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平凡なヒロインですみません (改訂・休止中)  作者: アキヨシ
第三章(聖女編)

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05.アリスの思い煩い

 祝福の金の光を受け、シャール王太子が呆然と呟いた。


「これは確かに、我が国の聖女とは別格だな」


 後ろの席に座っていた宰相の子息と、外務大臣の子息も唖然としていた。

 祝福を受けた王様が、細めていた目を閉じ、余韻を味わっているようだ。

 そして開かれた碧眼の双眸が、真っすぐわたしを捉える。


 父さまと伯父さま、おじい様と同じ色の瞳。そういえば王太子殿下も碧眼だったな。


「感謝する、聖女アリス」


 どういたしましての意を込めて、スカートを摘まみ膝を屈めて頭を下げた。

 今日の出来事は、早めに伯父さまへ報告しないとね。

 忙しいだろうに、また心労を重ねてしまうなー。


「フィリップと、オルフェだったか。其方らも父君より話は聞き及んでいるだろうが、今後、聖女アリスのことに目を配ってやって欲しい」


 この2人は庇護者? それともお目付け役?

 来年はシリウス様とピエール様がいないものね。その代わりを務めるようにって事なのかしら?


「「承りました、陛下」」


 王様は満足げに頷いて、応接室内の人々を見渡した。


「有意義なひと時であった。アリス嬢、また会おう。出来れば冬の前に」


 ……どこで?


「時の神のお導きを心よりお祈り致します」


 まぁ都合が付けばねーという意味だけど、笑顔で再び先ほどよりも深く頭を垂れた。


 侍従さんに導かれて皆が退出してく。

 ウィリアム王子は王様に残れと言われているから、ビアンカ様のエスコートはいつも通りヘンリー様がしている。

 シャール王太子とルシフェル王子が近づいてきた、と思ったら、わたしの前に長身の2人の壁が出来た。

 王子たちへどうぞお先に、みたいな手振り身振りで、そこをすかさず侍従さんがドアへと促している。


 護衛としての行動ですね。でも……

 振り向いた2人が、同じように手を差しだしたんだけど、これはどうすればいいの?

 2人の顔を交互に見、また目の前の手を見、しばし悩む。

 でもいつまでも迷っていられないし、ちょうど2人の手は取りやすい位置にあるし、わたしは選ぶのを止めて両方取った。

 つまり、右にシリウス様、左にピエール様の手を取って、左右をエスコートされる形に。

 ピエール様が堪えきれないように笑い出す。


「ダメでしたか?」


「ま、いいんじゃない?」


 シリウス様は逆を向いて溜め息をこぼした。

 呆れたかしらと思ったけど、そのまま手を引いてくれたので、あまり深く考えるのを止めた。

 今までほとんど、シリウス様にエスコートしてもらってたから、右だけ取っても良かったんだけど。

 ノーと言えない日本人気質というか、変に気をまわし過ぎたというか。


 だってねぇ、婚約者候補なんて聞いたら、今どっちかの手を取るなんて出来ないじゃない?


 シリウス様の態度に苦笑を浮かべたピエール様は、今日は白い薄い手袋を嵌めている。それでも感触が硬かった。

 以前素手に触ったら、皮が厚くてタコも出来ていた。剣士ならではの手だそうだ。


 こういうわたしたちの後姿を、王様に生暖かく見送られていた、なんて知る訳もなく。

 学園長室から遠ざかってから、ようやくわたしは2人に尋ねた。


「陛下への受け答え、あれで大丈夫だったでしょうか。失礼だったりしませんでしたか?」


 ちょっと胃が痛くなっててねぇ。


「非公式なものだし、陛下もずいぶん砕けた口調だったから、あまり畏まらずにいて欲しいということじゃないかな。大丈夫、無礼だったら傍に控えた侍従とかがすんごい目で睨んでくるから」


「睨まれたことがあるんですか?」


「あったり、そういうのを見たこともあるなぁ」


 それから幾つか訊ねたけど、答えたのはピエール様で、シリウス様は無言だった。

 何か怒ってる? 気に障ったのかな。2人の手を取ったりしたから。他にも何かあったかな。

 じっと横顔を見上げても、そこからは何も読み取れなかった。


 廊下の分かれ道で、魔導師コース訓練場に向かうわたしたちと別れる隣国の王子たち。

 そこでやっとシリウス様がピエール様を向いて口を開いた。


「ピエール、任せていいか」


「ああ」


 それだけのやり取りで、シリウス様がわたしの手を離し、王子たちの元へ足早に歩いて行った。

 なんだかモヤモヤして、空いた右手を見つめる。


「――ちょっと機嫌が悪いみたいだけど、気にすることはないよ。また無駄に色々考えてるんだろうから」


 だといいな。……わたしが気にし過ぎなのかしら。

 神殿おこもり生活で、ずいぶん距離が縮まったし、傍にいる事に慣れてしまったから……だから?

