03.来訪者
お隣の国の王子に興味を持たれてしまった。
それに、ビアンカ様の闇属性魔法にも気づいたとしたら、ちょっと由々しき事態かも。
――と思っていたら、特に何か詮索されることもなく、女性剣士が模擬刃で手合わせするのを見学していた。
そのうち、ピエール様とユーイさんが模擬戦を始めたり、人が入れ替わって手合わせしたりと、実技スペースでは騎士たちが楽しそうだった。
それで分かったのは、ヘンリー様が普段から剣術の稽古を欠かしていないという事と、ピエール様がかなり強いという事。
女性騎士たちと余裕を持って戦っていたし、王子を瞬殺したヘンリー様が全く歯が立たなかった。
さすが騎士団長のご子息。
一方観覧席では、シャール王太子までやって来て、ルシフェル王子とシリウス様と3人で話し込んでいた。
実は仲良しさん?
だったらわたしがしばらくシリウス様を独占してしまって申し訳なかったわ。
寮に戻ると、エントランスでカイエン先生が待っていて、魔力満タンネックレスの魔力を別の魔石に移し替えてくれた。
この魔力の行方はどこなのかと前に尋ねたら、神殿の中央の祭壇に魔力を奉納するという。
奉納された魔力は、王都を守る力になるんだって。役に立ててなによりです。
そういう昨日の出来事があっての今日、1の曜日からの学園復帰で生徒たちに遠巻きにされ、特に誰も話しかけてこない。
300年ぶりの聖女といえば珍獣?絶滅危惧種?扱いかも。
まあ、それだけ平和な時代が続いたんだよね。
聖女のいる時代っていうのは、大なり小なり国土が荒れている時だと歴史で習ったし。
しかも闇属性持ちのビアンカ様もいる。
これから何かが起きる予兆では、と国のお偉方は捉えているらしい。
自然災害? 病気? 魔物……は、どうも国が荒むと大量発生するようだし。
ああ、嫌だなぁ。心づもりは必要だけど気が重くなる。
国単位の非常事態に、庶民感覚のわたしが対応出来る気がしない。
どうにか無事に午前が過ぎ、午後の特別コースの授業が自習になったと連絡が来た。というか魔導師コース訓練場に来ないで欲しいって……なんでだろう?
仕方なく、茶話室で時間を潰している。
「外部から見学者が来てるらしいよ」
1年生トリオに付き添っているのはピエール様で、いまシリウス様はいない。
「まあ、どなたかしら?」
ピエール様は分からないと、肩をすくめて見せた。
生徒を締め出さなければならない、恐らく訳ありの訪問者。
わたしが学園復帰した日にやって来たっていうのがどうも怪しいよね。
取りとめない話をしていると、シリウス様がルシフェル王子とシャール王太子を連れて姿を現した。
何故に一緒!?
「お2人が主催でお茶会を次の休日に催したいと相談を受けていた。君たち全員を招待したいそうなんだが、アリスは予定があるだろう?」
ちらりとシリウス様に視線を向けられた。
確かにある。なくても「ある」と言わねばならない気配がする。
「はい」と頷くと、すぐにシリウス様が2人の王子に目線を戻す。
ルシフェル王子が、眉尻を下げた顔をわたしに向けてきた。
「そうなのかい? 残念だなぁ」
ええ、そうですねー。ははは。
「じゃあ、また生徒会サロンで昼食を一緒に摂ろうよ」
ルシフェル王子、諦めないね。でもわたしは執行部役員たちと顔を会わせたくないですよ。
「わたくしがサロンに顔を出すと、心穏やかに昼食を召し上がれない方がいるようですので、せっかくですがご遠慮申し上げます」
にーっこりと笑っておく。
誰がって言わなくても皆さん承知しているでしょうけど、マーガレット先輩とかマーガレット先輩とかマーガレット先輩とかね。
繰り返してしまうほど、わざわざ火に油は注ぎません。
「ああ、あの時は気分が悪かったね。ご令嬢としてもいただけない。彼女は君に謝罪したのかな?」
なぜ掘り起こす。
平民に毛が生えた程度の男爵令嬢に、謝罪なんてある訳ないですよ。
下級貴族令嬢は、王宮や公爵家・侯爵家に侍女やメイドとして行儀見習いに行く立場です。つまり使用人の位置づけだからなぁ。
ただ、現在わたしの立場は変わったから、もしうっかり会ったなら、彼女はどんな顔をするかしら。
「身分的にそれはございません」
「でもねぇ」
「ルシフェル殿下、彼女は己の行いで自らの評価を下げたのですから、もうそれでよろしいではありませんか。アリスもそれほど拘ってはおりませんし」
ビアンカ様が間に入ってくれてほっとする。わたしはまた笑みを浮かべて頷いた。
本来、公爵令嬢たるビアンカ様と友達付き合いなんて出来る訳がないほど身分の隔たりがあったのに、同じ日本人転生者だと分かって急激に仲が良くなった。この異世界で貴重な、一般市民感覚を共有出来る者同士として。
