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桜並木の、その下で  作者: 汐の音
嵐の章
16/48

追記1/2 晴天に雲、立ち込める

 ちょっと、引いた。

 いや、高校の名前を聞かなかった(みなと)も良くはなかった。

 『家、教えてくれる? 迎えに行くから』と言われ、それは勘弁してくださいと断ったのが先月。今日は十月も半ば。すっきりとよく晴れた文化祭日和だ。


 ――紫乃祭(ゆかりのさい)


 ()()()()校門には立派な毛筆の立て看板が飾られ、楽しげにそこに入って行く人びと。父兄らしきひと、近隣の子ども、他校の学生に……おそらくはOB。


 ちらり、と隣の誘いびとを窺う。


「あの、ここ……本当に? 入るんですか」


「入らなきゃ、瀬尾(せのお)さんに恋人役をお願いした意味がなくなっちゃうな。別にいいけど。普通のデートにする?」


「結構です」


 校門前。行き交うひとのなかで立ち止まり、真剣に話し合う(たかむら)と湊は、そこそこ目立っていた。篁は、ギプスは取れたがまだ足元が覚束ない。松葉杖を使用している。

 意外に渋い藍染めのクレリックシャツにベージュのワークパンツ。スニーカー。

 気軽な服装の篁は二十代に見えた。


 対する湊も似たり寄ったりで、あまりデート感はない。

 いつもの細身のジーンズに、ローゲージの白いVネックニット。Iラインにジルコニアが輝くシンプルなシルバーネックレスを身に付けているが、女性らしい飾りはそれだけだった。

 足元はカラシ色のローヒールパンプス。紺と白のマリンカラーを思わせるミニバッグを片手に持っている。


 腕を組んで瞑目。しばし熟考。


 会うだろうか……いや、会ったところで話しかけられるとも限らない。ここまでの賑わいなのだ。()()()()()()()()()()()()()()、とみずからを奮い立たせる。


 ぐっ、と決意を滲ませ、挑むように篁を見上げた。


「……わかりました。入りましょう。で、(くだん)の女の子の目を覚まさせて、速やかな撤収を提案します」


「? 意気込みはありがたいけどさ。何か用事? さっきからそわそわしてるよね」


「うっ」


 鋭い。湊は、篁のことをとやかく言えないな……と、自嘲気味にほほ笑んだ。


「ちょっと。知り合いが」


「ふぅん?」


 いかにも『聞いてくれるな』という顔色の彼女をじっと眺めて、に、と口の端を上げる。随分とひとの悪い笑みだった。


「――ま、いいけど。よろしくね『湊』」


「……どうしても、それでいきます?」


「離婚したばっかりなのに、これくらい節操ないほうが諦めてくれると思うんだよね。あんまり行儀よく『瀬尾(せのお)さん』呼びだと、『まだいける……!』とか思われそうで」


「なるほど」


 対処に慣れている。女性には()()()だろうと、当初の予想を裏切らぬ遊び人っぷりだった。ふと、思い立つ。


「本当の女友達のどなたかに、頼もうとはなさらなかったんですか?」


「無理。勘違いさせる」


「あぁ……」


 しばらく、そういうのは()()りなんだ――と邪気なく笑う篁に、何となく肩の力が抜ける。

 その点に関しては同意しかないな、と苦笑した。




   *   *




 ――弟のクラスメートの女の子が俺に一目惚れしちゃって、と。

 あの日、専門学校で告白された。

 その子が篁を見初めたのは、()しくも去年の学祭。年の離れた可愛い弟が売り子を務めるクレープ屋を冷やかしに行ったときだという。


「篁さん、その時はお一人で……?」


「うん。前の奥さんは置いてきてた。迂闊だったわ……妻帯者だって、弟も説明してくれたんだけど。鎮火しなかったって。オレより、弟が気の毒なんだ。兄貴目当てに特定の女子から絡まれちゃ、育つものも育たない」


「ははぁ」


 松葉杖の連れを気遣い、ゆっくりと歩く。

 グラウンドは焼きそばやフランクフルト、まさにクレープと、さまざまな出店で賑わっている。射的や輪投げのブースもあり、かなり本格的だった。

 頬を撫でる風は、ひんやりと気持ちがいい。とんでもない話題のはずなのに、妙にほのぼのとした。


 各クラスの看板があちこちに飾られ、目を引いた。お化け屋敷、プラネタリウム、演劇部の告知。――Cafe Alice の横文字。どれも、なかなかの力作だ。


「弟さん、今年もその子と同じクラスですか」


「うん」


 それは災難でした……と言いそうになり、口をつぐんだ。

 本当に、あまり他人事ではない。むしろ今日は成り行きとはいえ、かなり危険区域に踏み込んでしまった。


(りつ)くんのクラス、まさか…………カフェってことはないよね。まさかね)


 人生大概、その『まさか』だったりする。

 目を覆いたくなるような奇縁に湊が辿り着いてしまうまで、あと数十分だった。





「嵐の章」は、長くなりました……(反省)

サブタイトル付きのお話がもう一つあります。

整いしだい、投稿します!


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― 新着の感想 ―
[一言] そうそう、その『まさか』が恋愛ものでは大概を占めてますよね。 悲惨なものもありますけど、これは絶対においしい『まさか』に違いない。今から「ごちそうさま」の準備をしておきます。← 年下を翻弄…
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