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桜並木の、その下で  作者: 汐の音
嵐の章
15/48

「どうしよ、左門(さもん)。おれ……生まれる性別間違えたのかな」


「いや、大丈夫。合ってる合ってる」


 水色のワンピース。手加減してもらって膝下丈のエプロンドレスをまとい、れっきとした高三男子・柏木透(かしわぎ とおる)は呟いた。


 本物は金髪美少女だと誰もが認識している『不思議の国のアリス』は、一般的な日本人がコスプレするには無理がある。


 よって、かつら(ウイッグ)は明るめブラウンのロングヘアー。黒いリボンカチューシャ。うっすらメイクまでしてもらった柏木は、申し分のない美少女だった。――ドンマイ。


 ぽん、と、執事服の(りつ)が白い手袋をはめた右手をアリスの肩の上に乗せる。やさしい(いたわ)りを込め、とろけるような微笑まで添えて告げてやった。


「可愛いよ」

「お前~~……ッ!」


 元々、177センチの律に対し、柏木の身長は168センチ。特に違和感はなかった。なさすぎた。

 非日常極まりない光景だが、周囲を取り囲む3―B女子は晴れ晴れとしている。

 彼女らはわりと大人しい、本格的なメイド服だった。皮肉なことに柏木よりも和風で明治時代っぽい。清楚な雰囲気を湛えている。(黙っていれば)


 男子は制服に揃いのエプロンで、左胸の辺りにトランプ模様の飾りを縫い付けていた。芸が細かいことに記号は♥で統一されており、それぞれ数字が違う。

 たまに『役』を振られた者もいた。看板の下書きでも思ったが、衣装が凝っている。

 笑う猫、女王、帽子屋――まさに“Alice in Wonderland”。


 首謀者は誰かな、と思ったが、女子には違いなかった。




   *   *




 紫乃祭(ゆかりのさい)当日、開場前の八時五十分。

 本館三階にある教室は浮わつき、沸き立っていた。ある意味、サプライズだった柏木の『今日の主役』ぶりが板についていたせいもある。


 ――ひそひそ、と、楽しげな囁きや熱っぽいまなざしを向けられていることは、とうに気づいていた。そこまで鈍感じゃないので。


 居心地が悪くなり、律は、ふっと教室中央から視線を逸らした。柏木がまだ吠えているが、こちらもガン無視する。


 きれいに拭いた窓の外。

 入場客が並び始めた正門付近に目を凝らし、そこで待ち合わせたこともある大人の女性(ひと)に想いを馳せた。


 あんなに、近づけたと思ったのに。


(あんまりしつこく電話してもな……)

 LINEは既読がつくし、たまに返事もくれる。

 電話にも出てくれるが、明確な一線を引かれていた。留守を理由に、瀬尾(せのお)邸に寄らせてくれない。二人きりになれない。

 ()()()()、会ってくれなくなった(みなと)に対して。


 ――学祭やってます。実苑(みその)さんの店が休みだったら、良かったら遊びに来てください。外部のお客さんも来てるし、出し物とかけっこう面白いと思います。


 そう、文字で送るのが精一杯だった。


 キスしたことは不問。告白すら不問。

 律も、あえて自分からは蒸し返さなかったが、なぜこうまで避けられねばならないのか。


(まぁ……今日は、俺が女装じゃなくて良かったけど)


