのなかにあった気がする、目の前の景色も、ヒロインそっくりの金髪なのかピンクなのかハッキリしない、やたら女子っぽいフワフワの髪が自分の頭から生えてることも。
(まぁ、この世界、鏡もなんか粗悪品?で映り悪いし、自分のカオもハッキリとはわかんねーけど。)
現代みたいな科学水準ではないらしい――いや、今はコッチの世界があたしにとっては、ゲンダイ、なんだろうか。むずかしい。
……珍しくまじめに深く考えていた時、だった。
「ッ痛て……!」
誰か当たってきやがった。自慢じゃないがあたしは気が短い。売られた喧嘩は買ってやる主義――そう思って見上げた先にいたのは女の集団だった。
「……。」
微妙だ。微妙すぎる。いや、ビビってる訳じゃない。ケンカするにはビミョーだって意味で。女でも、もう少し――なんつーか、ケンカ馴れしてそーな見た目とかだったら、一対複数だし?殴りかかってもいいかな、とは思う。
けど、いかにもお嬢様な見た目で、ほっそい腕した……ケンカに向かない、簡単に足ひねってネンザして終わりそうな、高いヒールの靴はいてる娘たち相手に、あたしが蹴りや顔面肘鉄食らわしていいのか?って話。
(あたしの仁義が――)
やられっぱなしは許せない。男だったらタマ打ちしてから鼻か歯が折れるくらい顔面に膝をお見舞いしていたかもしれない。向かってくるなら倍返し。――が、あたしは弱いものいじめはキライなのだ。
「庶民のくせに、道を塞いでいるからよ。」
取り巻きらしい女――といってもなかなかの美少女だ――が、あたしを見下ろして言う。真ん中にいる――あれが悪役令嬢か?は、顔を背けたままこっちを見ようともしない。
(くっそ、調子に乗りやがって……)
こっちは、弱いものいじめはするまい、と加減してやっているというのに――と、怒りで手が震える。不良でも自分ルールは貫き通したあたしの山より高いプライドはドブに捨てて、目にモノ見せてくれるか?
プツン……と何かが切れて頭のなかが真っ白になりかけたとき、だった。
(!)
「だいじょうぶ?」
ふわり、としたいい香りがあたしを包み込む。誰だ、王子とかなら――と睨み付けたあたしの目は、丸顔の……きゅるんとした瞳の少女をとらえた。美人ってほどじゃない。だが、憎めない。雰囲気がやわらかくて、そう、男だったら彼女にするならこういう子がいい、って感じの……そういう女子だ。
(うおぉ、女子力高ぇ……)
差し出されたレースのハンカチには、何かの花の刺繍がしてある。ちょっぴり地味だけど、おしとやかで、見るからに優しそうな……こいつには、なんか見覚えがある。確か……ええと、
「私は、×××の血を引く×××領主エプスタイン侯爵の三女、フローレンス・×××・×××・エプスタイン。フローレ、でいいわ。」
なんか色々名乗ってくれたけど、どっかのお貴族様のお嬢さんで、フローレって呼んで良いことくらいしかわからなかった。
(貴族かぁ)
ぶっちゃけ、そういうのと無縁の世界で生きてきたあたしには、良くわかんねえ話だ。ていうか、アイサツって、身分が高いほうから名乗るもんだっけ?
(マナーとか、苦手なんだよなぁ)
目の前の感じのいいお嬢さん――フローレ、とは仲よくしといた方がいい。あたしの第六感がそう告げている。
「ええと、あたし……コホン、あたくしは……」
やべえ、慣れないこと言ったせいで声が裏返って、変なイントネーションになっちまった。ていうか、そもそも、
ヒロインの名前……なんだっけ?
「ムリしなくて良いわ。レイチェル・ヘネシー。特待生ですってね。貴族籍を持たずして、この学園に入ることが許された唯一の存在――“神に愛されし少女”。有名人よ、あなた。」
こんなヤンチャなお転婆さんだとは思ってなかったわ――と、くすくすと笑いながら、お上品にしゃがんで、わざわざ目線の高さを合わせて、よろしくね、と手を差しのべる。
――ちょっと根性ひん曲がった自覚のあるあたしでも、こいつは間違いなくイイ子なんだろうなってわかる――フローレを前に、あたしはポカンとだらしなく口を開けたまま、あぁ……そうでしたね、と頷くしかなかった。
――――
(なんか調子狂うなぁ)
毒気を抜かれるお嬢様、優しい良い子のフローレに連れられてあたしは魔法学園とやらに足を踏み入れる。
「今日はね、特別な日なのよ?」
スミマセン、何が特別で何がフツーなのかもあたしには全然わかりません。ていうか魔法ってなんですか。ホウキにのって空飛ぶアレですか?
(どうせ飛ぶなら、スケボーとかのが良くないか?)
この世界にスケボーがあるのか知らんけど。ついでにあたしはバイクがいい。空も飛べて悪路も走れるバイクとか便利そうだしカッコいい――そんなことを思っていたとき、フローレがクリームソーダみたいな色の(緑の)瞳で、あたしの顔をのぞきこんできた。
「そういえば――レイチェル……あなた、在籍証明書、持ってきているの?」
ザイセキショウメイショ? 何それ、この世界の魔道具かナニかですか?
「――持ってなさそうね。」
困ったわね……と俯くフローレは、年相応の少女じゃない。保護者……年の離れたねーちゃんか、友達んちのお母ちゃん、ってかんじだ。
「しかたないわ――とりあえず、学生課に相談に行ってみましょう。」
――――
やたら気が付く世話焼きかーちゃんみたいな……フローレに連れられて、学生課とやらに行き、そこから何ヵ所かまわされて。そんなあたしらが最後に行き着いたのは、「生徒会室」という場所だった。
(生徒会?)
生徒会、ってあれだよな。選挙とかで選ぶ……シンプルにいえば、ちょっと周りより勉強できて、目立ちたがりの仕切り屋(生徒会経験者の皆様ごめんなさい)が集まっただけの、つまるところあたしらとほとんど何も変わらない……コドモだ。
(……マジかよ)
そんな重要なことコドモに任せてあんの? 前世――日本の学校じゃあり得ない状況に強い不安と危機感を感じた。でも、あたしにはどうしようもない。いざとなったら全力ダッシュで逃げてしまおう。――三階くらいなら飛び降りても、下に植え込みでもあれば、たぶんダイジョウブなはず。
「あなたですか、レイチェル・ヘネシー。」
不機嫌そうにメガネをかけ直した、水色若白髪――いや、そんな事言ったらコイツ推しの連中から大ブーイングが沸き起こるだろうか。青みがかったプラチナブロンドと言ってやろう――の男にも見覚えがある。
(ゲッ……こいつは)
乙女ゲーム、分岐ルートのひとつにいる男のひとりだと気付いた――あたしは、ゾワッと全身の毛が逆立ったような気がした。
つづく。