~十月~女王裁判と兎の判決
「嵐の章」の顛末部分で、次章への繋ぎ部分になります。
「説明してもらってもいいですか?」
ぽん、ぽん、と、赤いハートの付いたステッキの先端を左手に当てて、女の子は呟いた。
「説明……ですか」
なぜか敬語の篁が、ちらっと隣を伺う。
三年B組のカフェ席の一隅。
女王の裁判よろしく、大人二名と高校生執事が一名、雁首合わせて座らせられていた。
左から篁、湊、律の順になる。
目の前には赤と黒を基調にしたゴシックドレスをまとった、ちょっときつめの顔立ちが可愛い女の子。
――この子が、篁の話に出てきた弟さんの同級生だとすぐにわかった。
問題は。
「えっと……今? ここで? オレが言うの?」
解せない、と言いたげな表情で篁が首を傾げる。女王陛下は重々しく「そうです」と頷いた。
襟足に手を当てた篁は、しばらく唸っていたが、やがて観念したように両手を挙げた。
「わかった。わかりました。結論から言うよ。オレ、このひとが、好きなんだ」
「!!!」
「えっ」
「~~!? みな、とさん……え!? 嘘。いつの間に??」
カタンッ! とステッキが床に落ち、女王の顔色が蒼白になった。
湊は真顔で訊き返し、律は頬に『信じられない』と書いて、先ほど捕獲し、ここまで手を繋いで連行した女性の横顔を穴が空くほど見つめている。
“三 角 関 係”
おおぉ……と、傍聴席と化していた周囲の席からどよめきが生まれた。柏木扮する可憐なアリスは、へぇ、と感心したような声をもらす。腕を組み、兎の耳を取ってしまった相棒の執事の傍らで、うんうんと鷹揚に頷きつつ立っていた。
「わかる。ミナトさんだもんな……」
「ちょ、黙ってて柏木。ややこしくなる」
「……」
いっぽう、涙目の女王は辛うじて泣かずに、一年間丸々費やした片想いの相手を凝視していた。
「えぇっと……。たしか篁君のお兄さん、先月離婚したって聞いたんですけど」
「うん。合ってる」
「こちらの女性は、その……奥さんじゃなくて。新しい“彼女さん”ってことですか」
(ちがう! 篁さん、そこはNO!! はっきりと!)
やきもきと困り果てた視線を察してか、篁は妙に優しいまなざしとなり、彼女――この場合は右隣の湊――に、ゆったりと微笑みかけた。
「彼女さん、ね」
ぎくり、とする。
まさか?
湊の慌ただしい瞬きを、篁は実に楽しそうに見つめた。
「残念ながら片想い。でも本気だから。ね? 湊」
「は」
「…………」
おおぉぉ~! と、先のどよめきとは明らかに異なる温度の歓声が湧いた。
まずい。どう見ても面白がられている。しかも可哀想に、失恋した女王役の子も含めた立派な茶番劇に仕上がっていた。あとは――
「あの。律君?」
「……はい、湊さん」
おそるおそる視線を流したが、真正面から受け止められた。
こういった空気の機微には聡い子だ。篁の言はすべて嘘だとバレているかもしれない。
とりあえず、今だけでも『例の問題』には触れずにいて欲しくて、勝手だが願わずにいられなかった。
「(そんなわけで……ということじゃ、だめ?)」
「(何を言い出すかと思ったら)」
淡々と会話している篁と、弟のウェイター役の男子。それにハートの女王コスプレの子の抑えた声がぽんぽん飛び交うなか、二人はこそこそと耳打ち合う。
目を据わらせた律は、おもむろに口を尖らせると、フッと目の前の耳朶めがけて息を吹きかけた。
「っ!?」
思わず右耳を押さえて体を跳ねさせ、律から距離をとると、反動で篁にぶつかった。
「おっと」
「うわっ……! す、すみません篁さん。事故が発生して」
「ふーーーーぅん? いいよ、事故でも。おいで、大歓迎」
さりげなく肩を抱いてくるあたり、本当に手慣れている。湊は「いや、本当にそういうのはいいので」と、あっさり体勢を直した。
律儀に手を引き剥がし、再度律と向き合う。今度は正面からの視線に堪えた。
「だめですか」
「よくわかんないけど、……篁の兄さん? 片想いだって言ってましたよね。なら、関係ないです」
律は、綺麗な顔にそら恐ろしい眼光を湛えて、今日初めて会う大人の男を見遣った。
「ん? オレ?」
敵意は伝わっているだろうに、にっこりと、人懐こささえ漂う風情で篁が問う。
律はただ、瞳を細めて口の両端をわずかに上げた。笑顔にはほど遠い表情だった。
「いや。特に関係はなさそうだなって。気にしないで、女王としっかり話つけてください。察するに、そのために紫乃に来たんでしょ?」
(鋭い)
思わず舌を巻く。キレのいい律の物言いに、大人二人は揃って目をみはった。斯くして。
後日、“左門が外部の女性来場者を追っかけ回して派手に壁ドンしてた”だの、“いや、ものすごくソフトな壁トンだった”だのと数々の伝説を残し、断トツでミスター紫乃にも選ばれてしまった、全体的に濃すぎる学園祭が幕を閉じた。
――――同時に、かれが正々堂々と湊に猛攻をかける切っ掛けとなる、もろもろの変化の幕開けとして。