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桜並木の、その下で  作者: 汐の音
夜空の大輪の章
9/48

(2020.8.1記:こちらは、章全体で銘尾 友朗さま主催「夏の光企画」に参加しています)





 のんびりしてるけど家事雑事にはアクティブだし。

 夏になればこのひと、絶対薄着になると思ってた。だけど。


「違う……。俺が思ってたのと、なにかが激しく違う……」


「? 何か言った? (りつ)君」


「いえ、何も」


 相変わらず可笑しい子だなぁ、と、おっとり微笑みながら(みなと)はシートベルトを締め直した。

 「ドア、閉めてくれる?」「はいはーい」と交わされる軽妙な会話。ひょっとしたら、知らない人間には姉弟のように映るかもしれない。



 ――就職が決まったから、お祝いがてらご馳走でも食べに行こうか。


 そう言い渡されたのが一昨日の夜。

 いつも通り、ちゃっかり坂の上の瀬尾(せのお)邸に転がり込んだ週末のことだった。


(いや、お祝いなら普通、俺がしなきゃ…………って、だめだ。このひと、全然聞きやしない)


 律は、速やかに諦めた。

 むしろ、自分との食事がこの女性(ひと)にとってご褒美となるなら喜んで、の心境だった。


 すい、と助手席に乗り込み、パタンとドアを閉める。ふいに、閉め出したい声が耳に届いた。


「おーい。左門(さもん)、どうしたのー。家からお迎、え、か……」


 忌まわしげに、律は小さく舌打ちした。

 それに気付いたさっきまでの連れ――柏木(かしわぎ)(とおる)が、慌てて食い下がる。文字通り閉め出されそうになっていた車窓(ウィンドゥ)に指をかけ、覗き込むこと数秒。あろうことか運転席を二度見した。


(…………、……?)


 (あいだ)を空けてもう一度。合計三度見、はいアウト。

 見すぎだよな。退場退場。


「じゃな、柏木」


 ウィィン……と、有無を言わさず窓側のパネルで操作する。本格的に閉まり始めた窓に、柏木は絶望的な声をあげた。


「え。ちょ、待て。あの……?? いやいや。流石にダメでしょ。うらやま……」


「『裏山』?」

「違う。そうじゃない」


 古典的にボケると、意外な几帳面さで突っ込まれた。


 ハザードを点灯して脇に寄せた車体のすぐ横で、級友が固まっている。

 律は爽やかに満面の笑みを。柏木は脱力した笑みを浮かべて、互いに見つめあった。


「いいだろ(だが、やらん)」


「いいッスね……(爆発しろ、ひとでなし)」


 目配せしあい、何となく心の声までわかってしまうのが面倒くさい。

 そこに、運転席の湊がひょっこり身を乗り出した。今日は、なぜか楚々とした『和装のお姉さん』だ。


「えぇと……律君のお友達? 良かったらお家まで送りましょうか。歩くの暑いでしょう?」


「!!」


 ぱぁあ……、と輝き始めた柏木の顔めがけて、律はすばやく手を伸ばした。ぺちん! とデコピンする。


 ――クリーンヒット。いい音だった。さすが俺。


「!!? (いった)あぁぁぁっ!?? なにコレ、何なんだよ。お前、ふざけんなッ!?」

「大丈夫です湊さん。こいつの家近いんで。すぐそこ。歩いてすぐ」


「え……、本当?」


 未だに額を押さえる柏木に、心配そうな湊が視線を向けている。律は、あからさまに胸がムカムカとするのを自覚した。が、しれっと頷く。


「本当です」


 ――――な? と、いつになく凄んで見せる。もちろん窓の外側に。


 柏木はつまらなさそうにポケットに手を突っ込んだ。鞄は反対側の手で小脇に抱えている。口を尖らせているため、童顔に拍車がかかっていた。あざとい奴め。


「あ~、うん。残念ながら。でも、良かったらまた声かけてください。今度はオレも混ざりたいです。ぜひ」


(何にだよ)


 にこにこと男子二人がほほえみ合うのを、湊は額面通り受け取った。ふふっと、ほのぼの便乗する。


「そうだね。もしも、お家の方が『いいよ』って仰ったら。ほら、私、不審者みたいなものだし」


「「それはないでしょ」」


「あら」


 綺麗に重なる異口同音。

 仲がいいんだね。わかった、またね――と。


 にこやかな女性(ひと)が運転するパールホワイトの車体は、笑っていない目の友人を乗せて、緩やかに前方へと発進した。


 高校の前の国道を下ると、一面、海が広がっている。入道雲を従えた晴天に波間がきらきらと光り、飛び交うカモメ。沖合いは胸のすく色合いの紺碧だった。


「夏、だよなぁ……」


 アスファルトの道路には容赦なく蝉の声が降り注ぐ。

 影は短い。今日の夏季講習は、午前だけの半日だったので。


 左の角を曲がった路地の向こう側。家は目と鼻の先だった。


「……あのひとが『ミナトさん』だよな。めっちゃ綺麗じゃん。何なのさー、左門(さもん)の奴」


 独りごち、逆の立場なら仕方がない。自分もあぁなるか……と、への字口。


 だ が。


(ここで負けるオレじゃないぜ! 明日は久々に弓場(ゆば)で射る約束だし、ぜったい根掘り葉掘り、聞きまくってやる……!!)



 ――家を前にした友人が、奇妙な闘志を新たにしたことを、左門(さもん)(りつ)は知る由もない。




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― 新着の感想 ―
[良い点] はうう。。 久々に来ました!!汐の音さんの「桜並木」!!! 「夏」なのに「薄着」どころか「和装」ですか?さすが湊さん。 律君と透君の心の声のバトルがいいですね。 そして、クリーンヒット!…
[一言] あー、見つかっちゃいましたね律くん。 大事にそっと育んでる湊さんへの恋心、一ミリたりとも邪魔されたくないですよね律くん…。 女性に興味津々のお年頃男子2人の掛け合いがいいですね。仲良いんだ…
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