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桜並木の、その下で  作者: 汐の音
桜の章
4/48

短話 花びらの味を

桜の章の後日譚になります。



「桜って、美味しいのかな」


「ん?」


 少し花曇り。

 ひょんなことで知り合った、年の離れた友人――(りつ)は、白っぽい花房の揺れる枝先に向けて長い腕を伸ばした。

 弓もいいが、楽器も似合いそうな指先にはらり、と花弁が散る。


 かれは何だかんだ言って、ほぼ毎日坂の上の我が家まで遊びに来る。あれから一週間経つのだが。

 やれやれ……と、(みなと)は肩をすくめた。


「そのままじゃ苦いんじゃない? 普通はつぼみを塩漬けにするでしょ?」


「あぁ……わかる。いわゆる桜スイーツ。女子ってそういうの好きだよね」


「女子」


 洗い終えたシーツを干そうとしていた。

 籠から出して、畳んだ状態のものを抱え込み、ふと考え込む。


 (『女子』……私の年齢でそれ、当てはまるのかな。この子のなかでは間違いなく、学校にいる制服を着た女の子のイメージなんだろうけど)


「どうかした? 湊さん」

「ううん」


 慌てて答えて、シーツを広げた。新しく購入したステンレスの物干し竿はぴかぴかで、曇り空の下でも存在が光ってる。

 大きな獲物は水気を含んでさらに重い。

 苦心する湊を見かねてか、律が「手伝うよ」と足早に近寄り、横から落ちそうになったボアシーツをあやうげなくキャッチした。


「ありがと」


 にこ、と笑う(とお)年上の女性に、律も(まなじり)を和らげる。


「どういたしまして」


 そのまま一仕事終え、二人で縁側に腰掛けた。




   *   *




 今日の午前の茶請けは羊羮。抹茶入りの茎茶を冷ました湯で蒸らし、丸い盆の上でちいさな湯呑みに向け、トトト……と、注ぐ。


 湊は以前、旅館で働いていた。若女将とは名ばかりの雑役だったが、身に付いたものは多い。着物も一人で着れるし、作法的なことは問題ないと思われた。


 「はい」と差し出すと礼とともに受け取られる。律もやはり教育は徹底しているようで、器を持つ指先から漂う気配まで、一貫してしずかなものだった。かつ和らいでいる。


 ふ、と目許がほころんだ。


「なに」


「うん。良かったら、今庭で咲きそうなつぼみ。綺麗なものを選んで、あとでお菓子に加工できるように浸けておこうか? そのうち何か作ったげるよ」


「……まじっ?!! いいの!? やった!!」


 ひどく喜色満面な少年に、湊はくすくすと笑い声をあげた。


 一瞬、虚を突かれたように見入って言葉を失った律が、再びくすぐったそうな顔となる。

 瞳を伏せ、湯気と香りをくゆらす茶に視線を落とす湊は、それらに一向に気づかない。


 (――いつか。いつか言えたらいいな、これ)


 律の心の声は、空気に。茶に、溶けたまま。

 こぼされることはなかった。


 今は、まだ。



 はらり、はら、はら、と。

 音もなく次々に舞い散る桜が、雲間から差す光をまとい、しずかな二人にほんの少し、ほのかな色を添えた。




 〈桜の章・了〉


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― 新着の感想 ―
[良い点] 企画より拝読いたしました。 不思議な雰囲気の少年で、最初は本当に怪異の類なのかな? と思いました。 実際はちゃんと実在する不登校少年でしたが^^ しかし、不登校の子に学校行きなさいは禁句…
[良い点] なんだか、ため息出ちゃいますね。 綺麗なものを見たときなんかに出る、うっとりとしたようなため息。 年の離れた、性別も違う二人。 なのに、気の合う部分は多そうで。 共通してる部分も多そう…
[一言] えっこれ続きはないのですか? 気が向いたらでいいので書いてほしいです! とても素敵な話でした!
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