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03.わたしの伯父さん [改]

 ここはアトラス王国。

 北と南を大国に挟まれた中規模の王国だ。

 大国に挟まれているのに中立を保ち、外見上平穏を保てるほどには国力がある。


 約五百年前までは、大規模の版図を誇る大帝国だったアトラス。


 およそ千年前、『魔族』の圧政に苦しんでいた『人族』の中から、命がけで反旗を翻した男がいた。

 彼は竜族が棲むという秘境に渡り、一頭の『竜』の協力を得て魔族を滅ぼし、新たな国を創った。

 後に周辺の小国を吸収して、アトラス帝国となる。


 帝国を支えていたのは、皇帝を筆頭に豊富な魔力を持つ魔導師たちの存在だ。

 魔法と魔導具の研鑽は他の追随を許さず、絶大な力を振るっていた。

 だが、長い年月を経ていくうち、力ある魔導師の数が減っていき国力は低下、そしてある大事件をきっかけに帝国は崩壊した。

 それを契機に周辺の国々は独立し、帝国の中心部だけが残った。

 滅んだ皇帝一族の代わりに傍系が王家として起ち、かろうじて王国としての体裁を整えるに至る。


 現在は中規模王国となり果てたが、それでもこの大陸に置いて、最も古い歴史を持つ国であり、魔法の及ぼす力で周辺諸国から畏敬の念を集めている。


 今この国を支えている産業は、魔法に欠かせない魔石と魔導具、魔導師を育成する教育機関である。

 強い魔力を保持する貴族だけが扱える魔導具はほぼ国内のみの需要だが、わずかな魔力で作動する平民にも扱える生活用品の魔導具は他国でも人気が高い。

 それらが輸出品として外貨を稼いでいる訳である。




「そしてその事業の一端を担っているのが、我がヴィンスリー男爵家だ」


 滔々(とうとう)と小難しい国の歴史を三歳のわたしに語っているのは、父の兄、ハロルド・ヴィンスリー、つまり伯父です。

 三歳児になに聞かせてるんだと思うけれど、父も母もそんなことを話してはくれないので、わたしは大変興味深く、こくこくと神妙に頷いた。

 それが傍からどう見えているかはさておき。


「ほぉ、頷いてるな。解ってんのかねぇ?」


 テーブルに少し身を乗り出すように話していたハロルドは、にやにやとした笑いを浮かべ、向かいに座っている弟に目線を移す。

 父・ハリスは困ったように眉尻を下げた笑みを浮かべ、ティーカップをテーブルに置く。


「アリスは僕と違って賢いんですよ、兄上」


 父の隣の席にちょこんと座っていたわたしの頭を、優しくなでてくれる。

 ふふ、頭を撫でられるのって、くすぐったいけど好き。

 だから優しさあふれるイケメンを振り仰ぎ、にぱっと笑って見せた。

 伯父・ハロルドに対する態度とは雲泥の差、というのをあえて見せつけておこう。

 いつも弟に厳しい言動をとる伯父に、わたしは警戒をこめて睨む。


 父より六歳年上のハロルドは、メープルシロップみたいな茶髪で碧眼(へきがん)

 顔立ちはまぁまぁ整っているけれど、父の方がイケメンだわ。

 娘の贔屓目(ひいきめ)かしらね。

 身長は同じくらいでも、伯父の方ががっしりしている。


 ヴィンスリー男爵家の嫡男ハロルドは二十八歳。すでに二人子供がいる。

 父は次男で二十二歳……

 そう! 二十二歳なんですよ!

 わたしが生まれた時ってまだ十代なんだよぉぉぉ!

 若いと見積もって二十代前半かなと思ってたらさらに斜め上行ってたよ!

 ちなみに母は今二十一歳だって。だって!


 美佐子三十歳独身の(ひが)みがちょっとだけ顔を覗かせました。




◆◇◆




 伯父に初めて会ったのは、一歳の誕生日から一つの季節が過ぎた頃。


 遅くない?

