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愚か者の末路

 ブリス皇国の皇帝は、宰相の上を行く愚か者の親玉だったようだ。


 ブリス皇国の急使が読み上げる書状を、一応最後の一行まで聞いてやり、救いようの無さに頭痛がしてきた。


 エイレイン国王から火急の親書を受けた皇帝が、即座に宰相父娘の捕縛を命じたところ、父娘は既に逃亡した後だった。

 追手をかけるために、ブリス皇国の聖女に宰相の居所を神託で教えろと願いに行くと、皇国の聖女四名は、神の御許に帰られたご様子で大変安らかなお顔でした、と。

 皇国には現在聖女がいないから、エイレイン王国の聖女がブリス皇国を救ってくれ。

 ブリス皇国が次の聖女を手に入れるまで、エイレインの聖女はブリス皇国にも定期的に住め。結婚しても聖女のままなら、皇国に住む間に皇帝の子も何人か産め。

 今後エイレイン王国に聖女が生まれたら二人に一人は皇国に譲れ。


 こんな国の恥を晒しまくる内容で、隣に立つバードが一足飛びに魔王化していくのをひしひしと感じていた。


 もう最悪だ。

 口封じに聖女を殺して逃げる宰相に、保身のためにそれを隠蔽する皇帝。

 自国の聖女を守り切れなかった最高権力者に、神の慈悲も加護もあるわけがない。

 聖女は魔法を使えなくなった人間たちの生活を守るために、神が与えた奇蹟だ。

 権力者の便利アイテムでも政争の切り札でもない。家畜のように繁殖させたり、物のように輸出入を求めるなど言語道断だ。

 聖女は自分が生まれた国を愛し、自分を保護してくれる王族に感謝して、神に使役され国民に尽くす者だ。

 その聖女の恩恵は、生まれた国にしか与えられない。だから、貧しい国も豊かな国も、大国も小国も関係なく、全ての国に聖女は生まれて来る。


 もう二度と、彼の地がブリス皇国という国である限りは、そこに聖女が生まれて来ることはないだろうが。


 神の慈悲を自ら断ち切ったくせに。

 新しい慈悲を、優しい神様はくれるに違いないと思い込んでいる。

 聖なる乙女なら、人間に決して逆らうことなく望めば願いは叶えるはずだと。

 喜んで人々のために、その身を犠牲にするだろうと。


 怒りが身を焦がし、私は神様に呼びかけた。


「ねぇ神様? この世界にブリス皇国って必要かな? あ、どうせだから、愚かなブリスの皇帝にも声を聞かせてやってくれる?」


 風の無い室内で、黒く長い私の髪だけが舞い上がる。

 金の瞳が熱を帯びて、急使の手にある書状が灰になった。


『リュカを本気で怒らせるとは、ブリス皇国の皇帝は大した愚か者ですね』


 普段のおちゃらけた声音は微塵もなく、聞く者がひれ伏すのが当然の神々しい声色。

 この場も立っているのは私とバードだけ。皇国で皇帝も這いつくばっているようだ。

 バード、さすが魔王の器。


『リュカは愚かな皇帝が支配するブリス皇国を、どう滅亡させたいですか?

 天災を起こしますか? 大飢饉でも疫病でも貴女の望むように蔓延させますよ。

 かわいい娘を道具や家畜のように扱われて黙っていることは出来ませんからね』


 聖女は神の娘扱いなのか。

 だとしても過激な提案だな。

 国のトップの不始末の尻拭いで、末端の国民まで辛酸を舐める必要など無い。


「愚かな皇帝に神の裁きを。皇国の腐敗した権力者に民の鉄槌を。忌まわしき国の名は歴史からの追放を。そして罪無き新生の国民には祝福を」


『さすがです。愛しき我が娘リュカ。貴女の望みのままに』


 瞼を閉じると、遠くブリス皇国の玉座の前で、床に這う皇帝に黄金の雷が落とされるのが見えた。

 皇都では貴族の腐敗政治を糾弾する声が上がり、民衆が蜂起するところだ。

 皇宮に押し寄せる前に、民家に潜伏していたハイラン公爵が引きずり出された。


 やがて革命が起こり、ブリス皇国という国は地上から消えるだろう。


 皇国からの急使は泡を吹いて伸びていた。

 国王夫妻が途方に暮れたように私を見ているが、そこに怯えや邪心は無い。だから、この国は居心地が良いのだ。

 バードに抱き寄せられ、私は聖女の館ヘ連れ帰られた。

 労うように頭を撫でて私の部屋のソファに座らせ、黙ってハーブティーを淹れてくれる。

 そのまま静かに隣で私の手を握り、何も訊かずにただ傍に居てくれた。


 バードはずっと優しかった。

 私が聖女だからじゃなく。

 知っていたけど、好きになったら駄目だと思ってた。

 四年前の求婚も嫌だとはちっとも思わなかった。聖女だから絶対ムリだから諦めさせなきゃと思った。

 今更、神の定める伴侶だから結婚できると言われても、バードに隠し事が多すぎて、やっぱり好きになったら平常心が保てそうにない。


 ハーブティーに口を付け、握られた手を見る。

 触れられて抵抗の無い男なんて、昔からバードだけだった。

 聖女をありがたがって触って来る人間は多かったけど、あまり気分は良くなかった。

 バードだけは、どこに触られても嫌じゃなかった。


 私、国を一つ、滅ぼしちゃった。


 怒りのままに神様に願っただけで。


 何なんだろう、この力は。使い方を誤れば、世界を滅亡させるのは魔王じゃなく私じゃないのか?


 私は、今すぐにでも、天界に連れて行かれた方がいいのではないだろうか。


「リュカ。僕から離れることは許さないよ。リュカが何者でも」


 握り締める手の力が強くなり、バードが私の心を読んだかのように言った。


「僕からリュカを奪い去る者は、たとえ神でも僕は殺す」

「神様を、どうやって殺すのよ」

「さぁ? 世界を滅亡でもさせたら本体も地上に出て来るんじゃない?」


 相変わらず物騒なことこの上ない。

 そして、魔王成分が高い気がする。魔王の器も、もしかしたら、昔の記憶を持つのかもしれない。


「私がどこにも消えなければ、ずっと傍に居てくれる? 何者でも、何を知っていても」

「僕は大抵の逆境を生き抜く自信はあるけど、リュカを失ったら生きていけない。

 だから、お願い。僕の傍に居て。リュカ。何者でも、何を知っていても」


 頷いて胸に頬を寄せると、腕の中に囲われた。

 バードは御利益なんか関係なく私に触れたくて触れる。そして、私から得るのではなく与えようとする。

 だから私はバードと触れ合うのが気持ちいい。

 望んでもいいかな。このまま、この国でバードと生きていたいと。

 もう少し。

 もうしばらく。

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