暗がりのかくれんぼ
この地域では夕暮れ時以降に子供たちだけで遊ぶことが許されていない。……夕暮れ以降に子供だけで遊んではいけないのは全国共通であるが。まあとにかく、夕暮れ以降の日が暮れた、人の顔がよくわからないような時間になってまで遊んでいるのは良くないことだ。
この地域は都会と呼ぶには栄えておらず、田舎と呼ぶには人が多い市街地である。一戸建ての家が多く、マンションのような背の高い建物は駅のすぐそばにしか存在していない。この場所に住んでいる子供は専ら学校の近くの山で遊んでいる。この山はそこまで手入れがされている訳でもなく、整備された道は山頂にある神社へと続く参道くらいで、他の大部分は草木が生い茂っている。鬱蒼とした木々が生い茂り、参道は常に薄暗い。
参道を逸れた道には、子供たちがよく通ることで出来たのであろう、踏み均された獣道のような物が多く見られる。裏山自体はさほど大きくもなく、山中に子供たちの獣道が通っている。そんな訳でこの山は子供たちにとってなじみ深いものであり、特に山へ向けた恐怖感は持ち合わせていない。
──
「カンタ、待てー」
「うわ、タクヤがまた鬼かよ。こっち来んなー」
そんな学校の裏山の中には子供たちの元気な声が響いている。山頂においてあるベンチには子供たちのランドセルが5つまとめて積まれている。学校が終わってそのまま遊びに来たのだろうか。
額には大きな汗が浮かび上がっている。肩で息をしている子もいるようで大分長い時間動き回っていたようだ。それでも子供たちが元気に走り回っている様子が見て取れる。
──
子供たちは随分長い間遊んでいた。学校が終わった頃にはまだ青かった空も、もう西の方はすこし赤く染まり始めてきた。雲は少なく、西日が厳しい。木々の影もだいぶ長くなっている。足元もはっきりと見えなくなって走り回るには少し危ない。
山の中に散っていた子供たちは境内に集まり、この後に何をするかについて話あっている。
「最後にもう一回なんかしようぜ」
「えー、もう疲れたから動き回りたくないよー」
「サホってホントに体力全然ないんだな」
そう言われたサホは、あはは、と頬を軽く搔きながら申し訳なさそうに笑う。
「動き回らなくてもてもできる遊びか……」
「かくれんぼとかどう?」
「いいね!」
柔軟な対応で、次の遊びがあれよあれよという間に決まっていく。
遊びの内容自体に反対する子供はいなかった。ただ、
「でも、そろそろ日が暮れちゃうよ? もうやめておいた方がいいんじゃない?」
と、一人の少女が不安げに口を開く。
「そんなの気にするなってカレン。別にちょっとくらい帰るのが遅れたって平気だから。俺らだってもう低学年なんかじゃないんだし、ちょっとぐらいなら大丈夫だよ」
「……確かに。タカフミの言う通りだね」
心配なんて必要ない、そういう顔で言い切るタカフミに安心したのか、カレンもかくれんぼに参加することになった。
──
「うぅ、みんなどこかなぁ……。やっぱりカレンの言う通りに帰った方がよかったんじゃないかなぁ……」
鬼決めジャンケンに負け、鬼になったサホは一人、ビクビクしながら山の中を他の子を探して歩く。かくれんぼをすることが決まった頃にはまだギリギリ赤かった空も、今ではほとんど真っ暗になってしまっている。山の中を照らすものは月の光と、参道に気持ち程度に置かれている灯りだけで、視界の確保が難しい。真っ暗な中一人気のサホは、帰らなかったことを後悔しながら他の子どもを見つけるために頑張って歩き続ける。
歩くこと数分、
「あ、あそこに誰かいる」
案内看板の下から伸びる足を見つけたサホは、やっと一人目を見つけたという嬉しさからか、もしくは一人じゃなくなったという安心感からか、軽い足取りで看板の方へ向かう。
「みーつけた」
「見つかっちゃったかー。暗いからここでも見つからないかなって思ったけどダメだった……」
「もー、流石に私でもそれくらい見つけられるよー」
1人目のカレンを見つけたサホは、そこからは二人で一緒に他の子共を探し始めた。
茂みの裏、神社の物置、中腹のトイレ、木のうろのなか、決して大きくはない山だが、暗い中に汲まなく探し回るには少し広い山を歩き回って、他の4人を見つける。
「あー、やっとおわったぁ」
日が暮れてからもうかれこれ30分近くが経っていた。辺りも冷え初めている。全員を見つけ終わったサホは、大きく背伸びをする。しかし、辺りはすでに真っ暗である。全員を発見した達成感にゆっくりつかる暇はない。
「荷物とりに行こっか」
お互いの顔もわからないような暗がりの中、足元に気を付けながら、子供たちは急いで山頂に荷物を取りに戻る。
山の中は、日が暮れる前と打って変わって静寂に包まれている。強がっていたとはいえ、子供たちも少しは怖いのだろう。山頂へ向かう間は誰一人として口を開かなかった。
境内について安心したのか、誰かが口を開くと、それに続いて一気にしゃべり始める。
「あー、もう真っ暗だよ」
「早く帰らないと」
「もう今日は解散? 」
「かな?」
「じゃあばいばーい」
放課後の遊びに満足した子供たちは、一人、また一人と帰っていく。
境内に残っているのは二人になった。
最後の一つのランドセルを背負ったタカフミは振り返る。
「じゃあまた明日、えーっと……」
タカフミは最後の一人に別れの言葉を告げてその場を去ろうとするが、暗がりでそこにいるのが誰かわからない。
そのため言葉が少し詰まってしまう。
「どうしたの? 」
「いや、誰か分から……」
「あなたに明日はないよ?」
──
「ただいまー」
「もー、日が暮れる前に帰ってこないとダメって言ったでしょ?」
「ゴメンってお母さん、ちょっと話が盛り上がっちゃって」
「ほら、早く手洗ってきなさい、口元も汚れてるから顔もついでに洗って」
「はーい」
そう返事をして洗面所へ向かうタクヤの顔はニヤリと歪んでいた。
あなたの近くにいる人は、本当にあなたが知っているひとですか?