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なりそこないの聖女

 二人で手を繋いで仮眠を取り、バードが淹れてくれた紅茶と私が焼いたマフィンで腹ごしらえをしていると、唐突に頭の中に神様の声が響いた。


『もうすぐビオラがこの庭に来ます』


 ブリス皇国宰相の娘、ではなく、ビオラ。その意味するところを即座に読み解き、私は庭の防御システムを一時的に抑えた。


「ビオラが庭にいるって。神様が」

「生きていたのか」

「うん。どうやらハイラン公爵よりビオラの方がヤバかったみたい」


 館から庭に出ると、月明かりも無い真夜中の空の下、仄かに光る花々の中にビオラが騎士ダイナを従えて微笑んでいる。


「ダイナ?」


 訝しげにバードが呟く。

 医務室で寝ていたはずのダイナが、抜身の剣を携えて亡霊のように立ち尽くしている。

 医務室は玄関から近いからな。ユーリの寝ている客室は二階の奥でよかった。


「さぁ、わたくしの騎士様? その剣で、邪魔なあの女を始末してくださいな」


 ビオラがユーリの声で、ダイナに命じる。

 なるほど。それがビオラの能力か。

 隣でバードが低く呻く。思い当たったのだろう。ビオラの声が、私の声に聞こえていた過去に。

 ダイナが虚ろな目をして私に斬り込んで来る。

 瞬時に私の前に出たバードがダイナの剣を弾き飛ばし、腹に膝を入れて地面に沈めた。


「どうして?! 神託で無理矢理に結婚させられる貴方をわたくしは救いに来たのよ?!」


 今度は私の声にそっくりだ。


「その声で喋るな。所詮紛い物のくせに気色悪い」


 私には一度たりとも向けられたことの無い、凍えるような声と眼差しで、バードはビオラに吐き捨てる。


「無い。有り得ない。こんなの間違ってる。わたくしを拒む男性がいるなんて」


 震えながら呟くビオラは恐怖ではなく怒りを感じているようだ。


「ねぇ、バード様? あれほどわたくしに愛を囁いてくださったではないですか。貴方が愛しているのは、その聖女ではなくわたくしでしょう?」


 媚びる仕草で訴えかけるビオラの声は、バードに向ける限り私の声にしかならない。

 この能力は、操りたい相手がビオラを好きじゃなければ、自分の声で想いを告げることもできないんだな。


「貴様にその呼び方は許していない。あの頃の僕は、あの程度の口説き文句など出会った女の子全員に言っていた。僕が欲しいのも愛しているのも永遠にリュカだけだ」


 限りなく冷淡にバードはビオラを拒絶する。


「そんなはずはないわ。目を覚ましてください。貴方はその女に騙されているのです。わたくしを好きにならないなんて、きっと善くない物に呪われているのです。わたくしが救けてさしあげますね?」


 ビオラが一歩踏み出した。バードが守るように私に寄り添う。


「許せない。許さない! わたくしのバード様なのに! 生まれて一度も手に入らない人間の心など無かったのに! わたくしが欲しいと思ったらバード様はわたくしのものなのよ! さっさと死んでバード様をわたくしに返しなさい!」


 神様、こんなに魂が穢れちゃったら、もう天には還せないよ?

 自分が何者かも知らないままで、こんな能力持って、マトモに育つわけないじゃないか。

 生まれた時には分かってたくせに、どうして今まで放っておいたの神様っ?!


 ビオラの伸ばす手が私を守るバードに触れる前、私は抑えていた庭の防御システムを元に戻した。


「え? なにこれ? いや、気持ち悪い! いや!!」


 蔓が伸び、下草が絡み、庭の花々がビオラの四肢を拘束する。


 エイレイン王国王族専用庭園。別名、神々の庭。

 ここは地上から魔力が消え去った後、神が授けた奇跡の庭。

 地上には存在しない花々が咲き、その庭は神が招いた者しか入ること能わず。

 許し無く侵入した者は花々の糧となる。それが鉄壁の防御システムの正体。


 吸収され萎んでゆくビオラを、私は聖女の笑みで見送った。


「さよなら。なりそこないの聖女ビオラ」


 きつく抱きしめてくれるバードに身を任せ、同僚になれたかもしれない少女が跡形もなくなるまで、私はただただ美しい庭を眺めていた。

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