わたしたちの仲を不思議には思ったようだけど、シリウス様もピエール様も、ヘンリー様だって咎めなかった。
だからうっかり忘れてたのよね。下級貴族令嬢が傍にいることで、公爵令嬢のビアンカ様の評価を下げていたんじゃないだろうかって。
言然たる身分制度の貴族社会、同程度の身分の者と社交するのが望ましいんですよ。
伯爵令嬢のアン様やミリアム様が、ものすごく憎々し気にわたしを見るようになったのは、ビアンカ様と仲良くなってからだもの。
ただ単に嫉妬されてるのかもしれないけど。彼女たち伯爵家だし、ビアンカ様にあまり相手にされてなかったし。
身分制度、面倒くさい。
「ところで、ロイド嬢はその金の瞳を隠すために眼鏡を掛けておられたのか?」
いきなり、シャール王太子に話しかけられてびっくりした。
もしかして話題転換かな?
というか、初めて声を掛けられたわ。
「はい。左様でございます」
少しの事実誤認はご勘弁していただきたい。
「我が国の聖女というのは、アトラス王国の基準とは異なり、治癒や回復魔法が少し使える程度でその地位につけられる。だから今の騒ぎようには驚いた」
東のフェルザ―国では、聖女のハードルは低いようだ。
能力が認められたら、すぐに神殿に保護され、教育を受け、治療師のような仕事をしているそうだ。
西のオーランド国では、アトラス王国と同じ条件で聖女認定されるようで、以前現れたのは100年ほど昔のことらしい。
むーん、フェルザー国だったら気楽だったのに。
「それではフェルザー国の聖女は、我が国の基準のように、金の瞳を持っていないのでしょうか」
「そうだな、聞いたことがない。もちろんわたしが全員を知っている訳ではないが」
なんだか大勢いるような言い方だわね。
「おもしろいねぇ。大昔は同じ帝国だったのに、今は聖女の基準も違うとは」
そう、大昔はオーランド国とフェルザー国は、アトラス帝国の自治領だったのだ。
500年ほど昔に国が荒れて求心力が低下、自治領が独立していった。これも魔女の呪いのせいだと言われている。
ルシフェル王子が言うように、どういう経緯で基準が変わってしまったのだろう。
しかし、こうやってよその国の事を聞くと、つい行ってみたくなるよね。無理だろうけど。
移動に何日もかかるし、道中は危険もあるし、国境を超えるのは物理的にも大変だと聞く。それに今の自分の立場では国を出られないだろう。
つらつらと空想していたら、茶話室に更なる訪問者がやって来た。
「失礼します。こちらに生徒会長がおいでと伺った……のですが……」
ドアを開けてみたら、隣国の王子たちがいてぎょっとしたようだ。
入室してきたのは2人の上級生男子。わたしは初めて見る顔だ。
最初に入ってきたのは赤いタイの4年生、濃い色味の金髪に青い瞳の少年。
後ろにいるのがピンクのタイの3年生、薄茶色の髪に緑の瞳の少年だ。
王子たちとは面識があるようで、早速挨拶をしている。
「4年生が宰相のご子息、3年生が確か外務大臣のご子息ですわ」
ビアンカ様が扇で口元を隠し、耳打ちしてくれた。
宰相の息子、いたのかー。なんて思ってたら目が合った。にこりと微笑まれたわ。
2人共そこそこ整っているお顔立ち。でも、わたしの周りには美形がごろごろいるから、既にマヒしていて普通に見えてしまう。
「それで用件は?」
「ぼ……わたしたちは学園長に呼ばれたのですが、生徒会長と一緒に学園長室を訪れるようにと言われました」
「なるほど。――アリスは初対面だろう。アウグス侯爵の三男フィリップと、キール伯爵の嫡男オルフェだ。アウグス侯爵は宰相閣下、キール伯爵は外務大臣を務めている」
シリウス様が2人を紹介してくれた。
シリンさんに椅子を引いてもらって立ち上がり、2人の少年に向かって膝を屈めて礼をする。
「ロイド伯爵の娘、アリスでございます。どうぞお見知りおきくださいませ」
「お目にかかれて光栄です」
うっ! こんなこと言われたことないっす。
これはあれだな、聖女だからだよね。
度々人が訪れてゆっくり茶が飲めない内に、更に外が騒がしくなってきた。
「殿下、お待ちを!」
「ビアンカ、ここにいるのだろう!?」
バーンとドアが開き、ウィリアム王子が従僕の手を振り切って入ってきた。
だけど室内の人口密度に、うっと怯んでいる。
「相変わらず不作法です事」
眉をきれいに跳ね上げて、ビアンカ様は呆れ顔を隠さない。
さすがにまずいと思ったんでしょうね、ウィリアム王子は2人の隣国王子たちに挨拶をする。
そういえば朝からいなかったよね。いまだに授業を受けないのかしら。
あら、わたしを見ている。何かしら、目が気持ち悪いとか思ってるの?
