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桜並木の、その下で  作者: 汐の音
寒明けの章
31/48

4 雪と餅。しろきもの

 雪は、放っておくと下の層から冷えて、固まって融けにくい根雪となる。がりがりとした、半透明の氷塊。

 心も、そうなんだろうか……――


 はぁ、と宙に向けた溜め息は、瞬く間に白い温もりを(えが)いて消えた。春遠し。

 (みなと)は庭の異界ぶりを見渡して、あらためて目を細めた。


「……早く融けちゃえばいいのに」


「んー? 何か言った? 湊さん」


「あ、ううん。ちょっとぼやいただけ。ねぇ(りつ)君。何でこんなに降るんだろうね……雪。甘く見てたなぁ、北国」


「あはははッ」


「笑い事じゃありません。そりゃあ、君は若いし、男の子だし。豪雪だって楽しいかもしれない…………っとと、ごめん。せっかくはるばる手伝いに来てくれたのに」


「いえいえ」



 スコップでは追いつかないので、二人とも赤いスノーダンプで対応している。下の公道からの坂道と、ガレージから家までの桜並木。人と車が通る場所だけで良いとはいえ、問題は雪のやり場だった。


 後者は清々しいほどの雪山を一つ作ることで確保できたが、前者の坂道はとにかく片側に寄せるしかない。車一台が通れる幅が、ギリギリあれば良しと結論付けた。

 下の歩道を雪で塞ぐわけにはいかないので。



 貴重な冬休みを惜しげもなく坂の上(こちら)に費やしてくれる友人は、真っ白な雪と黒っぽい樹皮をさらす桜の幹を背に、思わず見入ってしまうほど澄んだ微笑を浮かべた。


「気にしないで。実際楽しいし、家の許可は降りてる。好きで来てますから」


「……っ……!」


 言葉に詰まる。うかつにも心拍数が上がる。

 湊は先ほどの()()()を覆いかねない、新雪じみた気持ちを必死に()じ伏せた。


(~~良かった。まだ春じゃなくて。こんなに冷たい風の吹きっさらしだもの。ちょっとやそっと顔が赤くなっても大丈夫……の、はず)


 ――絶対に、悟られるべきじゃない。

 見てはだめ。気づかないふりはできる。


 昼前。せっせ、せっせと(とお)も年下の友人と自宅の雪かきに励む。

 これはこれで、心休まる日常なのだと言い聞かせて。


 目に焼きつける。

 ここに来て最初のシーズン。一年めの冬景色を。




   *   *




 昼御飯には、お土産のお重をありがたくいただいた。

 除雪後は汗ばむほど暑いので、防寒着を脱いでもあまり寒くない。濡れてはいないがハンガーに掛けて、リビングの壁側に吊るしておく。


 『お客さんなんだから休んでて』

 『俺、自分で焼いたことないから。どんな風にするのか見たいです』

 『……ううぅ』


 等々のやり取りを経て、今は二人ともキッチンに立っている。もはやいつも通りだった。


「すごいね。律君のおばあ様。お店にいらっしゃったときも素敵な方だなって思ったけど。お餅までお家でしちゃうなんて……。やっぱり、お節とかも作られる?」


「いいや? 多分、毎年取り寄せてる。うちは喜恵(きえ)さんと両親と俺の四人家族だけど、お節はほとんど来客用じゃないかな。親戚とか、それぞれの交遊関係。俺は雑煮のほうが好き」


「なるほど」


 勝手知ったる。

 律は言われる前に食器棚から適当な小皿を取り出し、箸置きも盆に乗せたところで湊に問いかけた。「湊さん、焼きもちは――」


「うん?」


 疑問符を浮かべた湊が菜箸を持った手を止める。コンロに置いた網から視線を外して、おっとりと肩越しに振り向いた。


「えっと、ごめん。何?」


 『やきもち』。そこで切っちゃったのは、ばっちり聞き取れたけど。

 お餅の焼き加減のことかな、くらいの軽い気持ちで聞き直す。



「あー……、うん。手で食べる? それとも箸派?」


 案の定、律はちょっとだけ固まったあと、気が抜けたように訊いた。

 くすくす、と笑う湊が再び背を向ける。


「そうだなぁ……。せっかく、上手にお正月用の箸置きも見つけてもらえたし。同じ引き出しにおめでたそうな和紙袋の割り箸があったよね? それ、お願いします」


「了解です」




 ――――――――


 揺れる、ガスコンロの炎。熱された餅をつついた菜箸が網に掠る音。――引き出しの音。しゅんしゅんと湯の沸く音。

 おだやかな静けさと温かさが満ちる台所で、律が盆を手に湊の後ろを通ったとき。



(あぁぁぁ、もう! なんで、このひとはこう、挑発スキルがむだに……!!!)


 両手が塞がっているせいで。

 第一に片想いであるがために。

 後ろから抱きしめられないのを嘆いて、心でのたうっていたのを湊は知らない。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 餅がやけにおいしそうです! それにしても若い男と部屋で二人きり! たまらんもんがありますよね! [一言] 関係ないのに『来ぬ人を 松帆の浦の……』を思い出してしまいました! 餅も焼かれて身…
[良い点] あああ。 湊さん、罪なオンナ。 律くんもよく理性を保っています。 北国のことはよく知りません。 雪がほとんど積もらない地域ですので。 北国の雪はナメたらあかんぜよなんでしょうね。多分。 …
[一言] もどかしいのは律くん以上に、私です……!!← 根雪はやっかいですよね。カチカチに凍って、上の雪を掻いたらツルツルに滑るようになって。 お湯をかけて溶かしてもまた凍っては厄介ですし、ツルハシ…
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