指導6
土煙の上がる鍛錬場を視界に収め、私は王子の言う通り一人で来なくてよかったと思っていた。
男所帯の色情霊の方向性に、やや心が折れそうだ。
この場には男しかいない。男まみれだ。
なのに、どうして、そんなに男の色情霊がウヨウヨいるんだ?
しかも全裸って、そういうこと?!
話には聞いていたし、今までにも見たことだってある。でも、密度高過ぎだろう。女性の色情霊つけてる騎士と半々て。
騎士団内のカップリング事情だの、男だらけの三角関係だのを知ることになり、どうにも虚ろな笑いがこみ上げてくる。
それでも騎士はモテるということは分かった。色情霊が一つもついてない騎士はいない。
貴族や権力者には結構いるんだけどな。無色情霊。
騎士団長に説明を受けながら鍛錬場をジッと見ていたバードナー王子が立ち上がった。
「訓練用の剣を貸してくれるかな。あの動きのいい新人と手合わせしてみたい」
騎士団長は恐縮しながらも恭しく訓練用の剣を王子に差し出し、王子が剣を手に取ると、大声で新人騎士のダイナを呼んだ。
まだ少年を抜け出たばかりのダイナは突然の指名に緊張を漲らせたが、すぐに空けられた場所で構える。
「心配ですかな?」
騎士団長が私の隣に来て、からかうように問う。
騎士団長は騎士の家系の伯爵。色情霊は奥さんだけ。
私は頷いて答えた。
「ええ。新人騎士の方が」
「聖女様は殿下の強さを分かってらっしゃる」
面白そうに騎士団長が笑う。
さっきまでダイナの訓練を見ていたから分かる。新人にしては動きがいいが、あの王子に敵うはずもない。私でも本気を出せば瞬殺だろう。
かと言ってダイナが普通の女の子に遅れを取るような実力ということは無い。
私は神様の無茶振り任務のために、死に物狂いで鍛えまくったのだ。いかに任務遂行中は不死身と言えど、本来なら死ぬようなダメージをくらえば動きにくい。そして慣れたとは言え痛い。
おかげで聖女のゆるゆるローブの下にはガチガチの筋肉が隠れている。神様は私をどうしたいのだろう。
今ではその辺の騎士に囲まれても返り討ちにする自信がある。
手を抜くことは許さないと王子に命じられ、全力で斬り込んだダイナが、その場から一歩も動くことない王子に遊ばれ息が上がってきた。
泣きながら逃げた十六歳児と同じ人間とは思えない成長ぶりだ。噂通り、バードナー王子は強い。
そろそろ終わりか。
「勝負あり!」
ダイナの剣が折れて手から落ち、団長の声が響いた。
「リュカ」
事前の計画の通り、王子は倒れ伏し意識を失ったダイナの傍らで私を呼ぶ。
哀れな新人騎士の状態を調べ、私は眉を寄せた。やり過ぎだバカ王子。
多少怪我をさせても意識を奪って勝てとは言ったが、骨まで折ってどうする。
軽蔑の眼差しで睨み上げると、気まずげに視線を逸らした王子は、自分が大怪我をさせた新人騎士をヒョイと抱えた。馬鹿力だ。
「リュカ、何処に運べばいい? 僕の責任だからできる限りの治療をしたい」
「では、私の館に」
騎士たちに動揺が広がる。聖女の館は王族専用庭園の中にある。たとえ高位貴族でも一生入る機会など無い。
まぁ、だから秘密の話をするのに都合がいいのだが。
馬鹿力の王子が体格のいい若い騎士を姫抱きしてスタスタ歩くので、背後のざわめきは忘れることにしてついて行く。
聖女の館には、今は私しか住んでいない。
私が十歳の頃までは、老齢の聖女が一人居たが、任務に体がついていかないし、私のような任務遂行中は不死身という変態じみた体でもなかったため、神様から引退させてもらえて喜び勇んで何処かへ旅立った。
まぁ、引退前も、ほぼ私の世話に明け暮れながら、私にえげつない無茶振りばかりする神様に文句を言うのが彼女の日常だったが。
各国に王族が保護する聖女の館はあるはずだが、他国に比べてエイレインは聖女が少ない。その分、エイレインの聖女は力が強いらしい。一応平等なんですよ、と神様は言っていた。
一人で全ての任務はキツいから聖女を増やしてほしいと願ったら、私があまりに使い勝手が良いから神様的に他の聖女は要らないとか。アレ、ホントに神様かな? 鬼畜じゃなくて?
館に着いたので、医務室のベッドに意識の無いダイナを寝かせてもらい、棚から治療に必要な物を持って来るよう指示を出す。
相手が王太子とか関係無い。不必要に大怪我させたのはコイツだ。
成人前は、ここに入り浸っていたので、バードナー王子は何処に何があるか熟知している。
骨折の治療は痛みを伴うので、意識を失ってる間に手早く済ませる。
治療を終え、ダイナの呼吸や脈拍を調べると、怪我で意識を失ってるだけでなく、体が不足し過ぎた睡眠を求めて起きることを拒否しているようだ。
「無理矢理起こしますか? 尋問に適した精神状態になってるとは思いますが」
美しい王子様がスゴイ顔してドン引きしてる。
「冗談ですよ」
「半分本気だったよね?」
「九割ですよ。せっかく王太子殿下が手ずから必要以上の大怪我をさせて追い詰めて心が折れるようトドメを刺したのですから。この機会を逃すのは不敬でしょう」
「ほんとにごめんなさい。勘弁してください。もうやめて。お願いしますリュカ様」
優しくゆっくり事実を告げてあげたのに、長い手足を折り畳んでバードナー王子は涙目で土下座した。
久しぶりに見たけど、年季の入った土下座は型が美しい。
うむうむと完璧な土下座を鑑賞していたら、ベッドからガタンと音がして、真っ青な顔の新人騎士が可哀相なくらい震え上がってこちらを凝視していた。
うん。きっと今なら何でも話してくれるだろう。




