前
陽射しだけ見れば、初夏だった。
まばゆい、グラウンドの照り返しでさらに白く染まった光にはじりじりと焦がされるものがある。
教室では女子がきゃあきゃあ顔をよせあい、日焼け止めだの化粧品だので盛り上がっていた。
――曰く、外の体育しぬ、とか。
紫外線のピークって春前じゃなかったっけ? とか。
(あぁ、どうでもいい……)
登校したばかりなのに、もう帰りたくなっている。正確には、もう会いたくなっている。
一限目は英語。机に向かい、休んでいたせいで遅れた分の教科書の頁をぱらら……とめくり、目を通していた。
家に引きこもっていた二週間の間に、一応予習しておいたが。
「会えなくてしぬ」
ボソッと呟くと、後ろから定規の角らしきもので頭を小突かれた。渋々の体で振り返る。
すると、顔だけ見ればとても無邪気な犯人に、ニッと笑いかけられた。
「物騒なのろけだな~。なに、例の年上のお姉さん? 『ミナトさん』だっけ」
「柏木……、お前そういうこと、あんま学校で言うなよ」
「わり、つい。左門の豹変ぶり、凄ぇんだもん。春休み前とは雲泥の差じゃん。まさに怪我の功名ってやつ?」
「言ってろよ、ばーか」
ほろりと笑む。
窓際の席だ。壁にもたれるように肩の後ろを窓枠に当てて、腹の上に置いた両手の指を組み合わせる。
上向くと、日光に容赦なく目を灼かれた。風もないし、ちょっと暑い。
律は恨みがましい視線で柏木を流し見たが、効果は今一つ。どころか、くくく……っ、と噛み殺した笑いが漏れている。心底うざい。
左門と呼ばれた少年――左門律は、諦めたように瞳を伏せ、嘆息した。
窓辺で語らう男子二人。
それは、教室の女子の耳目をそれとなく集めるのに充分な光景だった。
律には、どことなく浮世離れした雰囲気がある。容姿端麗で汗をかいても涼やかに見える――と評判の、近隣では知るものぞ知る旧家の御曹司。
実は、秘密結社的なファンクラブも存在するのだが、現在は諸事情により活動休止状態だった。
柏木透は、高三のわりにやや童顔。愛嬌のある目許に通った鼻筋。人懐こい笑みを浮かべる少年で、誰とでも仲良く話す。
茶色のさらさらした髪、色素の薄い瞳。さほど高身長ではない。同級生よりは下級生の女子に人気があるらしい。
二人は申し合わせたように、周囲の視線を悉く無視した。
「あ、じゃあさ。今日帰り、どっか寄ろうぜ。せっかく部活休みだし」
「テストも終わったし?」
「そうそう」
んー……と、考える素振りを見せた律は、予め用意しておいた答えを述べた。
「わり、パス。先約がある」
「OK、いーよ。まさかのデート?」
「教えない」
「デートだな? よもやミナトさんと……! 教えろよ減るもんじゃなし。いーな、俺も美人のお姉さんと遊びたいっ!! けしからん、混ぜろっ」
「うっさい! 声でけぇよ。ていうか、あのひとは、そんなんじゃないから……」
あしらいつつ、さすがの律も呆れ返った。
賑やかだった女子連中が、いつの間にか鳴りをひそめている。
『――こいつ、買収されたな』と、当たりをつけた。
柏木は話せるタイプの友人だと思っていたが、認識を改めたほうが良さそうだ。
同じクラスになったのは初めてだが、部活は同じ弓道部。気分にムラのある奴だが、ここぞという場面で良い射を見せる。そのため一目置いていた。
(弓、な……)
先生達の働き方改革とかで、今日も明日も部活がない。それで、何となく学校全体がのんびり、そわそわしている。
弓を引くのは好きだが。
「それとこれとは別」の案件ができていた律は、降って湧いたようなスケジュールの空白を心から喜んでいた。
毎日が真っ白――不登校だったのは、つい最近まで。
どれだけ会いたくとも、逆戻りしては叱られてしまう。
迂闊にも彼女のことを思い出し、弧を刻みそうになった口許を慌てて押さえる。
ぱち、ぱち、と瞬いて誤魔化す。ついでに赤いかもしれない頬を覆い隠した。
意思の力を総動員。目線だけは鋭くして。
今度こそ届け、とばかりに、じろりと友人を睨めつけた。
「あとさ。あのひとの名前、さらっと呼ぶなよな」