07.夜間飛行
面倒くさい。
――なんて思うことは相手に失礼な事だ。
それでも面倒くさいんだけど。
なんでいじけてるんですかね、先輩たち。
特別コースの3年生ヴォルフ先輩と4年生ヘンダー先輩2人は、1年生トリオとの実力差にすっかり自信喪失しているようだ。
しかもわたしが聖女だった事を知って、余計に拍車がかかったみたい。
それで度々聞こえてくるのが、「どうせボクなんか」という言葉。
「やる気がないなら帰っていいぞ」
厳しいマーリン様の言葉に、それでも居続けるんだから、気概はあるのよ。
久しぶりにマーリン様と対面して、わたしは全方位防御態勢です。全身にシールドを張り巡らせてます。
でも、近づかれると、つい後退りしてしまうのは許してほしい。
今回マーリン様がやって来たのは、1年に一度の特別授業として、魔導師団と騎士団から構成される『魔物討伐部隊の演習』に参加してほしい旨を伝える為だった。
「本来演習に参加するのは5・6年の上級生のみだが、特別コース全員の参加を希望する」
通常の魔導師コース、騎士コースの生徒が演習に参加するついでに、という話だけど、こんなちびっ子たちがいて足手まといにならないかな。
一通り全員の習熟度を確認しての発言だから、問題ないと判断したってことだよね。
ただね……
「この中で奇獣に乗れない者は?」
「……はい」
きょろきょろして周りを見回したらわたしだけでした。
マーリン様の視線が痛い。
「……高所の訓練はしているか?」
あなたに無理やりやらされて以後、何も出来てないですよ! と正直に云ったら駄目だよね。
「ロイド君の事情で、まだ取り掛かれていません」
ロビン先生が口添えてくれた。
あれから間もなく神殿に籠っちゃったしな。
そういえばロビン先生は、わたしが復帰してからも態度が変わらなかった。前から事情を聞いていたんでしょうね。
「奇獣に乗る訓練以前に、アリスは王都の外に出たことがないからねぇ。魔獣も魔物も見たことがないし、演習参加前に別個に練習が必要じゃないかな」
カイエン先生がそう言うと、ぎょっとしたように全員の視線が集まった。
あれぇ? そんなに特殊な事だったんですか?
「わたくしは王都生まれ王都育ちで、貴族街から出たことがありません。我が家から一番遠くまで来たのがこのオーディン学園というくらいです」
「ヴィンスリ―家の所領に出かけたこともないんですの?」
呆気にとられたビアンカ様が尋ねてきて、わたしは首を振る。
「領地はありません。わたしの曾祖父の代に手放したので」
「今まで魔獣を見たこともないの?」
目を見開いて尋ねたヘンリー様に頷く。
「本物はないです。馬車の馬くらいですね」
馬車の馬だって魔獣の一種なんだけど、もはや魔獣の枠に入らないようだ。
「…………」
図鑑でしか魔獣や魔物を見たことがない。
でも全員絶句するって、そんなにわたし、箱入り娘でしたか。
「何故こんなことになった? カイエン」
そんな怖い顔しないで下さいよ。
カイエン先生はわたしが小学に入るまでの家庭教師です。
7歳までの子供が外に出かけることはないので、カイエン先生を責めるのはお門違いですよ。
――ということで、わたしに与えられた課題は、『高所に慣れる』『飛行訓練』『郊外学習』の3つ。
高い所は夜間に訓練するという話でまとまった。
演習は来週に行われるそうなので、それまでにある程度出来るようにしなければって……マジか。
「君にも出来ない事があったんだね」
珍しくヘンダー先輩から声を掛けられて驚いて見上げると、逆にびっくりされて引かれた。解せぬ。
もしや独り言のつもりだったのかしら。
「出来ないことだらけですよ、先輩。高いところが苦手なのは、前にマーリン先生がいらした時に、腰を抜かしていたのを見てましたよね?」
むぅと軽く睨むと、思い出したのか吹き出している。
笑いを治めると、おずおずとした感じで口を開く。
「何か手伝えることはある?」
「ありがとうございます。でも……」
「アリスの訓練は僕が面倒みるから大丈夫だよ。もう半ば専属契約になるみたいだしねぇ」
