33.王妃様のお茶会①(前哨戦)
王宮の東側に建つ『青の離宮』。
現王が王太子時代に夫婦で過ごした城だ。
城壁は全て白く、屋根は深い青。
そして庭園はもちろんの事、離宮を取り巻くあらゆる所に名の由来・青を基調とした花が彩っている。
淡い水色からラベンダー色、薄い青から青味の強い紫色に群青色、グラデーションを為す色彩が、夏だというのに咲き誇っていた。
土魔法の得意な庭師により、時季外れでも順繰りと花を絶やさないようにしている。
特に今日は、王妃のお茶会ということで、より多くの花を咲かせ、来賓たちの目を楽しませていた。
夏の日差しを避けるため、テーブルごとに白いパラソルが差しかけられていて、それもまたよいアクセントとなっていた。
庭園の入り口、淡い色の花を絡ませたアーチから、少年と少女のカップルが姿を現した。
お茶会参列者から拍手で迎えられた2人は、きれいな微笑みを浮かべ完璧に一礼。
少年は、この国の第二王子ウィリアム。
少女は、従兄妹であり婚約者の、サザーランド公爵令嬢ビアンカ。
王子は婚約者の瞳の色、サファイヤブルーの上着に白いブラウスにズボンで、はっきりした色味だけれど勝気な顔立ちと濃い目の金髪に似合っていた。
隣でエスコートされる公爵令嬢は、淡い青灰色と白の配色のレースが重ねられたAラインのドレスだ。
艶めく金の巻き毛とサファイヤブルーの瞳を引き立てている。
そして王子の瞳の色のエメラルドの首飾りが、夏の陽を受け煌めいていた。
お似合いのカップルを微笑ましく皆が見守る中、微笑みを絶やさず王妃の席へとゆっくりと進む。
王妃は、金の髪を複雑に編み込んで結い上げ、青い花と虹色の魔石の髪飾りをティアラ代わりに戴いている。ドレスは金糸の刺繍も豪華な淡いラベンダー色だ。
サザーランド家特有のサファイヤブルーの瞳は、きりりと女性らしい美貌を引き締めていた。
王妃は真っ白な羽根の扇を翻し、目の前にやって来た姪に、晴れやかな笑みを向ける。
「ようこそ、ビアンカ。とても美しくてよ」
「お招きいただきありがとう存じます、伯母様。そしてわたくしの願いを聞き届けて下さって、嬉しく思います」
「ほほほ、当然の事よ。今日はつまらぬことを忘れて楽しんでいってね」
「はい、伯母様」
「…………」
あっらー、ウィリアム王子ったら、顔色が悪いわー。
サザーランド家の女性2人を相手取っては仕方がない、いえ、自業自得だものね。
◆◇◆
遡る事一日前の神殿――
「絶っっ対、王宮に迎えになんて行きませんわ!!」
ギリギリと扇を両手で握りしめるビアンカ様は、怒髪天を衝くようだ。
「王宮まで僕がエスコートして行って、殿下と交代すればいいんじゃない?」
ヘンリー様は相変わらず平熱対応だが。
お茶会への参列に、ウィリアム王子は婚約者であるビアンカ様へ、王宮に迎えに来るよう要請したんだって。
ふつー逆である。紳士がパートナーを迎えに出向きエスコートするんである。
「あんのぉぉぉ、マシラがぁぁ!!」
公爵令嬢が壊れておる。
「もしかしたら、また誰かの入れ知恵かもしれませんよ?」
前に近衛隊所属の護衛騎士に、女性護衛騎士について間違った知識を与えられ、それを鵜呑みにした王子がヘンリー様に瞬殺された件がある。
「今の侍従はかなり厳しくしっかりした方だわ。その方の目を盗んで他の側仕えが入れ知恵した、とおっしゃりたいの?」
あり得なくはないと思う。
しかしそうなら、側仕えは王子をどうしたいんだろう。わざと王子の失点を増やしている……何てことあるのかなぁ。
「ええ。そしてビアンカ様、その要請文をお茶会の前に、王妃様にお見せしてはいかがですか」
お宅の息子さん、まだまだ躾がなってませんよーとお知らせした方がいいと思うの。
王妃様は気合を入れてウィリアム王子の調教をしているらしいから、きっと聞く耳持つわよ。
「もう転移陣で王妃様に苦情の手紙と共にお送りしたの。これで何も対応されなかったら、わたくし自身を軽んじていることになりますわ」
そうしたら公爵令嬢のプライドずたずたです。
ビアンカ様の為にも、どうか王妃様の対応がまともであることを祈りたい。
お茶会の前日、わたしのマナー最終チェックをするために、ビアンカ様とヘンリー様がわざわざ神殿に来てくれたんだけど、どうやら愚痴を聞いて欲しいのが一番だったみたいね。
サザーランド邸から神殿までは、お抱えの護衛騎士のほか、騎士団・魔導師団の警護隊から2人ずつ護衛が付いた。
明日のお茶会もその布陣で離宮に行くそうだから、仕方がないとはいえ結構物々しい。
