第1幕 死ねない狐―終章
「こ……ろす……?」
「そうじゃ。私を殺してほしい」
口の中が乾ききっている。
まともに動かない足で立ち上がろうとしたが、うまく立てない。
すると、まるで狙われていたかのように白装束の妖狐の眼前に、虎鉄は跪くことになった。
「どうした? 私がいらぬのか?」
妖狐は不敵な笑みを浮かべる。
今の虎鉄にとって、例え手を差し伸べてくれるものが妖だろうが悪魔だろうがなんでもよかった。ここで結ぶ『契約』など、もはやどうでもいい。
今はただ、この状況を覆すだけの、力が欲しい。
「――――やってやる」
「こんなところで――――くたばってたまるかっ!!」
この妖しき妖狐にはその力があることを、この時点ではまだ目覚め掛けである見鬼の才を持ってしても虎鉄は確信していた。
絶望的な今を変えられる力を、虎鉄は望んだのだ。後はありがたく貰い受ける。
ただそれだけの事であった。
《我ここに命ず》
何をすべきか、聞くまでもない。
虎鉄は淀みない動きで印を結んだ。
行使するのは、昔読み漁った書物に記されていた呪業。
おぼろげなはずの記憶が瞬時に浮上する。
自分でも、理由は分からなかった。
だが虎鉄の体が、息をするように自然と言葉を唱えていた。
《我が命をここに持ちて》
「・・・よい答えじゃ」
《汝が道をここに示さん!》
既に効果のほとんどを失った剣《鉄パイプ》に残された呪力を籠め、虎鉄は自らの胸元に突き立てた。
刀禁呪・身命形代。触媒を用いて自らの命と引き換えに律令を科し、妖を使役する失われた禁術。安倍晴明が制定した祓魔式ではない、本物の呪術。
その瞬間、虎鉄の見鬼の才は完全に覚醒した。
霞んでいた視界が呪力の流れをくみ取り晴れていく。
突き立てた剣から流れ込む、妖の純粋な呪力の奔流。
体内から溢れ出た呪力は光を放ち、拡散することなく一転へと集まっていく。
耐え難い呪力の荒波の中、虎鉄は『力』が自身の手の中で、一つの形に生まれ変わる様を目の当たりにする。
凜が見せた白でもない。鬼の持つ、赤でもない。
この光は――――――――青、夜の闇だ。
「主様よ、我が殺生石の力を授けようぞ!!」
失われた陰陽の歴史が動き出し、今蘇る。
こうして、落ちこぼれ陰陽師・御門虎鉄は、稀代の大妖怪・玉藻前との式神契約を結んだのであった。