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切っ掛け

 風呂場に乱入してきたバードに丁寧に大きなタオルで包まれて、私は今、バードの膝の上で髪を撫でられている。

 扉にノックがあったが、バードが氷のような声で「取り込み中だ。そこで待て」と命じ、まだ報告書は受け取っていない。


「リュカ、神託を聞いて悲鳴をあげたの?」

「報告があるんじゃ?」

「こっちの方が大事」


 心配そうに私の目を覗き込むバードは引く気は無さそうだ。

 下手をすれば魔王になる男か。早々に宥めておこう。


「時期が来たらバードにも話すから。今は報告を聞いて問題を解決するのが先」

「ん。わかった」


 すんなり膝から降ろしてくれたので、浴室に戻り服を着る。

 話せば分からない奴ではないし、判断も冷静だ。このまま人間でいてくれればいいが。

 バードの座るソファに向かうと、既に一人で報告書を手にしていた。


「ハイランは思った以上に愚かだね」


 読み終わった報告書を渡され、私も目を通す。

 なるほど、予想以上の愚か者だ。欲深いにもほどがある。


 戦争を仕掛けてエイレインを手中に収めようというのはハイランの独断。

 ブリス皇帝は戦争などする気は無く、国費を鉱山の開発や、激務を担う鉱山労働者への手当に割いているため、そんな資金も無い。


 エイレイン王国では神託に強制力は無いが、神への信仰心の強固なブリス皇国民にとっては神託を違えるのは神に対する反逆である。

 よって、運命の伴侶以外と婚姻を結んだ王などとは交流できない。国交断絶だ。

 数代前の王の時代は完全に断っていた国交だが、現在は皇帝と国王の親書のやり取りや、民間レベルの交流はある。

 しかし神への反逆者の子孫が治める国、とエイレインを見る者も未だ少なくはない。

 そこにハイランは付け込んだ。


 現皇帝は神への反逆者と馴れ合う腑抜けた裏切り者。皇国を正しき道へと戻すため共に立ち上がろう。

 己に賛同する貴族に囁やき、素質の有りそうな民を集めて洗脳した。

 エイレイン王国を侵略し奪い取ることは聖戦。

 現皇帝を廃し、新しく神に選ばれたハイランが皇帝になれば神聖皇帝の誕生。


 ブリス皇国の聖女たちが気の毒だ。

 そんな神託は無いのに、彼女たちは不死身じゃないから、ここまで話が大きくなれば成り行きを見守る他ないだろう。もしかしたら本当のことを言わないように、何処かに監禁されているかもしれない。


 皇国内でのハイランの動きからして、ミリアに語った甘言は嘘だろう。

 ミリアは捨て駒だ。女王に据える気など無い。

 神聖皇帝として即位したハイランが、二国とも支配する気でいるのだろう。


 コレを現ブリス皇帝が知らないはずがない。

 国外から一日で掴めた情報だ。ならば、動き出す切っ掛けもこちらから与えてやればいい。


「国王に、ブリス皇帝に向けて親書を送らせる」


 実に冷酷かつ愉しそうな顔でバードが立ち上がる。


「生まれて来たことを後悔させてやる」


 そして、実に魔王らしい台詞を美声で言い放ち、恭しく私をエスコートしながら国王の執務室へ向かった。

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