 あれあれ?

 ちょっと待てぃわたし! 超優良物件と仲良くなり過ぎるのは良くないぞー。

 適切な距離感を保ちましょうねーわたし。


 ロクでもない事を考えているうちに、特別コースの教室に着いていた。


「ロイド様、我々はここで失礼します。ではまた」


 ロイド様?

 すっかり忘れていたけど、後ろからフィリップ先輩とオルフェ先輩が付いて来ていたらしい。

 微笑みを浮かべてあっさり引き返していく2人の少年を見送った。

 ではまたって、いつ、どこで会うつもりなんだろう。


「あの2人は確か文官コースの生徒だ。アリスの周りにはいないタイプだし、最初の内は皆がいる所で人物観察に徹した方がいいだろうな」


 ちょっとした注意喚起に、ピエール様の顔を見上げる。


「なんであの2人が呼ばれたんでしょう」


「父親が王宮の重要人物だからじゃないかな。宰相に外務大臣だし。あ、内務大臣の方は関わらない方がいいよ」


 王宮の偉い人に会うことはないし、犯罪臭のする人にわざわざ関わらない。

 ちょっとピンと来なくて首を傾げていたら、いつの間にか隣に来ていたヘンリー様が、同級生にご子息がいると教えてくれた。

 同級生男子なんて、ヘンリー様と王子以外顔さえ朧気だ。

 人の事を見下して悪口を言う相手を識別したいと思わない。

 なんてことを言葉を濁して言ったら、


「そういう相手こそ覚えておいた方が、後々役立つかもしれないよ」


 優しいお兄ちゃんに、悪そうな笑みと共に忠告された。

 貴族に優しいだけの人はいないのかもしれないと、わたしは酷く残念に感じた。

 まぁこれは、わたしの勝手な理想だったんだから、残念に思う事すらおこがましいかな。




 ◆◇◆




『全く油断も隙も無い!』


 寮の部屋に戻り、伝書鳥で今日の出来事を伯父さまに報告したら、返ってきた第一声だ。


『あらましはイーリス学園長からも聞いている。新たに近づく者や誘いには警戒しろ。決して一人で会うなよ。常に庇護者やビアンカ嬢とべったりくっ付いとけ。貴族の世界はどこで足を引っ張られるか分からないんだからな! 婚約者候補の件も噂の域を出ていないんだ。今は放置して言質を与えないように!』


 怒涛の如く注意事項がまくしたてられて絶句した。


「分かりました。……伯父さま、週末、神殿に行った後、家に帰ってはダメですか?」


 新たな伝言を飛ばしたら、少し間をおいて返信が来た。


『まだ止めておけ。神殿で家族に会えるよう手配しておく』


 ちょっとした事で不安になってる。まだ学園復帰したばかりなのに。

 ずっと家に帰ってないけど、神殿で父さまや母さまに会えるから、まだ何とかやっていける。


「ありがとう、伯父さま」


 嫌だなぁ、弱くって。ビアンカ様を見習いたい。

 何があっても毅然と頭を上げている、芯の強さを。


 また伝書鳥がやって来た。

 でも今度はビアンカ様だった。


「晩餐の用意が出来ましてよ。今晩のデザートはハンナが気合を入れて作ったのですって」


 晩ご飯をビアンカ様のお部屋で頂く約束をしていた。

 話したいことも色々あるし、という事で女子会ならぬ晩餐です。


 実はヘンリー様がこっそり教えてくれた話がある。

 わたしが神殿に引き籠っていた間に、学園内ではオディール派が活発に活動していたらしい。

 女子生徒の8割を掌中にしていると言われていたオディール派が、更に囲い込みを行って、ビアンカ様の金魚の糞の伯爵令嬢たちまでもがそちらに付いたという。

 あれだけ追いかけ回していたのになぁ。

 学園内の生徒たちが、目には見えないけれど、少しビアンカ様と距離を取り始めているらしい。

 元々媚びへつらう生徒を寄せ付けない態度を示していたビアンカ様は、このままでは孤立してしまうかもしれない、そうヘンリー様が危惧していた。


 いやいや、ヘンリー様がいるじゃない。

 それにわたしもいるし。

 以前だったら何の足しにもならなかった”眼鏡の特待生“が、今じゃ王家筋の聖女ですよ。役に立つんじゃない?

 これは絶賛アピールしておくべきかもね。

 女子がダメなら男子がいるわ!

