指導7
医務室ヘ行き、ユーリは無事保護して客室で休ませていること、ダイナがミリアの愛人をやっていたのは王太子の密命による任務で、もう任を外れたとユーリには説明したこと、任を外すために王太子がわざとダイナに怪我をさせたことにした等の説明を済ませた。
ダイナは私に感謝しつつも、意外そうな顔をしていたのが少し気に入らない。
責任は丸っと王太子を悪者にして擦り付けておいた話をしたら、バードナー王子が大層納得した顔をしたのも何だか気に入らない。
「こちらの対価は払ったから、キリキリ全部吐いてもらおうか」
気に入らない気分のまま、腕を組んで横柄に言うと、ビクッと身を竦めてから、意を決したようにダイナは話し出した。
「あんな女の愛人を続けるのが嫌で嫌でしょうがなくて、反抗すれば脅されるけど、酒を飲んだ時についポロッと言ってしまったんです。いい加減結婚でもして俺を解放してくれ、って」
当時の恐怖を思い出すのか、ダイナは乾く唇を何度も舐めながら、少しずつ話を進める。
「そしたらあの女、結婚はするけどまだその時じゃないわ、って。アンタは所詮ペットだから飽きたら捨ててあげる。本命のダーリンと結婚する時には邪魔だもの。ダーリンは素晴らしいプレゼントを婚約の証に贈ってくれるのよ、って。
俺、何でも手に入るような金持ちのアンタに何を贈るってんだ、って思わず訊いたんです」
ダイナが徐々に血の気を引かせ、深呼吸を繰り返す。
やがて、骨折していない方の腕で拳をきつく握り、震える声を吐き出した。
「ペットは暇つぶしを、アクセサリーは称賛を、財布たちはお金を、同志は人脈を、ダーリンは国をくれるわ。わたしは女王陛下になるのよ」
医務室に沈黙が降りる。
ペットはダイナ。アクセサリーは俳優。財布たちは小物トリオ。同志はギャン。国をくれるダーリンは北の皇国の宰相か。
果たして何処の国をもらうつもりなのか。
「あの女は、相当酔っ払ってたんで、その時は変なこと言ってるなと思ってたんです。でも、殿下と聖女様があの女の話を聞きたがるってことは、あれは、スゲェやべぇことなんじゃないかって」
俯きながら震えるダイナ。無理も無い。騎士と言っても、つい最近まで平和な城下町で暮らしていた、ちょっと身体能力に恵まれただけの普通の少年だ。
少年らしい正義感を持って、憧れの騎士になり、これからもっと強くなって大切な人たちを守りたい。この年頃の男がよく抱く夢だろう。
長く戦争など無かったこの国で、平民から入った新人騎士が、いきなり国家の危機かもしれない事柄に関わって、平静でいられる訳がない。
貴族階級の男子は戦争の歴史を学ぶ義務がある。
王族の男子は、より詳しく凄惨な過去を学ばなければならない。
そして、聖女は神から、人類が起こした全ての戦争と災厄の記憶を植え付けられる。おかげ様で大抵のドロドログチャグチャは眺めながらでも食事ができる。
人好きのする柔らかな表情を引っ込めて、思案中の王族男子代表はコレをどう捌くのか。
「他に思い出したことが無ければ、今日はもう休むといい。リュカ、ユーリ嬢を呼んでくれる?」
声だけ柔らかく戻した王子に頼まれて、可愛い女の子を客室から連れて来た。
ダイナは医務室に寝泊まりさせることにした。
「ダイナ、苦労をかけた。恋人を安心させてやれ。リュカ、話がある」
ユーリの前では優しげな王子様の顔でダイナを労り、厳しい顔で私に振り向くと、バードナー王子は医務室を出た。
戦利品のバケットとベーグルでサンドイッチを作り、紅茶と一緒に私の部屋に運ぶ。
かなり遅めの昼食をとりながら、王太子と聖女のランチミーティングが始まった。
「リュカ。何を、どこまで、知っている?」
いきなり尋問だ。片手にベーグルサンドを持って右頬をリスのように膨らませてモグモグしているので威厳はまるで無い。
「聖女の能力で知り得たことで、普通の人間には知りようの無いことを幾つか。だから私の判断だけでは貴方に言えないし、最終解答まで持ってる訳じゃない」
バケットサンドをモグモグしながら答える。
「さっきのダイナの話。ペットはダイナ、アクセサリーはパック、財布は侯爵、伯爵、子爵だろう。同志がギャンか? 国をプレゼントしてくれるダーリンは何処の誰だ? どの国をプレゼントされるんだ?」
「バードナー王子、私、犯人じゃないんだけど」
矢継ぎ早に質問を重ねられ、紅茶を飲んで半眼で見ると、スマン、と口を噤んだ。
どのくらいなら言ってもいいのか考えながら、ベーグルサンドに手を伸ばす。
「同志はギャンのことだと私も思うよ。同志は人脈をくれる人らしいから、ギャンの周りを調べてみたら? ギャンもミリアみたいに複数の愛人がいるかもね」
王子はすぐに直属の諜報員に指示を出しに行くと、走って戻って来て昼の残りを平らげた。
今日はどの本体ともエンカウントしていないのに、王子の色情霊がゴッソリ減っている。服装からして、消えたのは王都以外の平民の娘さんや外国の女の子かな。
そろそろ色情霊の山ではなくなったから、顔がハッキリ見える。
残りは周辺国の貴族令嬢や王女だな。よくもまあ、これだけ色んな女の子を一人も忘れずオカズにできるもんだ。
あ。
満ち足りた様子で食後の紅茶を楽しむ王子の陰に、見たくなかった顔が見えた。
留学、外遊、お忍び。この王子は王太子のくせに友好国以外にも変装して出かける。
ちゃんとドレス着てるけど、ビオラだ。
北の皇国ブリスの目付きの悪い宰相の娘。
ビオラは、エイレインの王太子を想いながら何故エイレインに害を及ぼすつもりのギャンに抱かれている?
ギャンの色情霊のビオラは冷たい印象の姫君だった。
バードナー王子の色情霊のビオラは、少女らしい輝きを放つ愛らしい姫だ。
どちらに心があるのか一目瞭然だ。それでもギャンにも色情霊が現れているということは、ビオラは望んでギャンに抱かれているということだ。
紅茶を冷ます振りをして、そっと溜息を吐き、私は王子から視線を剥がして諜報員の帰還を待った。