「――アリス、その、あの、えーと……」
いつの間にか名前呼びなんだよね。前は「ロイド」って言ってたのに。王子だからいいのか? いや、礼儀には適ってないはずよ。
「殿下、昨日の約束、覚えていますか? アリスには近づかない事。それに女性たちに謝罪がまだです」
ヘンリー様が冷ややかに淡々と言うと、王子は盛大に顔を顰めた。
「分かっている!」
王族は下の者に頭を下げない。でも、昨日は賭けに乗って負けた。負けた時の約定は女性騎士たちへの謝罪とわたしに近づかないというものだ。
「あら、そういえば、昨日の護衛騎士がいませんわね」
発端となる騎士がいないとは、肩透かしである。
「やつは王宮に戻った」
王子の護衛騎士を外されたのかしら。
あんな失礼な奴はいなくて結構だけど、せめて謝って行けよ!と思わないでもない。
王子がちょっと挙動不審な中、後ろからすっと前に出てきた、黒いスーツのお仕着せの中年紳士が、わたしたちに向けて軽く頭を下げる。
「昨日は皆様に不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございません。主になり代わりお詫び申し上げます」
そうして深々と頭を下げた。
従僕さん、というより侍従さんかな? 大変だね、マシラ王子付きなんて。
今日ここにいる護衛騎士は、ユーイさんとシリンさんだ。当事者のリンダさんがいない。
大きく息を吐き、ビアンカ様が声を掛ける。
「頭をお上げになって。当事者たちが不在なのですもの、これ以上は結構ですわ。でも、改めて謝罪して下さるかしら」
「もちろんでございます。それはさておき、ビアンカ様、どうぞ殿下と共に学園長室へお越しください。陛下がお待ちでございます」
頭を上げた侍従さん、いま陛下って言った?
「陛下……がご来校ですの!?」
「お忍びでございます。どうぞ皆様もおいで下さいませ」
侍従さんに促されて、王子が嫌そうに、恐る恐るビアンカ様に手を差し伸べる。
一瞬、ビアンカ様がきゅっと眉間にしわを寄せた。
「お待たせ出来ませんわね。参りましょう」
不承不承ではあるけれど、すっくと立ちあがり王子の手にそっと手を重ねる。
ビアンカ様の手を取るのはヘンリー様という光景が日常化してて、なんだか違和感しかない。
一緒に付いて行こうとしたヘンリー様を、ピエール様が止めた。
その背中が寂し気で、わたしはつい口を開く。
「ヘンリー様、今日はわたくしをエスコートしてくださいませんか」
「え?」
え? ダメだった?
何やら一斉に振り向かれたけど。
シリウス様を見ると、また眉間にシワが寄っていた。
ピエール様を振り返ると、苦笑を浮かべている。
「ま、いいんじゃない?」
いいらしいですよ。首を傾げてヘンリー様を見ると、躊躇いがちに手を差し出された。
「お手をどうぞ、聖女様」
はにかんだ美少女顔を、わたしはちょっと睨んでから笑って手を取った。
読んでいただきありがとうございます!
なんだか進みが悪くて、やっとここまで( ̄Д ̄;;
次回、再び学園長室です。