 でも貴族の常識では早い方なんだって。

 同居している家族以外は、七歳の誕生日に神殿で洗礼を受けたあと正式にお披露目になるという、なんだかよく分からないルールがあるみたい。


 つまり、伯父は変則的にわたしに会ったことになるんだけど、それは父がわたしの事で相談したことがきっかけになるそうな。


 わたしの両親は、あまり魔力が多くないらしいから。


 父は風属性持ちで、出来ることはそよ風を吹かせることぐらいだそう。

 母は土属性持ちで、きれいな花を咲かせることが出来るんだって。


 ……えー、うん、ほのぼの家庭向きでいいと思う。


 そんな両親の娘が、意外にも高い魔力を保有しているのではないか、と思わせるようなことをわたしは色々やらかしていた。


 初めて寝返り出来た時、やっと体が動かせることに喜んで、ベッドの上でコロコロ転がって、転がりすぎてあわや転落!というところで床上10センチくらいで浮いたっていうね、なんかよく分からないけど魔法を使っていたらしい。

 わたしは嬉しくてきゃっきゃと声を上げて笑ってたけど、現場を目撃した母は真っ青になっていて、わたしを抱きしめてぽろぽろ涙をこぼしていた。


 ちょっと罪悪感。ごめんなさい。

 でも魔法みたいなものがある世界なんだと知って、テンション上がったね!


 そのあとも、わたしを抱っこしたままカーペットの縁につまづいて転びかけた母ごと宙に止まってみたり、ティーカップを床に落としそうなところを止めてみたり……

 まあ、ドジっ子母さんを助けていたわけです。


 これって何だろう? 何魔法?

 単純に、使える魔力に喜ぶわたしとは対照的に、両親はおろおろ。

 そよ風とお花咲かせるくらいの両親には、的確な指導が出来ないと頭を抱えてたんですって。


 そこで父は伯父に相談したらしく、それでも直に会いに来たのは一歳の誕生日を過ぎてからだった。

 忙しかったのか、真に受けてなかったのかは分からないけれど。


 一目会って、ぴりっときて、わたしは即座にソファに座る母の後ろに隠れた。

 初めてこの家の住人以外の人間に会ったわけだけど、どうにも胡散臭いオーラが出てたんだよね。


 ちなみにこの家の住人は、両親とわたし、メイドさん一人、初老の執事さん一人、料理人さん一人という、貴族にしては超コンパクト。

 貴族社会のヒエラルキーの底辺にいる男爵家でも、あんまり裕福じゃないみたいね。


「アリス、俺はハロルド・ヴィンスリー、おまえの伯父だ」


 お母さんとソファの背もたれの間からちらっと顔を覗かせたわたしに、一歳児に対する柔和な笑みというものが一切ない顔と声で自己紹介された。


 この人、子供が嫌いなんじゃない?


「おまえの魔力が強いって、ハリスがしつこく言うんで試しにきた」


 そう言うや否や、一歳児のわたしに向かってポーンと四角形の木製の積み木を放り投げてきたのよ、この伯父さん!

 木製の積み木がぶつかったら痛いってことを、わたしは知っているからね。とっさにびしっと弾きましたよ、手を使わずに。

 その積み木が伯父さんのお腹に命中したのは、別にわざとじゃないよ?

 ホントにわざとじゃないよ。なにせコントロール出来てなかったからね。


「兄上! ……大丈夫ですか?」


 不意打ちで体をくの字にうずくまるハロルドへ、隣に立っていた父は、驚きつつも笑いをかみ殺しながら案じてみせるという複雑な感情表現をしてみせた。器用だねぇ。


 伯父さんは子供が嫌いというか、扱いがうまくない人だと思う。

 自身の子は二人とも男の子なんだって。だから余計に女の子の扱いが分からないのかもね。良い方に解釈すれば。


 子供扱いしない、対等な言動というものをありがたがるのは、ある程度成長してからだよ?


 積み木攻撃を酸っぱいものを噛みしめたような顔で許してくれたけれど、一歳児に向かってヴィンスリー男爵家の成り立ちと、兄弟の間柄を普通の大人に対して説明するみたいに言われて、わたしはぽかんと伯父さんの顔を見上げました。


 まだちゃんと言葉を話せないからさ、ツッコミ入れたくても出来ないもどかしさ!

 普通の一歳児に、そういう話題は理解不能ですから!


 生憎、わたしは普通ではないけどね。



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