 ――待て待て。それは更に女子のヒンシュクを買うわね。

 でも待てよ、既にわたしには人気者が護衛として傍にいるじゃない。

 これで留学生の王子たちも招いて、庭園の東屋あたりで昼食会なんてしたらどうかしら。


「不用意にあの王子たちと接触を持つのはいかがなものかしら」


「お茶会は無理だし、生徒会サロンは嫌だけど、昼食を別の場所でご一緒するなら出来ますよーという代替え案です。外交を拗らせたくないじゃないですか」


「一度用があるから断ったくらいで拗れませんわよ! 国王相手ではないのですもの」


「でも、どうせまた何かしら誘ってくるなら、いっそまとめて宰相のご子息とか、外務大臣のご子息も招いてみたらいいかもと思ったんですけど」


 ビアンカ様のお部屋で晩餐を頂きながらの会話です。

 孤立なんてとんでもない、ビアンカ様から離れて行った連中よ、悔しがれ!という作戦案を、主旨を隠して話したら、難色を示されたわ。


「執行部役員と殿下たちは、生徒会サロンで昼食を摂られているわ。親睦を深めるという意味合いがあるのだそうよ。殿下たちは招待に応じて下さるかもしれないけれど、シリウス様は無理ではないかしら」


 シリウス様やピエール様が一緒なことが前提です。ダメかなぁ。


「貴女が積極的に社交しようとするなんて意外ですわ」


 うっ、感づかれてしまったかしら。じとーとした目で見られている。


「そ、それは、相手から奇襲を受けるとおたおたしてしまうから、どうせならこちらの土俵に持ち込みたいって話です。今日だって、まさか国王陛下がお忍びで会いに来るなんて微塵も思ってませんでしたもん」


「確かにあまりにも身軽な行動に驚きましたわ」


「なんだか王族の一員計画が立ち消えてない口ぶりでしたし」


「そうね」


 今日の謁見を思い出すと消化不良を起こしそうなので、残りのメイン料理をさっさと口に運んだ。

 白身魚のグリルですよ。


 アトラス王国で唯一海に面しているのがサザーランド公爵領。でも王都からは馬車で何日もかかるほど遠く、運搬には保存の魔法を掛けて鮮度を保ったまま運ぶので、その分コストが高い。つまり高級品です。

 さすが公爵家!


 その公爵令嬢のビアンカ様を孤立させようとしているのが、もう一人の公爵令嬢の作戦だというのは分かる。でも、それにまんまと乗っかっている他の令嬢たちの気が知れない。

 この学園がミニチュアの社交界だとすれば、特に零落してもいない公爵家から距離を置く意味を分かっているのだろうか。

 なんだか歪に感じてしまうのよね。


 メイン料理を平らげた後、お待ちかねのデザートが運ばれてきて、わたしは目を瞠った。


「これは、シフォンケーキ!」


「そうなの! ハンナが頑張ったのよ。どうぞ召し上がって」


 我が家の料理人、ジェムさんがスポンジケーキに挑戦して何度目かで諦めたから、もうふんわりしたケーキにはありつけないかなーと残念に思っていたのに。

 今回のシフォンケーキはプレーンタイプ。きつね色のこんがりした表面に、中はきれいな玉子色。添えられた白いホイップクリームと皮をむかれたオレンジの果肉も嬉しい。

 フォークを突き刺した時の柔らかな弾力と、適度なしっとり感。期待を込め口に運んだら、程よい甘みが広がって、思わず笑みくずれた。


「……おいしい」


「でしょう?」


 うふふと笑っているビアンカ様の後ろで、ハンナさんがほっとした笑顔を見せている。


「さすがですね、ハンナさん! 均一に火を通すのは大変だったでしょう?」


「ご満足いただけて何よりでございます。もう何度も失敗しましたけれど、その笑顔で報われました」


 あらー、以前と違って、とっても丁寧な言葉遣いをされました。

 わたしの身分が変わってしまったから、それ相応に態度を改めたのでしょうか。少し残念です。


「他の種類は作ってみました? 干した果物を混ぜたり、茶葉を混ぜ込んだものとかもいいと思いますけど」


「試作中でございます。完成したら、ぜひまたご賞味下さい」


「楽しみにしています」


 美味しいケーキに気持ちがふわふわして、満面の笑顔を浮かべていたら、ビアンカ様がちょっと呆れた顔をしていた。

 マナーが悪かったかな?


「アリス、祝福の光がダダ漏れていてよ?」


「え!?」


 気づけば、ハンナさんや侍女さんたちが、中空を驚いたように見つめていた。

 特に祝福しようと思ってなくても漏れ出てしまうとは……どう気を付ければいいんだろう。


「美味しい晩餐のお礼です」


 という事にしておこう。



お読みくださり、ありがとうございます( ^ω^ )

ブックマーク登録や評価もありがとうございます!

また誤字報告をありがとうございました!助かりました!!


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