39.ハロルドの暗躍
父さまに抱っこされたリオンの柔らかな手首に、白金の細い腕輪が光ってる。
どうにか魔力制御がうまく出来たけれど、代わりにというか、わたしの眼鏡は壊れた。
負荷に耐えられなくなったんだろうって、カイエン先生が言ってたわ。
まだウトウトとしているリオン。家に帰るまで起きないでいて欲しいな。
神殿に向かう馬車には、父・母・わたしにリオン、エイダさんとシリンさんが乗り込んだ。馭者席にダルトンさん、ジェムさんはなんと奇獣に乗って既に空の上だとか。
ビアンカ様とヘンリー様が一緒の馬車で、その他の人達は皆奇獣で移動しているそうだ。
夕闇の空に、複数の奇獣の姿は少し異様な気がするけど、上を見上げていちいち確認する暇人はそういないよね。
以前、神殿に来たのは学園が始まる前。
あの時は神殿長様に1年後に会う約束をしたけれど、まさかの1月足らずで再会です。
まだ少し赤金色が残る空を背景に、建物自体がうっすらと発光しているみたいな白い神殿は、不気味さを増した異様。
夜の学校よりは神聖さがあるけど、だから余計に闇に紛れて何かいそうな気がするわ。誰かが息をひそめて隠れているみたいな。
怖がり過ぎでしょうか。ちゃんと通路には明かりが灯っているし、案内してくれる神官も明かりを持っているんだけどね。
通されたのは神殿長様の応接室。これだけの人数がいれば広いはずの室内が狭く感じる。
狭いからではなく、機密の話をするので、反対を押し切って護衛も従者も部屋を出された。
室内には神殿長様と伯父さま、そしておじい様が待っていた。そしてそして、なんとマーリン様に、初対面の騎士服にマントを着た壮年の男性もいた。
おじい様とは今まで2回しか会っていない。わたしの洗礼式の日と、バルド君の洗礼式の日だけ。
いつも押し出しの強いおばあ様がいるから、おじい様とはあまり話したことがない。
無口で厳めしい顔をしているイメージだけど、更に厳しい気配を纏っている。
そして伯父さま。
もうね、伯父さまから放電されているんじゃないかっていうくらい、室内がピリピリしてるんですよ。
表面的には社交用の薄い笑みを浮かべているんだけど、かなり怒っているみたい。感情が高ぶると、碧眼の緑が強くなるの。
この2人の奥に、神殿長様が泰然と座っておられた。
涼しい顔しているわー。さすがですね。
わたしは頭からすっぽり被せられたマントを脱ぐ。すると、初めて神殿長様が目を瞠った。
そんなに驚きますかね。何が変わりましたか?
「アリス、こちらにおいで」
挨拶もそこそこ、神殿長様に手招きされて、おっかなびっくり傍へと歩いていく。
なにしろ室内は畏れ多い人がいるし、伯父さまとおじい様がビリビリしているからね。
父さまに手を引かれ、ようやく奥へ。
……神殿長様、普通を装っているけど顔色が悪いわ。
この前会った時も、なんだか衰えている気がしたけど、どうもお加減が良くないみたい。
「ようやく兆しが顕れたか。こうしているだけで金の魔力を纏っているのが見える」
え! そうなの!? ほんとに自分じゃ見えないからなぁ。
「どうやらせっかちな者が先走り過ぎたせいで、悩ませたようだな」
「養女のお話ですか?」
馬車の中で聞きましたよ。開いた口が塞がらないってこの事ねーと呆然として、次いで怒った。リオンを起こさないように静かに怒った。
沸々とした怒りは、神殿内を歩いているうちに少し落ち着いたんだけどね。
「そなたに無理強いはさせまいよ。陛下には親書を送らせてもらった。ヴィンスリ―家に流れる青き血の事を公式に認めることになった」
「それは本当ですか!?」
王太子殿下がすっごくびっくりしている。ハノーヴァ侯爵も表情が動いた。たぶん、驚いてるんだよね? 顔がより怖くなったけど。
「アルフォンス殿下、陛下は少し思惑が異なるようだ」
王太子殿下がおじい様と伯父さまを睨みつけた。あからさまな感情の発露に周囲が驚いているわ。
ところで、話に付いて行けない当事者がいるんですけど。
”青き血“って、わたしの記憶が確かなら、王家の血筋って意味だよね?
王家……誰が?
後ろにいる父さまを振り仰ぐと、困った笑みを浮かべられたわ。
おじい様に視線を向けると頷かれ、伯父さまを見たら睨まれ、説明してくれない。
いや、ちょっ、待てよ! 教えてくれよー!