なぁんて他人事ではないんだ。わたしにも臨時の護衛が付くから。
その為、この場にいるシリンさん、リンダさん以外の護衛騎士たちとシリウス様が打ち合わせ中だ。
一緒に行動することが多いからね。
そうして怒りのこもったマナーレッスンを受け、一通りダンスを踊り、ビアンカ様とヘンリー様は帰って行った。
その日の夜に伝書鳥が来て、明日、ウィリアム王子が迎えに来ることになったと知らせてくれた。
王妃様の王子への調教は順調なようです。
◆◇◆
そしてお茶会当日。
早朝からメイドさんたちに体を磨かれ、髪を丁寧に梳られ、巻かれ、編み込まれ、ハーフアップに結い上げられ、伯父さまからの誕生日プレゼントである、虹色の魔石をはめ込んだ銀細工の髪飾りを刺した。
ドレスはこの日の為に誂えたもので、淡いローズピンク。
胸元は開き過ぎず白いレースとフリルが華やかで体にぴったりとしている。スカート部分はレースと薄い生地を幾重にも重ねて、一番下が白になるようなグラデーション、ウエストからふんわりさせているデザインだ。
そして神官の皆が付けている、燻し金の紋章入りメダルのペンダントを掛ける。
最後の仕上げにさらりと白粉をはたかれ、淡い色の紅を注した。
ここまでの支度で既にぐったりしていたんだけど、エスコート役のシリウス様が既に応接室で待っていたので、慌てて姿勢を正した。
シリウス様は白のブラウスに、銀糸の刺繍が施されている薄い青灰色の上着とズボン姿だ。
上着のボタンはどうやら黄色のトパーズみたい。
今日は肩を越えるほど長くなった髪を、後ろで一まとめにしていて、淡いピンクのリボンを結んでいた。
「おはようございます、シリウス様。今日は髪を結っているんですね」
「おはよう、アリス。フォーマルだから髪は結わえた。……ドレス、似合っているな」
シリウス様が穏やかな顔で微笑むので、そちらに目がいって、うっかり聞き逃すところだった。
えっと、褒められた……よね?
じゃあ、褒め返すのが礼儀かな?
「シリウス様もとてもお似合いです。でも、リボンは白か青灰色の方が服に合うと思うんですけど」
「ああ、これは敢えてなので気にするな」
ん? 差し色的な?
「ええ、これでよろしいかと思います」
本日の側仕えのダリアさんが、そう請け合ったのでいいんだろう。
フォーマルの決まり事とか、細かい事、まだあまりよく分かってないからな。
実は、エスコート相手のわたしの髪色や瞳の色を身に着けているのだと、そういう意味合いを知るのはまだ先になる。
出発前に、ローブではなく白い短めのマントをダリアさんが羽織らせてくれた。
留め具にはペンダントと同じ神殿の紋章が象られたメダルを付けている。燻した金細工で細い鎖の先には小さな魔石が揺れててちょっと可愛い。
シリウス様も同じような白いマントを羽織り、同じメダルを取り付けた。
「シリウス様もそれを羽織るんですか?」
「神殿から遣わされた者として、聖女をエスコートする為だ」
対外的に一目で分かるようにってことかな。
神殿の護衛騎士たちも、同じマントを羽織っている。
更にシリウス様は薄手の白い手袋を嵌めて、わたしに右手を差し出す。
その手に左手を載せようとして、ふと手の位置が高い事に気づいた。
「――シリウス様、身長伸びましたよね」
「そうだな。君と出会った頃からだと10cmくらいは伸びただろう」
「身長差が縮まるどころか、更に差が開くなんて!」
わたしも成長しているはずなんだけど、成長期の男子の伸び方には適わない。
むうと少し口を尖らせていると、シリウス様が片膝を付いて手を差し出してきた。
「お手をどうぞ、アリス様」
「なん……様って」
ちょっとお姫様扱いですかー!?
「今日のお茶会では、聖女をエスコートする騎士の対応をする。『アリス様』と呼ぶので、いちいち驚かないように」
にっと口の端で笑うシリウス様に、開けっぱなしだった口を閉じる。顔が熱い。
てしっと左手を載せると、シリウス様がすっと立ち上がる。
やっぱり少し腕が高く持ち上がった。わたしの目線はシリウス様のおへそ当たりじゃないかしら。
ちょっと疲れそうだけど、まさかシリウス様を中腰にさせる訳にもいかないしね。
神殿長ナサニエル様と女神官長ヴィクトリア様に見送られ、神殿の紋章入りの馬車に乗り込んだ。
「似合いの一対だな」
「誠に」
扉が閉められていたので、そんな2人の会話は、わたしたちには届かなかった。
王妃様のお茶会の参加者は、未婚の未成年者が中心だそうだ。
もしやの合コン?
