表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜並木の、その下で  作者: 汐の音
嵐の章
17/48

追記2/2 吹き荒れて、落つる兎

 ――――見つかった。



 目が合った瞬間、はたりと語彙が死んだ。

 会ってもおかしくはない。いやでも敷地は広いみたいだし、と。ずっと見ないように、見つけないようにしていた自分を激しく責める。


「ごっ、……ごめんなさい(たかむら)さん。理由はあとで。別行動お願いします」


「え?」


 相席していた男性に一言(ひとこと)断りを入れると、ガタン! と慌ただしく椅子を鳴らし、(みなと)は席を立った。教室の出入り口まで数歩。目をみはるほどの軽やかさで去り、戸口に手をかけて振り返る。


「……あとで! 必ずご連絡します、すみません!」


 脱兎のごとく駆け出した彼女の影は、瞬く間に消えた。篁は飲みかけの紅茶を受け皿に戻すタイミングを失い、返事に(きゅう)してしまう。


「待てって……、ちっ! 湊さん!!」


 視界の隅で長身の男子生徒が動き、同じように廊下に飛び出した。

 涼やかな容姿に似合わない、焦った声と俊敏さだった。


(『湊さん』?)

 確かにそう呼んだ。盛大に舌打ちまでもらして。

 燕尾服のスワローテールがひらり、と彼を追う。つい先ほど、カフェの責任者よろしくアリスを伴い戻った執事どのは、給仕係の女子に無理やり装着させられた兎のカチューシャもそのまま、大胆に走り出した。

 ――はて、どちらが脱兎?


「失礼」


 おいおい。去り際まで紳士だな、と呆然と眺める。


 ぶつかりそうになった新規客らしい少女は、出入り口で顔を赤らめていた。両手で口を押さえ、「え、うそ、格好いい……」と呟いている。

 アリスはそれを聞き咎め、可愛らしい顔に不似合いなほど渋面を浮かべた。「()()はだめだよ。志織(しおり)ちゃん」と(たしな)めている。――男の声で。


(……何て言うか……すごい場面にかち合った気がする。色々と)

 日常が反転し、予測できないスピードで非日常が溢れだす。認識が追いつかない。


 3-Bの標札はやはり、何度見ても“Cafe Alice”のゴシック文字。

 『不思議の国』というワードが、この上なくしっくりとした。




   *   *




 篁とお茶をしていた。

 (くだん)の女の子は、ここでハートの女王をしているという。可愛らしく英国風に飾りつけられたカフェはほぼ満員。しかし、肝心の弟さんと女王は休憩中だった。


 (りつ)のクラスがどこかは知らない。外は秋晴れだが、心の曇天にゴロゴロ……と、穏やかならぬ音が忍び寄っている。


 (たかむら)にとっては女性同伴で弟のクラスに訪れた実績(アリバイ)も作れたので、「人助け」の半分は達成できたはず。

 すぐにも帰りたかったが、松葉杖をつきながら三階に上ったかれの労苦を考えると、急かすのも気の毒に思えた。


『ちょっと休みます?』


『いいね。法に触れない大人の女性からそんな風に誘われると』


『何言ってるんですか』


 そんなやり取りをのほほんとしている間に、「かれ」との距離はぐんぐん詰められていたのに。



(馬鹿っ……、これじゃ篁さんよりひどい。()()()()()()


 ――――手を、出させた。


 あの花火の夜、なぜ拒めなかったのか。

 ずっと考えないようにしていた。LINEも着信も、心苦しかった。“左門(さもん)律”と、スマホのディスプレイに表示されるたび困っていた。切るに切れなくて。


 迷ったけど、ジーンズにして正解だった。

 ローヒールのパンプスは足元が不安定だが、転ばぬようめちゃくちゃに集中する。

 来場客を避けまくり、とにかく校舎を出るべく走った。階段を降り、踊り場で方向転換。一階に到着して――


「湊さん!!」

「!」


 ぎょっとした。思ったより声が近かった。

 女の子の悲鳴じみた声が上がり、反射で立ち(すく)む。


 律は手すりに手を掛けた。

 二階部分に近い場所から身を(ひるがえ)し、呆気にとられて口を開けたままの湊めがけて飛び降りる。


挿絵(By みてみん)


「どいて!」


「ッ……?!」


 現役男子高校生の確固たる質量が、重力に従い落下する。


 このままだとぶつかる。

 速やかに判断した湊は早かった。手すりとは反対方向にサッと退く。勢い余り、とん、と、つめたい壁がローゲージのニット越しに触れた。



  ダン!


 器用に着地した律は、よく見ると変だった。

 黒いし。執事だし、耳が。



「…………なんで、ウサギなの?」


「はぁ、はぁ……くそっ、湊さん、なんでこんなに足速いんだよ。……はぁっ……」


 律は、言われてようやく気づいたように白い耳のカチューシャをむしり取った。

 ぽい、と足元に捨てる。拾うそぶりもない。


 息があがっているのは湊も同様だったが、律は教室に戻る以前から走っていたらしい。燕尾服の上着や衿元が乱れている。髪も。

 それがまたおかしなストイックさを醸し出し、見るだけで「なんかごめん」と感じさせた。


 同時に、後悔した。


 ざわざわ……と、さっきから周囲の関心の的だ。非常によくない。なのに。

 目を逸らさせない鋭さで見つめられたまま、じり、と距離を詰められる。

 誰かが「壁ド……!?」と口走りそうになったが、皆まで言わずに飲み込んでくれた。

 良心的自粛ありがとう。じゃなくて。


「律君。ここ、学校」


「……会いたかった。やっと、捕まえた……」


 とん、と、身体の左右に両手をつけられた。





 〈嵐の章・了〉


長くなった「嵐の章」は、ここまで。

いったん区切ってしまいますが、二人のやり取りを含む次章はぜひぜひ、秋のうちに書きたいと思います。


お読みくださったかたに、感謝です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 専ら律くんが若気の至り全開ですので、物語が深刻にならずに救われております。(うさ耳執事のファインプレー) また、湊さんも自身の事情から大人らしい対処を装っていますが、人の好さが前面にでるか…
[良い点] なんてこった…! 割烹上がるまで更新に気づかないなんて(T ^ T) ここ。 ここで終わる?! 引き、引きが…! あんまりです!! 壁ドン寸前で終わるなんて。゜(゜´Д`゜)゜。 もう正…
[一言] 壁トンンンンンンン!!!!! メッセージ見て即座に舞い戻ってきましたよ。 子供たちは昼寝起きで寝ぼけてる。今がチャンス!(夜は寝ない) 脱兎で上から跳んでくるウサギさん、穏やかな律くんから…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