27.二人だけの女子会、再び
ろくに食事をとらないままの昼休み、わたしは3つの伝書鳥を飛ばした。
ハリー伯父さま、母さま、エイダさんへ。
今日、実家に帰れなくなった事を伝えるため。
母さまには「花壇教室」を頼む内容を伝言した。
父さまに飛ばさなかったのは、工房に籠っていると、伝書鳥に気づかずに“未読スルー”される確率が高いのよね。
エイダさんには馬車のキャンセルをお願いした。またしても従兄妹のヒース君とは会えないままだけど、うん、別にそれはいいんだ。
そして放課後――
「さあ、今日も色々話してもらいましょうか」
ビアンカ様の笑顔に気合が入っている。
昨日に続き、放課後の女子会inビアンカ様の自室です。
もしかして恒例化するのでしょうか。
「……何を話しましょうか」
もちろん盗聴防止装置は起動してます。
わたしたちの話は、エイダさんや侍女さんたちにも秘密の内容が多いですから。
「光属性ね。ナサニエル様が秘密にさせたのでしょう? わたしも同じよ。そのあと殿下との婚約が決められたわ」
話してもらうと言いながら、自ら話題を振るビアンカ様。どっちかっていうと、色々話したいみたいね。
「わたしは貴族間の事情について明るくないのですけど、もしかしたら“特殊能力”持ちのビアンカ様の虫よけに、殿下との婚約がなされたのでしょうか」
ビアンカ様は少し目を瞠った。
「分かりが良くて助かるわ。その通りよ。わたくしの婚約は『仮』なのよ」
仮とはいえ、あの殿下との婚約話にショックを受けたおかげで、前世の記憶が蘇ったというんだから、何が幸いするか分からない。
ん? これって幸いなのか?
「そうでしたか。殿下との婚約が仮のものとして、本命はまだ未定、ということですか?」
「少なくともわたくしは聞いていないわ」
上位貴族、しかも王族の親族であれば、恋愛結婚なんて夢物語なんでしょうね。
大人の事情で、様々な縁組のパターンを協議中ってとこでしょうか。
「あなたもね、うかうかしていられなくてよ!」
ビアンカ様にびしりと閉じた扇を突き付けられた。
「マーリン先生の懸念は確かだわ。“特殊能力”持ちを取り込もうと上位貴族が動けば、男爵家、子爵家では対抗できないもの。仮にでも有力な家との養子縁組が必要になるわね」
「そう……ですか。そうなんですねー」
気持ちがどーんと沈んでくるわ。
学園に入学して2週間、一部の人間とはいえ、もうバレてしまったということは、今後どんどん知られてしまうんでしょうね。
ヴィンスリ―子爵家では、上級から下級貴族まで幅広い交友関係があるというけど、伯父さまは何か手を打っているのかしら。
打っているはず、きっと。たぶん。
「ねぇ、シリウス様があなたの庇護者であるという認識に間違いはなくて?」
俯いているわたしを覗き込むようにビアンカ様が尋ねる。
「えーと、神殿長様がシリウス様に頼んだんです。なんか面倒くさそうでしたね」
初めて会った日の事を思い浮かべる。神殿長様に「気にかけてやってほしい」と言われて、眉を顰めていたわ。
「確かに今まで放置状態でしたものね。でも、これからは違うでしょう。ただ今年だけですわ。来年以降はどうするか、シリウス様以外にも庇護者を見つけなければね」
「見つけると言われても……」
途方もなくて言葉が続かない。
「あなたが売り込むのではなく、通常は現在の庇護者が後継を見つけて頼むのよ」
「そういうことですか」
ちょっとほっとしたけど、厄介な下級貴族令嬢の面倒をみてくれる生徒がいるとは思えない。
「でも、あなた自身も、上級生で上位の令嬢たちとの交流を持たないとダメね」
なんてハードルの高い要求か!
両手で両頬を包み込み、目を見開いてビアンカ様を見つめる。顔面イメージは某有名傑作絵画の『叫び』。
「なんて顔をなさってるの!」
ビアンカ様は堪えきれずに扇で口元を隠し、クスクスと笑いだしたわ。
笑いのツボに嵌ったらしく、なかなか止まらないようで、ついに下を向いて顔を隠してしまったご令嬢。
逆にわたしは落ち着きましたよ。
笑いの波が落ち着いたビアンカ様が、ようやく顔を上げたら目尻に涙が浮かんでいた。そんなにですか。
ハンカチで目尻を拭い、「ごめんなさい」と言って表情を改めた。
「わたくしが招待されたお茶会に、あなたも連れていくようにするわ。もしくは、わたくしもお姉さま方を一度お茶会に招待するわね。ただ、オディール様の派閥が多いので、どれだけ集まるか分からないけれど」
貴族女性の社交、お茶会。
参加したことがないので勝手なイメージですが、招待状を送り、屋敷に招いて、持ち寄ったお菓子やケーキ、お茶を片手に、流行りモノや噂話に花を咲かせて各家に持ち帰り、情報共有するという感じでしょうか。
学園内だと噂話の情報交換?