学園で女子会しかしたことがないわたしの初めてのお茶会が、王妃様主催のものになるとは!
ハードル高すぎー!!
不安で仕方がないから、伝家の宝刀『笑って誤魔化せ』を抜くしかない。
何か言われても「はい」とか「いいえ」とか、うやむやにしとけばいいかな。
もし何かあれば、シリウス様の影に隠れる気満々です!
今回訪問する『青の離宮』は、来年、アルフォンス殿下の婚約者、オーランド国のフローリア王女が留学に際して住まうことになっている。
フローリア王女の留学期間は1年。その後、王太子殿下と結婚式を挙げ、離宮を住処とする予定だ。
その為の改装を行う前に、ここでお茶会をしたいという王妃様の意向があったんだって。
ちなみに、『青の離宮』と対になる『赤の離宮』もある。
王宮の西側の奥に位置していて、代々の王の側室たち、第二妃や妾妃が暮らしていたけど、現在は使われていない。
基本的にアトラス王国は一夫一婦制。例外で王族は側室妃を持つことを許されている。
それでもせいぜい2・3人。なのに先々代はあっちこっちに手を付けて、おかげで庶子がごろごろ。その一人がおじい様だった。
そういえば、そのごろごろいた庶子たちはどうなったのか気になって訊いたところ、爵位を得てそれなりの生活を送っていた王子や王女がいたけど、一代限りで没落したり、降格して今じゃ行方が分からない、なんて事になっているらしい。
怖いことに、計画的に潰されたって話もあるようで、身分より実益を取った曾祖父様の先見の明がありがたいです。
話を戻して――
青の離宮へ行くための東の門を通り抜け、正面のロータリーから見える景色に目を奪われた。
噴水がある! お城には噴水が似合うねー。
そういえばこの世界で噴水を見たの初めてだ。
あちこちキョロキョロしていたら、シリウス様とダリアさんに小言を食らったわ。
だって、初めてのお城だからさ、色々物珍しくて見たいじゃない。
離宮を管理する執事に控室に案内されると、中にはウィリアム王子とビアンカ様、ヘンリー様がいた。
王子は顔色が冴えなく、眉間にしわを寄せているし、ビアンカ様は仏頂面。
……ヘンリー様はいつも通りだね。
「あ、アリス、……久しぶりだな」
なんだかね、もう何事もないかのように名前呼びだよ。
「お久しぶりです、殿下。――ビアンカ様、ヘンリー様、ごきげんよう」
シリウス様も挨拶を終えたので、早速ビアンカ様のドレス姿を褒めようと口を開きかけたら、また王子が話しかけてきた。
「アリス、あー、その、言いたいことがあってだな」
「なんでしょうか」
ついそっけなく返す。
「今まで、その、色々とすまなかった」
そして驚いたことにちょっと頭を下げたのよ。
え? 王族って頭を下げていいの?
「色々とは、どのことを指すのでしょうか?」
今までの仕打ちを考えると、わたしが少々塩対応でも仕方がないよね。
王子はぐっと口を引き結ぶ。逡巡しているようだけど、そう待たずに話し出した。
「金色の瞳は気持ち悪くはない。それから、眼鏡の件もだ。おもちゃにしてすまなかった」
おおっと!? まさかまともに返ってくるとは思わなかったよ。
後ろに控える侍従さんから囁かれている風もないし。
あれ、王子ってやれば出来る子?
「はい、謝罪を受け取りました」
にこりと微笑んだら、なんか目を見開いてガン見して来た。
何? なんか変だった?
分からない時はシリウス様にお伺いを立てましょう。
見上げると、シリウス様もマシラ王子の行動は理解不能らしく、軽く首を振った。
そこに、回答らしきものをビアンカ様が投下。
「アリスが可愛らしくてびっくりしたのではないかしら? 着飾ったアリスを見るのは初めてですもの」
えー、それにしちゃーずれてるよね。
「ビアンカ! 何を言うんだ!」
みるみる顔が赤くなるマシラ。
そういう反応されるとは思わなくて、こっちもつられて少し頬が火照る。
話題を変えるべくわたしはビアンカ様の装いを褒め、ヘンリー様と会話をし、お返しにまた褒められ、結局顔が赤い。
「そろそろ会場に行こう」
懐中時計を確認してシリウス様が促す。
「ビアンカ様たちは?」
「わたくしたち、トリを飾ることになってますの」
さも嫌そうである。
王子と婚約者は、皆が揃った後、満を持しての登場なんだって。
そしてヘンリー様はビアンカ様の騎士として、その後ろに付くそうだ。
シリウス様にエスコートされてわたしが控室を去った後、ビアンカ様が王子に忠告したとか。
「今更アリスの可愛らしさに気づいても遅くってよ。氷の貴公子に氷漬けにされますわ」
お読みいただきありがとうございます!
ブックマークに評価に誤字報告もありがとうございます!m(__)m
そしてお茶会はまだ続きます~。




