王族専用庭園
頭を休ませるために、王族専用庭園をぶらぶらする。
他の庭園よりは小さいが、一年中花盛りの庭は目を楽しませてくれる。
赤子の頃からこの庭園内の聖女の館で暮らしていたから馴染んでしまったが、ここの花々は外には存在しないものだ。全てに強い薬効があり、それを用いて王家の秘薬と呼ばれるものが作られる。
私にとっては庭先から毟ってきた食べられる花でも、ユーリにとっては卒倒ものだっただろう。胃薬になる花なので食べても害は無いが。
ダイナの治療に使っているのも庭先から毟ってきた花を使った薬なので治りは早い。若いし鍛えているから、すぐに全快するだろう。
色とりどりの花を愛で歩いていると、青い顔の国王が青い花を見下ろして額に手を当てていた。
「どうしました? 何か秘薬が入り用なら、すぐに作りますが」
離れた場所から声をかけると、ハッと顔を上げた王が大股で近づいて来る。
そして、暫し躊躇い、声を潜めて言った。
「バードナーの執務室の茶葉が見当たらないのだが」
うむ? どういったことだろう。
どうせ今日明日中には言うつもりだったからいいか。
「毒を盛られているようなので、回収して調べていました」
「では、今あれはリュカが全て保持しているのだな?」
え? 一番気にするのそこ?
不思議に思いつつ何となく視線を巡らせると、先程国王が見下ろしていた青い花が揺れている。
まさか。
うわぁ。
王様やらかしたな。私は知らないぞ。
「頼む! 茶葉は廃棄してバードナーには黙っていてくれ!」
私の視線の先に気付いた王は必死の形相で懇願するが。さて、どうしよう。とりあえず理由か。聞かずとも想像は付くが。
「何だってまた、王自ら自国の王太子に避妊の秘薬なんか盛ったんですか」
青い花は避妊薬になる。王族は、外遊先などで宿泊すると一夜の相手を宛行われることも少なくない。独身だと尚更。時には強引に事に及ぼうとする相手もいるので、もしものために秘薬を携行する。
調べても分からないわけだ。王家の秘薬なんてレア中のレアだし、毒薬の材料として育てられてはいない。
でも、避妊の秘薬なら、飲めば女性は不妊状態に、男性は子種が存在しない状態になる。本来と異なる状態に無理矢理されるのだから、検査薬を使えば毒物反応は出る。
「その、バードナーの周辺には、そのまぁ、あまりに多くの親しげな女性が、その、あー、うむ、」
国王の威厳は何処へやら。思いっ切り目が泳ぎまくっている。
「自分のやらかしたことは自分で始末してください」
「いや無理! 助けてくれリュカ!」
「無理です。だって、もう、背後に。ほら」
涙目で私の両手に縋っていた王が、恐怖に開いた瞳孔のまま、へっぴり腰で首だけ振り向いた。
気配を消し去り、ずっと会話を聞いていたバードが、にっこりとして、私の両手を握っていた王の手を叩き落とす。
「バ、バババババ、バードナーっ?!」
不自然にカクカクと動く自分の父親に凶悪な碧の瞳を合わせ、笑顔にしては吊り上がり過ぎた口角で、バードは猫なで声を出した。
「説明も弁解も不要ですよ?」
「もうしない! 二度とこんな真似はしないからあっ!!!」
「当然です。僕が今後どんな要求をするのか、想像力の限り、イロイロと考えて、とっても楽しみに待っていてくださいね?」
壊れたように首を縦に振る王様。既に号泣である。
「僕はリュカと話があるので邪魔です。もう行ってもいいですよ」
国王相手にどうかという言い様だが、当の国王は咎める素振りもなく脱兎の如く駆け去った。
泣きながら逃げるのは遺伝?
「妙な真似をしなくても、僕がリュカ以外に触りたいはずも無いのに」
呆れたように嘆息してバードが呟く。
「あれ? いかがわしい妄想はしてたんだよね?」
「妄想だけ。実際に触ってリュカじゃない手触りや匂いがしたら不能な自信がある」
うえぇ。そりゃ神様も私を伴侶に認めざるを得ないだろうな。世継ぎが絶える。
「大体、いくら僕が口説いて回っていたからって、誰も部屋には招いてないし二人きりにすらなっていないのに。どうしてそこまで誤解するかな」
「え? 二人きりになってないの?」
「ないよ! 迫られても面倒だし。人前で理想の王子様っぽく愛を囁いただけだよ?」
「十分凶悪だ!」
それであれだけ色情霊がついてたって、どれだけ凄まじい口説きのテクニックなんだよ!
それに迫られたら面倒って、本気で妄想でしか関わりたくなかったのか?
ん? 待てよ?
「でもバード、ビオラは特別だったんじゃないの? 友達だとか、裏切られたら怒るとか」
「あぁ。あれか」
バードは溜息を吐いて、私の腰を抱いて歩き出し、少し言い難そうに言葉を紡ぐ。
「あの女は、リュカと声がよく似ていたんだ。優しくすれば、その声で僕にありがとうと言うし、愛を囁けば、その声で僕を好きだと言う。リュカに飢えていた僕に、それはまぁ色々堪らなくてね。別れる時には、ずっと友達だと言って帰国した。
本物のリュカが手に入ることは永遠にないと思っていたから、リュカに似た声で僕の死やエイレインの滅亡を願うのだと思ったら自分が抑えられなかった」
うん。なかなか酷いな。
「ごめん。リュカ。他の女なんかをリュカの代わりにして」
反省点はそこか。
まぁ、らしいけどなぁ。
ほんと、色々酷い。これで賢王になれるんだろうか。
「過ぎたことはいい。侯爵の話は聞き終わった?」
「うん。必要なことは全部。引き出した情報の前に、決意表明していい?」
私が頷くと、バードはちゃんと真面目な顔で話し始めた。
「僕は他人の痛みが分からない。知識としてはあるけど、想像したり自分の身に置き換えることはできない。ただ、そういうものなんだなと思うだけ。だから拷問が得意だし、軍隊を率いて戦争するのは向いてない。僕が指揮官になれば必ず勝たせる自信はある。けど、僕は最も効率良く勝つために、どんな犠牲を払おうが、どれだけ人道を無視しようが意に介さないだろう。だから、」
足を止め、真摯な眼差しを私に据えて、バードはゆっくりと宣言する。
「僕は、この国を戦争に関わらせる者を止める。どんなことをしても」
私は聖女スマイルではなく、心からの笑顔で祝福した。