きょどっているわたしは母さまを見上げた。同じようにびっくりしている。ああ、仲間がいたわー。
「アリスは事情を知らぬか。経緯を説明してはどうかな、ハロルド」
ええ、ぜひお願いします、伯父さま!
――ということで、改めて皆が着席したあと、伯父さまが口を開いた。
「ハノーヴァ侯爵が我々の家系を深堀したことで、他の家にも興味を持たれ、暴かれる前にこちらから公にする道を選びました。ナサニエル様のご協力があってのことではありますが」
先々代の国王陛下が、当時、下位の侍女として王宮勤めをしていた、ヴィンスリ―男爵家の娘にお手を付けたという。
先々代の王様は、結構やらかしていたらしい。
侍女である娘が懐妊し、宿下がりをした。
生家で無事生まれた子は、庶子ではあっても王子。王様は対処に頭を悩ませたという。なんでかって?
「王族の庶子などその辺にごろごろいる。全員を認知すれば王族が溢れることになるだろう」
そんなにですか。節操なさすぎじゃないでしょうか。
ちなみに伯父さまのこのセリフは、わたしに向かって喋ってる。子供向けじゃない気がするんですけどね。
そして今度はハノーヴァ侯爵辺りを見回して続ける。
「貴族とは名ばかりの男爵家の娘が生んだ男児を、王族として迎えるには無理がある。そして当時の男爵は名誉より実益を取りました。王家との縁を断つ代わりに、事業への援助を受け、そうして興したのがヴィンスリ―商会です」
「縁を匂わせているではないか」
ハノーヴァ侯爵が苦々しく言うと、伯父さまが冷ややかに見据えた。
おっかしーなー。ハノーヴァ家は商会のお得意様じゃなかったのかな。火花バチバチなんだけど。
「こちらから匂わせたことは一度もないんですよ。向こうが勝手に解釈する。それを否定しないだけです」
にやりと笑うブラックな伯父さま。
「商売などではよく使う手です。勝手に誤解した相手に文句を言われたところで、言質を与えていないので痛くも痒くもない訳です」
勘違いした人は、さぞかし腹立たしいでしょうねぇ。
「あのぉ、それでいつの代の人が王様の血を引いていたんですか?」
ちょっと耐え切れずに質問させて頂きました。先々代の王様だからそんなに前じゃないよね。
「父上がその王の子だ。先代の王とは義理の兄弟に当たり、当代の王と俺とハリスが従兄弟相当だな」
また開いた口が塞がらなくなった。
「ハリスはどうやら当代の国王陛下と似ているらしい。子爵家では拝謁が叶わない立場だから、ナサニエル様やカイエン卿に聞いたんだが」
うわー、カイエン先生って実は事情通!?
水面下で暗躍するブラック・カイエン。……妙な想像をしました。
「似ているから社交させていないと勘繰られていたが、たまたまだ。ハリスの性格では人と衝突して商会へ悪影響を及ぼすと判断したから表に出さなかった。おまえには優しい顔しか見せてないだろうけどな」
おお、父よ。時たま悪い顔が見え隠れしていたけど、そんなに性格悪かったんですか!
そして見上げると、苦笑を浮かべている。
こんな時は母さまの反応を見るべきよね、と逆を見上げるとにっこり微笑まれた。
「アリスが生まれてから変わったのよ」
つまり悪かったんですね。
ごほん――と一つ咳払いして、騎士服の男性が口を開く。
「えー、それで? ヴィンスリ―子爵は今後どのような立ち位置になるのでしょうかな。聖女をハノーヴァ家の養女にするという話も、我々は寝耳に水だったのだが」
ハノーヴァ侯爵は苦い物を噛んだような顔をした。王太子殿下も渋い表情のままだ。
「我々の立場は今後の話し合いの末で決まるでしょう。陛下より親書が皆様の元へ届けられる手はずになっておりますので。アリスはこのまま家族と共に……と言いたい所ですが、諸々決定するまでは神殿の預かりにする事で、ナサニエル様と意見を一致させました」
頷く騎士服の紳士は、更に疑問を口にする。
「神殿預かりとは言え、護衛が少ない。わたしが推薦したシリンだけでは心もとないだろう。それはどうする?」
ん? ということは、この人はミンツ侯爵!?
