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死ねない狐は闇夜に舞う ―妖憑きの落ちこぼれ陰陽師―  作者: 夏村シュウ
1、死ねない狐は主と出会う
6/49

第1幕 死ねない狐―6



 虎鉄は動かなかった。

 いや、動けなかったのだ。


 格が違う。呪力の差。辺りに散った、血の匂い。

 赤い月。青い世界。


 思考が追いつくと同時――――


 虎鉄は叫び、鬼に飛び掛かった。



 勝つための算段など今の虎鉄の思考にはない。

 ただ目の前で大切な幼馴染が血をまき散らしながら吹き飛んだ。その事実だけが、虎鉄の足を反射的に動かしていた。


「うあぁあああああ!!!」


 意味のない言葉を叫びながら自分の3倍程の身の丈を持つ巨躯の怪物に飛び掛かる。

 そしてがむしゃらに急ごしらえの――しかし呪力を籠めた――剣を、虎鉄は凜に体を向けたままの無防備な鬼の体に突き刺した。


『見ィィイ”イ”ア”ァ!!!』


 鬼はこの世のものとは思えないうめき声をあげながら、虎鉄を乱暴に振り払った。


「ぐっ!?」


 凄まじい速度、だが虎鉄は振り払われる勢いに任せて体を旋回させ、何とか鬼の腹を切り裂きながら間合いを取った。

 虎鉄を見据えた鬼の独眼が、射殺さんばかりに見開かれる。


 ――――今は凜から遠ざけることが先決だ!


「こっちだ、来い!!」


 虎鉄は大声を上げて鬼を威嚇し、気をそらそうと試みる。しかし鬼はこちらを振り向きはしたが、路地の壁に激突し、血を流しながら身動き一つしない凜から離れようともしない。


『見ィツ、ケタ、ァ』


 鬼は先ほどからうわごとのように言葉を繰り返しているが、とても日本語として聞き取れるものではない。


 虎鉄は何とか凜の体を取り戻さんと鬼の懐に飛び込もうとするが、鬼の呪力による残滓ざんしなのか、赤い霧があたりに立ち込め視界が利かず、攻勢の機会は簡単には訪れそうにもない。

 そして近づこうとするたびに振り下ろされる鉄塊はあまりに重く、一撃掠めるだけでも致命傷になるであろうことを簡単に理解できた。



 すると、間合いの外から敵意を向け続け、中々飛び掛かっては来ない敵対者にしびれを切らしたのか、遂に鬼が巨躯を揺らし、雄たけびを上げながら虎鉄に襲い掛かった。


 凄まじい速度で迫り来る鬼に、虎鉄は立ち向かう。


 脳が反応する前に反射だけで虎鉄はその圧倒的な重量を避ける。


 ――――こっちは一発食らうだけで終わるってのに!


 何度避けても鬼が振るう鉄塊は絶え間なく大地を抉り、衝撃波を生みながら虎鉄に迫る。

 弾き飛ばされた石つぶてが虎鉄の肌を引き裂き、判断を鈍らせる。


「くそ――――っ!」


 遂にかわし切れなくなった虎鉄は呪力を纏う剣ですんでのところで鉄塊を受け流し、弾きだされるようにして再度距離をとった。


 ――――このままじゃ埒が明かない、一撃で仕留めなければ……! 


 考える間もなく巨躯の怪物が迫り、虎鉄に鉄塊を振り回す。


 ――――呪力を溜め込む器官があるはずだ……おそらく――――っ! 


 虎鉄は意を決して鬼に向かい全速力で走りこんだ。

 右手に携えた剣に、全身に流れる渾身の呪力を込める。


『見ィィィィァ”ア”ア”!!』


「はあぁぁぁ!!」


 咆哮する巨躯は再度、力任せに鉄塊を振り下ろしてきた。

 唸りを上げて落下する鉄塊。


 鉄塊が地を割る直前、巨躯を支えるために突き出された鬼の片足。

 虎鉄はその僅かな隙を捉え、呪力の籠った剣を渾身の力で突き刺し、ひねり上げた。


 直後に落下する鉄塊と大地の衝突により生まれた衝撃。虎鉄はそれを逆に利用しようと試みた。


 呪力を自身の足に無理矢理纏わせることにより鉄塊が発した衝撃を増幅。人の身ではありえない跳躍力で鬼の頭に飛び掛かり、二対の角―――その片割れに何とかぶら下がるようにして掴まった。


 妖が呪力を貯蔵する臓器、即ち呪力器官。

 通常は大気に浮遊する呪力の残滓を集めるために、体外に大きく露出していることが多い。


《急急、如律令!!!》


 鬼の角を掴んだ虎鉄は、自身の左手に呪力を籠め、渾身の力で角をへし折った。

 荒々しい呪力が赤い霧となって噴き出る。


 虎鉄の考えうる最高の作戦が決まった、その瞬間――――


 ――――虎鉄は鬼の掌で押しつぶされた。





 体が動かない。

 呪力を無理矢理籠めた左手は消し飛んでいる。足も軋み、あらぬ方向に折れ曲がっていた。

 視線を上げた先では、呪力器官を無くした鬼が、苦しむように巨躯を震わせ暴れ回っている。


 ――――これでも駄目なのかよ……


 凜を守ると言った。

 こんなところで倒れているわけにはいかない。死ぬわけには……

 

 虎鉄の思考が走馬灯のように駆け巡る。


 ――――子供の頃にも約束したじゃないか。

 俺に見鬼の才があれば。もっと早く目覚めていれば。もっと強い呪力があれば。俺に守れるだけの力が……


 瞬時に浮かび上がる過去の光景。だがそれらに見えるのは、全てを見鬼の才のせいにして何もかもを諦め、なんとなく日々を過ごしていた自分だった。

 後悔などしても、もう遅い。迫り来る死から逃れることは出来ない。


 掠れ行く視界の先では、流出する呪力をものともせずに鬼が怨嗟えんさをむき出しにした雄たけびを上げ、じりじりと虎鉄に迫ってきていた。


 ――――俺に力があれば!


 どんなものでもいい、鬼をはらえる力が欲しい。

 だが無慈悲な現実は少しづつ迫ってきている。

 それでも虎鉄は諦めない。こんな場所で凜を死なせない。

 地響きを鳴らす足音、怒りを孕む唸り声、鈴の音…………




 ――――――――鈴? 




 場違いな音が青い世界に鳴り響く。



 シャリン、シャリンと艶のある、それでいて冴えわたる音。



 「かっかっか。見てられんわ、主様ぬしさまよう」



 視界の端に、常人とは違う別の存在――――妖が、いつの間にか、そこに突っ立っていた。



 豪奢ごうしゃさが際立つ、白い着物のような服装。



 白獣の耳と、白狐の尾。



 小柄な体に腰まで届く長い白髪を纏い、ふわりと揺らしている。



 少女は何物にも染まらぬと言わんばかりの白を纏い、ケタケタと嗤いながら、虎鉄を見下ろしていた。



「……力が欲しいのか?」



 欲しい。



「この先歩むであろう道程は厳しいものであるぞ?」



 なんでも良い。



「その目、やはり昔から変わっておらぬな」



 妖を、はらえる、力を――――――――



 狐の妖はケタケタと嗤った。



「ならば私を仕えて見せよ。しからば」



「主様、私を殺してはくれまいか――――?」



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