わたしの頭をポンポンと叩きながら、カイエン先生がヘンダー先輩の申し出を断った。
”ただ働き“しない宣言してた先生は、契約条件変更が済んだのだろう。
まぁ先輩が気に掛けてくれたのは嬉しかったので、にこーと笑っておいた。すると、少年は頬を赤らめてそそくさと離れて行った。
「貴女のその笑顔はくせものね」
「え? 何かまずかったですか?」
対人関係を円滑にするためです。前世の社会人経験で身に付いた物でもありますが。
ビアンカ様の言葉の真意が分からなくて、首を傾げたら、気にしなくていいと流された。
「天然だわ」との呟きは、わたしの耳には届かなかった。
◆◇◆
早速の夜間訓練です。
場所は魔導師コース訓練場の隣、屋外の訓練場だ。
教師役はカイエン先生とマティス先生にピエール様。
それに前に申し出てくれていた通り、ビアンカ様とヘンリー様も一緒に来てくれた。
それぞれの護衛騎士も一緒だから、総勢10人の集団だ。
シリウス様はいない。
何故いないかというと、生徒会の仕事があるからだそうだ。
日中はわたしのお守をして、放課後から夜にかけて仕事をしているんだって。申し訳ない。
神殿に籠っている時は丸投げしてきたのに、学園に戻って来てみればかなり滞っていたらしく、それをさばくのに時間を取られているそうだ。
……回復薬の差し入れをしようかな。迷惑にならなければ。
とりあえず全員、魔石の奇獣を出した。それぞれの好みがあって面白い。
馬型が一番多いけれど、それにも個性があった。
異彩を放っていたのはカイエン先生の奇獣だ。猛禽類の大鷲のような鳥型で、立っている先生よりも大きい。
「――さて。まずは高さに慣れないとねぇ。シリン殿の奇獣に乗ってみようか」
わたしやビアンカ様は、奇獣服という、スカート部分がキュロットになっている服装だ。
最初、奇獣服に着替えてと言われた時、そんな服があるのか不安だったけど、ちゃんと用意されててほっとした。
グッジョブです、エイダさん。
それで奇獣に……奇獣……高いね。
シリンさんの奇獣はペガサス型で、跨る背中までの距離がわたしには果てしない。
奇獣は魔石で出来ている疑似生物。シリンさんの指示で馬が足を折って座高を低くしてくれた。
それでようやく、シリンさんの手を借りてペガサスに跨ると、わたしの後ろにシリンさんが乗り込む。奇獣が立ち上がったとたん、わたしは小さな悲鳴を上げた。
「わたしが支えていますので大丈夫です、落ちませんよ」
固まっているわたしの頭上から、シリンさんの宥める声が聞こえた。
彼女の腕がしっかりと腰を支えているし、大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせる。
「このまま少し歩いてみます」
カッカッカッと、硬い地面を蹴る蹄の音が静かな訓練場に響く。
速度が少し早くなる。更に早くなる。駆け足で一周して戻ってきた時、わたしは少し目を回していた。
様子を確認に来たカイエン先生が、「先が思いやられる」と小さく呟いいて、ペガサスから降ろしてくれた。
「それでしたら、わたくしの奇獣に乗ってみない?」
ビアンカ様が提案してくれたけど、彼女の奇獣は子供体形に合わせた翼のあるヌコ型。
「大きくも出来るのよ」
手をかざすと大人のヌコのようにすらりとした体形になった。
待機体勢はにゃんと香箱座り。
魅かれたようにふらふらと近づいて、そっと奇獣に触れてみる。
「……柔らかい」
「ええ。ちょっと具体的に創造しましたの。時々顔を洗うこともあるのよ」
魔力が高いと、奇獣にもそれが表れていて、細部の造り込みが密で本物のように見えることもあるらしい。この奇獣も翼がなければ大きなヌコにしか見えない。
ビアンカ様はハーネスならぬ、鞍も変形させて2人分にした。しかもシートベルト付きで、持ち手も作ってしまった。
「ご令嬢らしい、優美な奇獣だね」
にこやかに傍にやって来たピエール様に手を貸してもらい、ヌコに乗る。ビアンカ様は後ろだ。
わたしがシートベルトをして、ビアンカ様が腰回りに腕を回す体勢になった。
「少し歩いて、低くジャンプしてみるわね」
え? ジャンプ?