 人目を引く仮装ではある。

 が、スカートよりは格段に走りやすそうな服で良かった。

 もしも、来てくれて。

 もしも、ばったり会えたら。


 ――――その時は、絶対に逃がさないと心に決めていた。






 やがて、パンパン、と手を打つ音。やや間延びした声の男子クラス委員が、のんびりと皆の耳目(じもく)を集める。


「はい、注目~。各自、散ってよし。まずは午前班準備よろしくー。開店は九時半。午後一斑は十二時集合。午後二班は十五時ねー」


「了解ー!」

「は~い」


 あちこちで返事が上がるなか、ふくれ面の柏木が呻いた。


「坂田、俺は……?」


「あ、アリスはこれね」


「……これ?」


 もはや、本名すら呼んでもらえない。

 柏木は渡されたモノを両手に握り、虚ろな目でうなだれた。


「うっそだろ」


「いや、真面目に」


 えんえん不毛な応酬が続いている。

 律は、ふっと吹き出した。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「笑うな……!」


「ごめんごめん」


 ふふふ、と込み上げる笑いを噛み殺し、ちょうどいいやと持ちかけた。


「な、委員長。俺も柏木に付いてっていい? ここまで似合うと心配だ。妙な奴に絡まれたら可哀想だし」


「あー……、うん。それもそうかなー」


 腕を組み、眠そうな瞳に一瞬、きらりと光が宿る。「そのほうが客寄せになるかもね」と、ぼそっと心の声がもれた。

 ……坂田さん? 聞こえてる、聞こえてる。


 隣に立つ、眼鏡の女子クラス委員にお伺いをたてて二言三言(ふたことみこと)。指令はすぐ、実にいい笑顔で下された。


「OK、九時になって開場したら、ぐるっと一周してきて。期待してる。めいっぱい宣伝して」


「心得た」

「えぇぇ……。おれ、今日は彼女来んのに……」


「(黙殺)あ、みんな! 先生がさ、売り上げナンバーワンだったら全員にハーゲンダッツ奢るって」


「「「!!! まじで!?」」」


 (あわ)れ、柏木のぼやきは完全に聞き流された。

 皆、単純に顔を輝かせている。

 打ち上げでカラオケでも――という話は出ていたが、外部受験を選択した者もあり、配慮のために立ち消えた。その残り火が再燃する。


 なぜだろう。うちのクラスは甘党が多い。しかもアイス好きが圧倒的に多い。「しゃーねぇなぁ。やってやんぜ……!」と、裏方の男子まで目の色を変えていた。


「じ、じゃ。ちょっと早いけど出るわ、俺達」


 若干引きつつ、涙目のアリスの肩を抱き、看板を持たせたまま教室を去ろうとすると、律の執事服をつんつん、と引っ張る者がいた。チェシャ猫カチューシャのコスプレ女子だ。


「はい、左門君。これ」


「?」


「おっ」


 ここに来て、ようやく柏木は復活した。よくよくひとの不幸に敏感な奴だった。

 猫耳女子が差し出す物体に二人で見入る。

 ――まさか。


「うふふっ、借りるのギリギリになっちゃった。大事にしてね。その懐中時計、お父さんのなの。あと、()()も。(はず)さないで」


「……」

「……ぶふっ」


「笑うなアリス」


 固まったように動かない律の上着をそっとひらき、猫耳女子は緊張の面持ちで懐中時計を内ポケットへと押し込んだ。丸いすべすべとしたシルバーの表面は、内側の裏地をつるりと滑り落ちる。

 次いで、戴冠式のように恭しく()()を乗せられ――もとい、はめられた。

 律は深々と吐息した。


「なるほど……。つまり、時間厳守であちこち走り回れってこと?」


 女子の猫耳はピンクのしましま模様。これは明らかに米国(ディズニー)だなと思いつつ、片頬を緩める。

 女子は、ほぅっとため息をついて片頬に手を当てた。


「別に、走らなくてもいいと思うけど…………。熾烈なジャンケンのリーグ戦を制した甲斐があったわ。行ってらっしゃい、左門君。柏木君も。帰ったらお店手伝ってね」


「よっしゃ! 辱しめを受けるのがおれだけじゃないんならいいぜ! さ、行くぞ白ウサギ。お前となら、この格好も悪くない……!!」


「あぁそう、うん……。俺、お前のそういうとこ好きだわ」


 きゃあぁ、と、途端に黄色い声が立ち(のぼ)り、満面の笑顔で送り出されてしまった。

 美少女らしからぬ大股のアリスに引きずられ、ウサ耳カチューシャを早速むしりとった律は、剣呑に目を据わらせた。


「くっそ、こうなりゃ自棄(やけ)だ。柏木、湊さん見つけたら即教えて。義理堅いから来てくれるのに賭ける。返信なかったけど」


「へえ? 喧嘩かー? よしよし。ミナトさんも気の毒に……。一番に見つけてやんよ」


 右手に看板。

 左手でバシッ! と、執事服の背を叩く。(いて)ぇ。


 苦笑しつつ歩調を改め、衣服を正す。そのまま、本物の執事よろしく野性味あふれるアリスにちくり、と苦言を呈した。


「お嬢様。お足元にご注意ください。男どもの夢が壊れます」


「あ、わり。気をつける」


 一転、()()()()()()()くらいの歩調になった柏木を見つめ、律はほろ苦く前を向いた。


「まぁ……微妙な格好だけど仕方ない。あまりの見慣れなさに驚いて、足止めできれば御の字かな」


 小道具として預かった、貴重品らしい懐中時計をパカリとひらいた。

 アンティークだろうか。アイボリーの文字盤は繊細な英数字を刻み、午前九時を指している。

 ――始まる、開場のアナウンス。こちらも集客、および探索開始だ。


 パチリ、と蓋を閉じる。

 革靴の踵がかつん、と響く。

 白兎をやめた律の居住まいは3―B女子の狙い通り、甘さを含んだ物語の執事めいていた。




(ぎゅうぎゅう詰めで申し訳ないです……!)

次話で、篁さん&湊さんサイドも捕まえられると思います!


あらゆる絵を描きたいのですが、先に文章を。

あとから絵の追加をさせていただきますね。


お読みくださり、ありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
[一言] んんんんんん……もおおおおおお……。(言葉にならない) 柏木くんアリス、律くんうさぎぃぃぃ。かわいい……。 ど、どうしましょう。本当に言葉にならないです。 うさぎの律くんはさぞかっこいいの…
[良い点] 「音は光よりも遅れて」のエピソードはこれにて終わり!なんですね…。 うーん、残念。 何か進展か結末が待っているかと期待していましたが、この文字数でそれは無理ですよね>< 柏木君の「アリス」…
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