指導1
バードナー王子は探しやすい。
目を凝らして色情霊の山の方向へ行けばいい。
色情霊は、あくまで相互に肉体関係を望んでいなければ現れない。
どんなに性欲が強くても、相手にもそれを望まれていなければ現れないのだ。
見目麗しく高貴な王族とは言え、山ほどの相手に欲望を抱き抱かれるバードナー王子は異常だ。
王と王妃は互いの色情霊しかついていないし、十五歳未満の王子や王女には一体もついていない。十七歳の第二王子ですら婚約者の伯爵令嬢の一体だけ。
執務や鍛錬で死ぬほど忙しいはずなのに、バードナー王子の頭の中味はどうなっているのか。
目印に向かって走り裏庭で鍛錬中のバードナー王子を見つけた。
すぐに王子が振り返る。
「あれ? リュカが僕を訪ねてくれるなんて珍しいね」
用も無いのに色情霊の山に近づきたくないからな。
私は素早く王子の色情霊達をチェックする。また増えてるが全員服は着ている。
色情霊は肉体関係を結ぶと服が消える。なので、うら若き乙女の私は日常的に全裸の人間を見慣れてしまっているわけだが。
バードナー王子に全裸の色情霊がついているのは見たことが無い。一度も。
あり得ない数の色情霊をつけてるくせに全員着衣。つまり、アホみたいにモテて煩悩まみれなくせに童貞。
よし。まだ撒き散らしてないな。
私が無言で頷いていると、爽やかな笑顔を浮かべた童貞王子が鍛錬を止めて歩み寄ってきた。
「僕に関係のある神託があった? 運命の伴侶が定まったの?」
「運命の伴侶ではありませんが、バードナー王子に関する神託はありました」
少しだけ王子に同情する。
国を継ぐ者の伴侶は神に定められ聖女に告げられる。強制力は無いが、神の定めた運命の伴侶と婚姻すれば今より国が栄えると言われている。
神託を下される前からの恋人たちを引き裂く意図は無いが、過去に神託以外の伴侶と結ばれた王に子が産まれなかったり、外交上問題が起きて特定の資源の輸入が止まったりしたために、王太子は厳しく己の心を律するよう求められるようになった。
王太子であるバードナーは、神に定められた相手しか本気で好きになってはいけない。そう言い聞かされて育っている。
この王子に許されるのは、結婚前に、煩悩にまみれて童貞のまま恋愛ゲームを楽しむことだけ。
まるで国家の人身御供みたいだと思いはするが、彼ももう二十歳。遊びを止めて伴侶を迎える環境を整える年齢だ。
「バードナー王子の女性関係を整理しなければ運命の伴侶など迎えようがありません」
「もしかしてそれが神託だったりする?」
やたらと煌めく青い瞳を丸くした後、くすくす笑いながら王子は見下ろす。
私は肩をすくめて頷いた。
「王子が子種を撒き散らす前に矯正して来いと言われました」
「聖女の口からとんでもない単語が出たね」
美声で美形が爆笑している。
他人事のような態度に溜息が出た。
「この国の法は王族と言えど一夫一婦制です。神託の相手を選ぼうと選ぶまいと、王子が結婚できるのは一人だけです。
王子に口説かれ本気で貴方に恋してしまう哀れな被害者を量産しないで下さい。
貴方が口説いた数多の女性たちが、ただの憧れ以上の想いを貴方に持っていることくらい分かるでしょう。
恋愛ゲームを楽しみたいなら過度に思わせぶりにせず綺麗にやって下さい」
爆笑を収め、王子は恨めしげに私を見る。
息を吐くように女性を口説いて回る以外は完璧で努力家の王子には、誰もこのような苦言は呈さない。結婚相手を選べないばかりか人間には予想すらつかない立場への同情もあるから尚更だ。
私だって言いたいわけじゃない。十八歳の乙女が年上の王子に、爺やのような説教を垂れたいわけがない。
私も恨めしげに王子を見上げた。
今度は王子が溜息をつく。
「最後の一線だけは越えないようにしている。
僕もこれで色々拗らせてるからね。恋愛ゲームは大目に見てほしいところだけど。
大体、本気で僕に堕ちてるかわからないだろ」
「山のような女性たちが堕ちてます。本気で」
少なくとも操を捧げてもいい位には彼女たちは本気だ。
未婚女性は未経験でなければ傷物扱いでマトモな結婚は望めない社会で、バードナー王子の色情霊の彼女たちは命と人生をかけて彼に恋をしているのだ。
この王子は人妻や後腐れの無い未亡人は口説かないし、プロの女性には興味が無い。
この辺が、王子への同情が少ししか湧かない理由。遊ぶならせめて相手を選べ。体を傷物にしなくても心は傷つく。
責める眼差しで睨んでやると、王子がむくれた。説教垂れる私にしか見せない顔だ。
「リュカを口説いた時と同じようなことしか言ってない。リュカはほんの少しだって僕に堕ちなかったじゃないか」
「何年前の話ですか。そもそも聖女が口説き落とせるわけないでしょう」
聖女はいずれ天に還すもの。人間が汚してはならぬもの。故に恋もせず子もなさない。
四年前、バードナー王子が成人した日の夜、聖女の館に訪ねて来た彼は私を断わっても断わってもそれはしつこく口説いた。あんまりしつこかったので、心身ともに完膚無きまで叩きのめしたら泣きながら逃げて行った。
それ以来私はこの王子の説教係なのだが。
あの頃は色情霊も一つもついていなかったのに。どこで道を間違えたのやら。
やはり成人後に、ただの出来の良い坊っちゃんから寝食を惜しむほどの努力家に変貌を遂げたストレスだろうか。
やや遠い目をしていると押し殺したような呟きが降ってきた。
「知ってる」
常に無い声に王子へ視線を戻すと、気を取り直したように爽やかな笑顔を浮かべている。
「僕は本気で堕ちると思わないで口説いているんだ。だから、どんな言葉や態度がマズイのか判断できない。口説くだけで交際はした事が無いから女心もまるでわからない。だから」
ひたと私に強い視線を合わせ、非常に良い笑顔で王子は爆弾を落とした。
「これからはリュカが常に僕の側に居て指導して? 神様のお告げなんだから聖女の役目だよね?」
神様に続いて王太子からの無茶振りが来た。