奇獣が立ち上がる時に、やはり悲鳴を上げそうになった。ただ座高がペガサスより低かったので、今度は飲み込めた。
でも――ひたひたと進むうちは良かったのに、駆け足からの低い水平ジャンプで、声にならぬ悲鳴を上げてしまった。
「アリス? 大丈夫?」
「…………ふぁい」
間抜けな返事に、手を貸しに来たピエール様が笑いをかみ殺している。
我慢してなくても結構ですよ!
この後もヘンリー様の狼型奇獣や、ピエール様のライオン型奇獣に乗って、訓練場を周回した。
「それじゃあ、アリス、いよいよ飛んでみようか。目は瞑っておいた方がいいな」
結局シリンさんのペガサスに同乗する。
「周辺にシールドを張って、風の道を進むような感覚を持つように」
カイエン先生の指導に頷き、きっちり目を瞑って魔法を展開した。
「それでは行きます」
シリンさんの声に頷いて身構える。ふわりと浮き立つ感覚に、歯を食いしばって耐えた。
「アリス様、右側にビアンカ様、左側にヘンリー様がいます。前方にピエール様、後ろにカイエン卿がいて、上にはマティス卿、下は、ああ、ピエール様の護衛騎士がいます。全方位守られていますのでご安心ください」
地面を走っている時は振動があったけど、跳んでいる時はとても静かだ。ただ風を感じるだけ。
しばらくして、シリンさんが呟いた。
「――夜の明かりがとてもきれいですよ」
夜景かぁ。前世の街の夜景は確かにきれいだった。電気のないこの世界の夜景ってどんなだろう。
その好奇心に勝てず、そっと目を開いた。
柔らかい光の粒が街を彩っていた。
魔石の明かりは色とりどりで、この王都は街灯も整備されているから、道なりに明るい。
建物から漏れている明かりに、少し離れた神殿の白く発光している姿も見て取れた。
つい調子に乗って下を見て、さすがに目眩に襲われ、シリンさんにもたれかかる。
「た・確かに、きれい、ですね」
「王宮から文教区、貴族街区、商業区は夜でも明るいです。その外側になるとさすがに明かりは乏しいですが」
それは平民の居住区だろう。外側に向かうほど暗くなる。
でも、王都をぐるりと囲む隔壁の門は明るいそうだ。
少し落ち着いて来て、夜景を楽しむ余裕が出てきた頃、そろそろ戻ろうという伝書鳥がカイエン先生から飛んできた。
騎手が返された背後、暗い方角から別の気配を感じ取った。
他にも飛んでいる人たちがいるのかな、とその時は呑気に思っていたのよね。
「シリンさん、後ろから誰かやって来ますよ」
はっとした緊張が背中から伝わる。
他の人達も気づいたようで、配置が崩れた。
「しっかり掴まっていて下さい!」
いうが早いか、いきなりスピードが上がって、悲鳴にならない悲鳴を上げ、ぎゅっと目を瞑った。
何者かが急接近してきたのは、魔力探知で感じ取れていたけど、それがただ偶然、同じ時間に飛んでいた一行ではない事が、迫りくる悪意でやっと理解出来た。
サブタイトルは、とある歌にあったような・・・?(;^ω^)




