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第二話



 今日もとても晴れていました。雲ひとつ無く、快晴です。不用意に外に出ようものならかんかん照りのお日様にこんがりと焼かれてしまいそうなほどでした。


 今日もまた旅人さんは車を走らせていました。窓を少し開けて風を取り込みながら砂煙をあげて西へ西へと向かいます。空気は乾ききっていて、風と一緒に砂も入ってきました。喉も大分渇いていました。ですが旅人さんは我慢しました。持ち合わせのお水も、もう助手席に乗せている水筒の分しかありません。一番近い町まで結構な距離があると聞いていたので、前の町で十分に準備したはずでした。ところが実際のところは教えられていたよりももっと遠かったのです。もう一週間は砂漠の中を走っています。燃料ももう一缶しかありません。

 旅人さんは本当に次の町にたどり着くことができるのか少し心配でした。でも慌てるようなことはありません。今一番してはいけないのが焦ったり怒ったりすることでした。残りわずかなお水と燃料を少しでも節約して、無駄に体力を使ったり汗をかいたりしないように心を落ち着けて少しでも早く次の町を目指します。


 お日様が空の一番高いところに上がって少しした頃でした。遠くにぼんやりと何かが見えました。一面に広がる砂模様とは違った何やら角ばったものが見えてきました。建物でしょうか。ですが蜃気楼が見えているのかもしれません。もう少しかもしれませんが、実際はもっと遠いかもしれません。旅人さんは期待しすぎないように、と気を引き締めました。

 お日様が傾いて来た頃、とうとう次の町に到着しました。町が近づくにつれて少しずつ道の脇に生える青々とした草が増えていましたので、この町の周りには十分なお水がありそうです。旅人さんは久しぶりに一息つける、とほっとした顔を見せました。


 ここに来るまでに訪れた砂漠のオアシスの町はどこも賑やかでした。ところがこの町はどうも様子が違います。道を行く人も、お店を開けて商売をしている人も、何だかぴりぴりしていました。

 旅人さんを嫌っているから、という事ではありません。旅人さんがお水と車の燃料と、しばらく泊まるための宿のことを尋ねるとどの人も快く教えてくれました。ですがだれもが緊張しているようで、あまり笑顔や笑い声がありません。もうすぐ夕方だからなのかもしれませんが、子供達が遊んでいる姿もほとんど見かけません。気になったのですが、まずは長旅の疲れを癒すために先程教えてもらった宿屋に向かい、休むことにしました。



 次の日。お日様が出てきて窓から光が差し込んできたのとほぼ同時に旅人さんは目を覚ましました。だいたい一週間ぶりに車の中の寝袋ではなく、ベッドで背中と足を十分に伸ばして眠ることが出来て非常に気持ちのいい目覚めでした。軽くストレッチをして体をほぐします。ぽきぽきと背中が鳴りました。肩を回し、膝と肘を伸ばし、長い間車に乗って固まりかけていた筋肉が少しだけですがほぐれていくのを感じました。

 久しぶりに鏡を見ました。無精ひげがいっぱいです。持ち物の中のカミソリを取り出して丁寧に剃りました。ちょっとだけ手元が狂って下顎のところに傷がついてしまいましたが、本当にちょっぴりの傷だったので少し血が滲んだだけですぐに止まりました。


 朝のご飯は固く焼かれたパンでした。宿で分けてもらったものです。この町では家畜も育てているようで、一緒にミルクもいただきました。久しぶりのミルクです。そのまま食べても大丈夫ですが、固く焼かれたパンも口の中でミルクと一緒になって柔らかくなり、それとともに香ばしさだけでなくパン本来の甘みが広がります。ミルクの柔らかな香りがその甘みを引き立てます。ささやかながらも、久しぶりのごちそうでした。


 朝ごはんも済ませ、外に出ます。今日は次の旅支度をするための買い物をすることにしました。最初にお水を買い、次に車の燃料を買いました。自分の車に積まれていた大きな空き缶に入れました。燃料の節約のために車はエンジンをかけずに置いたままです。お店で借りた荷車に乗せて運びます。もう少しで空っぽのタンクに十分燃料を入れた後、また空になった大きな空き缶を持って行き、またいっぱいになるまで買いました。また荷車に乗せて運びます。車の中がちょっとオイルくさくなりました。

 次は食べ物を買うために市場に行きました。保存の利くものを選びます。安くならないんだったら他をあたるとか、まとめて買うから安くできないか、と値切ることも忘れません。他の町では珍重されるかもしれないのでこの町の特産品を探したりもしました。

 市場なのでそれなりに人もいて、賑わっています。ですがやっぱり昨日感じたように何だか緊張感が漂っていました。しっかり値切って買い物をした後、お店のご主人に何かあったのかと尋ねました。すると旅人さんにあまりこの町に長居しないほうがいい、と言い出しました。もっと詳しく聞くと、この一、二ヶ月ほどの間にこの町でいろいろな事故や事件が多発していると教えてくれました。それによってたくさんの人が怪我をし、亡くなっているとのことでした。


 旅人さんもその話を聞いてなるべく早めにこの町から出て行こうと決めました。一応旅荷物の準備にもう一日使わなくてはいけないので、何事もなければ二日後に出発という事にしました。




「あの… もし?」

 一度宿屋に戻って旅荷物の整理をしようと町中を歩いていた時でした。不意に誰かに呼び止められました。

「旅の方… ですよね?」

振り返るとそこにはひとりの女の人が立っていました。見た目は若く、黒い髪の毛をしたとてもきれいな人でした。白いローブを着ています。胸のところの青いブローチが印象的でした。

 その女の人は旅人さんにどこから来たのか、どこへ向かっているのか聞きました。旅人さんは西へ向かっている、とだけ答えました。それを聞いて女の人は少し言葉を切りました。何か考えているようです。

「…女の私がこんなことをお願いしてお困りになるかもしれませんが……」

女の人は続けました。旅人さんも足を止めて聞いています。


「私を連れて行っていただけませんか?」


 旅人さんは少し驚きました。こんな若くてきれいな女の人が見ず知らずの自分のような男の旅の連れになりたいと言うのです。よほどの理由がありそうです。すぐには答えられない、とだけ返しました。女の人は話だけでも聞いて欲しいと言い、今夜この町の酒場に来てくれないかと頼みました。それならば、と旅人さんも首を縦に振りました。

 その時、少し遠くからでしたが建物を揺らすような大きな音が響きました。旅人さんも身構えます。音のした方では、わーわーと騒ぎが起きていました。しかし女の人は動じる様子がありません。



「え? ええ、恥ずかしい話ですけれども、最近この町ではたびたびあるものですから…。慣れてしまったのかもしれません」


 あまり気にも留めていない様子のその女の人と夜に会う約束をして、旅人さんは宿屋に戻っていきました。






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