「オディール様は“学園の女王”と呼ばれているそうですね」
「そのようね。彼女の父君は現王の兄で、王兄殿下と呼ばれていた方よ。ソーフィールド公爵令嬢とご結婚して、アルフォンス殿下が立太子された後、王族を離れ現在の公爵家当主となられたわ」
「ソーフィールド公爵家に後継ぎの男性はいなかったんですか?」
「いたわ」
わたしは首を傾げてしまった。
ビアンカ様の説明によると、現在御三家と呼ばれる公爵家の数を増やさないような取り決めがあるんだって。
玉座に就けなかった王族が臣下に下って公爵を名乗ると、無限に増えてしまうからそのための措置だと。
それで今ある公爵家の令嬢と結婚して後に当主に収まるそうだ。
すると、元々の公爵家の男子は弾かれてしまう。そして増えたのが侯爵家。公爵家の嫡男だった男子が侯爵家当主として立つ。
それじゃ侯爵家が無限に増えるんじゃない?と思ったけど、意外とそうでもないらしい。
新たな侯爵家はそう長続きしないそうだ。理由は様々で、ビアンカ様に割愛されてしまったわ。
一代限りの『大公』位とか、『一代公爵』とかないんでしょうかね。
「先代のソーフィールド公爵の嫡男だった方が、現在のバーモント侯爵よ。オディール様とマーガレット様は母方の従姉妹なのよ。マーガレット先輩はオディール派のナンバー2ということね」
そういう情報はどこから仕入れているのかしら。上位貴族家の横のつながりとかでしょうか。
感心してビアンカ様の顔を見つめていたら、顔を顰められてしまった。
「のほほんとしている場合ではなくてよ! あなたもわたくしも目を付けられてしまっているのだから、今後どんな嫌がらせを受けるか分からないわ」
「わたしは身分的にも意地悪されるのが当然ってところですが、ビアンカ様は公爵令嬢でしょう? そんな嫌がらせなんて仕掛けられるんでしょうか」
「意地悪されるのが当然って……あなたの認識も相当だわね。でも、わたくしだって特別ではないと思うわ、この学園にいる限り。数の少ない女生徒の8割方をオディール様に押さえられているのですもの」
学生の男女比は、男子6:女子4くらい。
そもそも貴族の男女比率もそれくらいらしい。圧倒的に男性が多く、必然的に男性優位である。
「残り2割の方々って違う派閥の方ですか?」
「派閥と言えるほどではないでしょうね。オディール派に組しないというだけではないかしら」
「なるほどー。圧倒的多数相手に風前の灯火なわたしたちという訳ですか」
わたしの表現に、更に顔を顰めるビアンカ様。
「やられるのをただ堪える気はないわ! 味方を増やすための手を打ちたいのよ。女子がダメなら男子を取り込むとか」
ビアンカ様がまたわたしの眼鏡を奪っていく。
「この可愛らしい顔で、小動物的な庇護欲をそそって男子を取り込むのは……」
「それって目茶苦茶嫌ですよ!!」
ビアンカ様の言葉尻にかぶせてわたしは拒否した。
美佐子時代は可愛らしい女アピールしてきたけれども! だからこそ今はやりたくない。というか――
「だいたいこんなので釣れるんですか!?」
自分を指さして尋ねると、ビアンカ様の片眉がきれいに跳ね上がる。
「あら、もう一人釣れているわ。でもそうよね、そんな味方の増やし方は薄っぺらいものよね。同性にも嫌われるでしょうし」
「一人いるって……」
誰だ?
わたしは気づいていなかったけれど、それはヘンリー様のことだったらしい。
「とにかく、あなたに付加価値を付けるべきだということよ。だから眼鏡を外して魅力アピールしたら良いと思ったのだけど。女はやっぱり外見の優劣がモノを言うわ」
見た目ですか。やっぱりこの世界でも見た目ですかね!
「どこの世界でも見た目は大事ということね。特に女性は美しいと言うだけで玉の輿に乗れるのよ。美しく、魔力が多いこと、この二つは武器になるわ。あなたもわたくしも、その二つを兼ね備えているわ!」
うん、ビアンカ様はそうですよね。
でもわたしはどうかなー?
眉尻を下げて首を傾げていると、ビアンカ様の手で、くいっと頭を元の位置に戻された。
「自身なさげな顔をしてはダメよ! あなたはきれいな顔立ちをしているわ。もっと自信を持って!」
同性の、おべっかを使わない令嬢に、きれいだと言われると嬉しいものですね。
まあ、男子視点は別かもしれないけど、ちょっと顔がにやけたわ。
「そうでしょうか」
「そうよ。一度眼鏡なしで学園内を歩いてみるといいわ。無理強いはしないけれど」
ふと思いついたような顔をビアンカ様がして、いたずらっ子のような可愛らしい笑みを浮かべた。
「明日の休日は寮にいるのだし、明日だけでも眼鏡を外して食堂に行ってみませんこと?」
「へ?」
「ヘンリー様を誘っておくわ」
いそいそと伝書鳥に伝言を吹き込むビアンカ様を、うっかり呆然と眺めてしまった。
「さあ、明日の予定を決めましょうね」
にっこりと笑うビアンカ様に、もう嫌だとは言えなくなりました。
わたしのチキンハート。
女子会だけの話で終わっちゃいました(;^ω^)




