4 雪と餅。しろきもの
雪は、放っておくと下の層から冷えて、固まって融けにくい根雪となる。がりがりとした、半透明の氷塊。
心も、そうなんだろうか……――
はぁ、と宙に向けた溜め息は、瞬く間に白い温もりを描いて消えた。春遠し。
湊は庭の異界ぶりを見渡して、あらためて目を細めた。
「……早く融けちゃえばいいのに」
「んー? 何か言った? 湊さん」
「あ、ううん。ちょっとぼやいただけ。ねぇ律君。何でこんなに降るんだろうね……雪。甘く見てたなぁ、北国」
「あはははッ」
「笑い事じゃありません。そりゃあ、君は若いし、男の子だし。豪雪だって楽しいかもしれない…………っとと、ごめん。せっかくはるばる手伝いに来てくれたのに」
「いえいえ」
スコップでは追いつかないので、二人とも赤いスノーダンプで対応している。下の公道からの坂道と、ガレージから家までの桜並木。人と車が通る場所だけで良いとはいえ、問題は雪のやり場だった。
後者は清々しいほどの雪山を一つ作ることで確保できたが、前者の坂道はとにかく片側に寄せるしかない。車一台が通れる幅が、ギリギリあれば良しと結論付けた。
下の歩道を雪で塞ぐわけにはいかないので。
貴重な冬休みを惜しげもなく坂の上に費やしてくれる友人は、真っ白な雪と黒っぽい樹皮をさらす桜の幹を背に、思わず見入ってしまうほど澄んだ微笑を浮かべた。
「気にしないで。実際楽しいし、家の許可は降りてる。好きで来てますから」
「……っ……!」
言葉に詰まる。うかつにも心拍数が上がる。
湊は先ほどのぼやきを覆いかねない、新雪じみた気持ちを必死に捩じ伏せた。
(~~良かった。まだ春じゃなくて。こんなに冷たい風の吹きっさらしだもの。ちょっとやそっと顔が赤くなっても大丈夫……の、はず)
――絶対に、悟られるべきじゃない。
見てはだめ。気づかないふりはできる。
昼前。せっせ、せっせと十も年下の友人と自宅の雪かきに励む。
これはこれで、心休まる日常なのだと言い聞かせて。
目に焼きつける。
ここに来て最初のシーズン。一年めの冬景色を。
* *
昼御飯には、お土産のお重をありがたくいただいた。
除雪後は汗ばむほど暑いので、防寒着を脱いでもあまり寒くない。濡れてはいないがハンガーに掛けて、リビングの壁側に吊るしておく。
『お客さんなんだから休んでて』
『俺、自分で焼いたことないから。どんな風にするのか見たいです』
『……ううぅ』
等々のやり取りを経て、今は二人ともキッチンに立っている。もはやいつも通りだった。
「すごいね。律君のおばあ様。お店にいらっしゃったときも素敵な方だなって思ったけど。お餅までお家でしちゃうなんて……。やっぱり、お節とかも作られる?」
「いいや? 多分、毎年取り寄せてる。うちは喜恵さんと両親と俺の四人家族だけど、お節はほとんど来客用じゃないかな。親戚とか、それぞれの交遊関係。俺は雑煮のほうが好き」
「なるほど」
勝手知ったる。
律は言われる前に食器棚から適当な小皿を取り出し、箸置きも盆に乗せたところで湊に問いかけた。「湊さん、焼きもちは――」
「うん?」
疑問符を浮かべた湊が菜箸を持った手を止める。コンロに置いた網から視線を外して、おっとりと肩越しに振り向いた。
「えっと、ごめん。何?」
『やきもち』。そこで切っちゃったのは、ばっちり聞き取れたけど。
お餅の焼き加減のことかな、くらいの軽い気持ちで聞き直す。
「あー……、うん。手で食べる? それとも箸派?」
案の定、律はちょっとだけ固まったあと、気が抜けたように訊いた。
くすくす、と笑う湊が再び背を向ける。
「そうだなぁ……。せっかく、上手にお正月用の箸置きも見つけてもらえたし。同じ引き出しにおめでたそうな和紙袋の割り箸があったよね? それ、お願いします」
「了解です」
――――――――
揺れる、ガスコンロの炎。熱された餅をつついた菜箸が網に掠る音。――引き出しの音。しゅんしゅんと湯の沸く音。
おだやかな静けさと温かさが満ちる台所で、律が盆を手に湊の後ろを通ったとき。
(あぁぁぁ、もう! なんで、このひとはこう、挑発スキルがむだに……!!!)
両手が塞がっているせいで。
第一に片想いであるがために。
後ろから抱きしめられないのを嘆いて、心でのたうっていたのを湊は知らない。