「了解を得られれば、我が家で雇っている護衛2人を傍に付かせるつもりです。現在ロイド家の執事をさせている魔導師ダルトンと、料理人をさせている元S級冒険者ジェムです。それからハノーヴァ家とミンツ家のご子息をお借りできれば、両家も安心できるのではありませんか?」
「まあ、男性ばかりですのね?」
ビアンカ様が面白くなさそうに口を挟んできた。扇で口元を隠しているけどね。
「シリン嬢にメイドのエイダもいますよ。それから女神官も付けてくれるそうです」
伯父さまは美少女に目元を和らげて答えた。
でもビアンカ様は納得しないようだ。
「もし、シリウス様とピエール様をアリスの傍に付けるというなら、現在しているウイリアム殿下のお守はどうなるのでしょうか。それに独身で婚約者のいらっしゃる若い男性が一緒では、なにかとやかましい方々が出てこられるのではないかしら」
「ははは、ビアンカ、それは自分も一緒にいたいという事かな? 心配には及ばない。アリスにはこの老いぼれの話し相手という事で神殿に少しばかりいてもらうのだ」
神殿長様が朗らかに仲裁に入ってくれて、ビアンカ様も矛を下げた。
「分かりましたわ。でも、わたくしだってアリスが心配なのですもの」
うわーん、ビアンカ様ぁ!
「そういうことであれば、ピエールを護衛の一人として付けるのは構わないが……ウィリアム殿下の件はわたしには如何ともしがたい。どうでしょう、アルフォンス殿下?」
ずっと無口な王太子殿下は、何を考えているのかわたしには分からない。ハノーヴァ侯爵と結託して、どういう未来図を描いていたのかな。
「ウィリアムの件は白紙だ。あれには徹底的に再教育が必要で、今週から厳しい監視と教師をつけている。それと、わたしが提案した王家の一員に加える話と、ヴィンスリ―家が王家の血筋だと公表して守るという話になんの違いがある? 現在の王室に迎えた方が安全ではないか?」
「全く違いますよ。第一に、王家に囲われて暮らす事をアリスは望まないでしょう」
うんうんと力強くわたしは頷いたわ。本当に腹が立つのよね!
王家に囲われてって、もしかして王宮の奥に幽閉されて、一部の人に聖女様ーとか崇められて、一部の権力者だけに力を貸すような生活になるとか? 最悪だわそれ。
聖女の力って人の役に立ってなんぼでしょう。権力者だけが恩恵に預かるなんて嫌だわ。
「アリス、口に出ているよ」
「え!?」
父さまに注意されて、慌てて口を両手で塞ぐ。恐る恐る王太子殿下を見ると、呆気にとられた顔で見つめ返された。失敗した! 不敬罪になるかしら。
「……幽閉などしないが……」
それだけ呟いてまた押し黙ってしまったわ。
「も・申し訳ございません。でも、わたくしとしては高見からではなく、平地を豊かにすることを望みます」
血の気が引く思いでそれだけは言った。そしたらビアンカ様の軽やかな笑い声が聞こえてきた。
「アリスらしいわ。でもどんな妄想をして『幽閉』だなんて事が出てきたの?」
「ビアンカ様! そこはもう流してくださいー」
「可愛いから檻に閉じ込めて愛でる、とか?」
「ヘンリー様! おかしな事を言い出さないで!」
めっ!と叱るビアンカ様。仲良しさんだよね、ほんと。
まぁとにかく、わたしの失言もあって、おかげで場が和みました。
そんな時に、新たな訪問客がやって来た。
厳重監視下の元やって来たのは、宰相補佐だという、グレーの頭髪をきれいに撫でつけた40歳前後の立派な上着を着た男性貴族。
「――お歴々揃い踏みですね。陛下より親書を預かってまいりました」
部屋は水を打ったように静まり返った。
彼はまるで執事のような、ぴんと伸ばした姿勢を崩さず神殿長様の元へ歩いていく。親書の一通を手渡し、さらに王太子殿下へもう一通手渡す。
それからふと、伯父さまへ視線を向けた。
「ここに来るまで、ある噂話が広がっていたのに驚きました。市井ではすでに聖女の存在が知れ渡っているようです」
ぎょっとしたように顔を上げた者が多い。
伯父さまは宰相補佐に黒い笑みを向けたあと、一同を見渡す。
「昨夜、酒場に聖女出現の第一報の噂を流しました。そして今日は王都の門を利用する商人、兵士たちにも噂を流し、昼過ぎにはロイド家のメイドから、ご婦人方に聖女の話を伝えるよう働きかけました。ご婦人方の情報伝達力は早いですからね」
なんと! マリーさんを早く帰らせたのってそういう事!?
実際の家に勤める人から聞いた話だもの、信憑性高いよね。主婦の井戸端会議の恰好のネタじゃない?
もう秘密裏に工作できないようにか、後戻り出来ないように仕向けたってところかしら。良いんだか悪いんだか。
ただ、密かに伯父さまに言いたい。
――おぬしも悪よのぉ。
長い一日の終わりです。立ち会う人数が多くて、それぞれがどんな顔しているとかは省略しました。




