21.マーリンの授業
あれ? ロビン先生がいない。
もしかして一般の授業に行ったのかしら。シフト変更出来ないって言ってたものね。
脇見をしているうちに、ヘンリー様も戻ってきたけど、若干への字口になっている。
声を掛けようとしらた、マーリン様からお呼びがかかってしまったので、ビアンカ様と一緒に実技スペースに降りていく。
マーリン様って圧がすごい。
今までわたしが知る中で、四大属性持ちのシリウス様や、ビアンカ様、ヘンリー様からこれほど強い圧を感じたことはない。
神殿長様からは圧を感じるけど、凛として緊張する感じ。圧力に負けそうにはならなかったよね。
マーリン様は、多分一番魔力が多いのかもしれない。
ただ在るだけでこの圧力。側に寄ると押しつぶされそうな感じがして、つい数歩遠ざかってしまう。
ビアンカ様は慣れているんでしょう。後退るわたしに首を傾げている。
「どうしたの? アリス」
「えっと、マーリン様が畏れ多くて」
あやふやな事を言ったら、ふっとマーリン様が笑う。
「遠慮しなくていいぞ」
手招きされるけど、なぜかどんどん重くなって一歩が辛い。
わたしがあまりに不自然なので、ビアンカ様が不審に思ったらしい。師匠を見上げて、またわたしを見て、近寄ろうとしたのにマーリン様に止められている。
もしかして、わざと?
威圧の中に危険な気配が混じってきた。
何と言えばいいのか、そう、身の危険を感じるっていうの?
逃げなきゃ危ないって、分かっているのに動けない。
「マーリン先生!」
ビアンカ様が声を上げる中、マーリン様が一歩踏み出す。わたしは一歩下がった拍子に膝が頽れた。
歩幅が広いので、あともう一歩で目の前に来そう。
「叔父上! どういうおつもりですか!?」
シリウス様の声がスピーカー越しに聞こえるけど、それどころじゃない。マーリン様が一歩を踏み出したから。
もうシールドを張るしか手段のないわたし。
悪意は見えないけれど、攻撃の意思はあるみたいで、屈みこむわたしの頭上に迫る手に、ピリピリとした魔力を感じる。
その時、別の何かが脳裏に甦った。
マーリン様とダブって見えているそれ。
――覆いかぶさってくる黒い人影、伸ばされた手が………………
今の何!?
マーリン様じゃない、別の男の影に、得体のしれない恐怖が足元から全身に駆け上がる。
これはなに? 美佐子の記憶? 思い出していないことがあるの?
しかもかなり危ないモノだと本能が訴えているみたいで、全身が細かに震えてしまう。
自分の内に起きた現象に手一杯で、わたしは周囲で繰り広げられているものが見えてなかった。
◆◇◆
うっかりわたしが見逃していた現場は以下の通り――
蹲って周囲にシールドを張るアリスに、攻撃魔法をまさに繰り出そうとしていたマーリンを、ビアンカが風魔法の疾風を纏わりつかせ足止めする。
指令室から飛び出したシリウスが、アリスとマーリンの間に氷の盾を出現させ防御した。
そして指令室の中では、縛り上げたウイリアム王子を背後にかばいつつ、いつでも逃げ出せるよう身構えたピエールの傍ら、ヘンリーだけ行動を起こせずにいた。
それらを視界に収めたマーリンが攻撃態勢を解除すると、ビアンカも風魔法を解除した。
「何事ですか、叔父上」
眉間のシワが深いシリウスに、マーリンは一つ息を吐いて、背後のビアンカを振り返る。
「攻撃が甘いようだが、迷いがあったか?」
困惑したまま、ビアンカは弟子として答える。
「先生の思惑が分からないので、とにかくアリスに近づけないよう足止めを致しました」
「で、なぜ魔法を解除した?」
「え? でも、先生が攻撃をお止めになったので……」
「ふりだったらどうする? 油断させての反撃は常套手段だぞ」
これは魔法の授業なのだと、ビアンカ以外の者も気づいた。
「……申し訳ございません」
不合格に項垂れるビアンカに頷き、マーリンは甥を振り返る。
シリウスの氷の盾はまだそこにあった。
「庇護対称を守ったことはいいが、躊躇したな? 如何なる者が相手でも躊躇うな、と前に言ったと思うが?」
「まさか叔父上が、という思いが判断を遅らせました。申し訳ありません」
「うん。肝に命じよ」
「はい」、とシリウスは視線を落とす。
「ヘンリー」
今度は見学室のヘンリーへと視線を移す。呼ばれた少年はぎくりと身を強張らせる。
「なぜ、動かなかった?」
「それは……先生がまさかアリスを本気で攻撃する訳がない、と思ってしまったからです。何かの意図があってのことだと……」
ヘンリーの顔色が悪くなっていく。
「確かに今回は意図があった。守るべき者が攻撃された時、どういう行動に出るかを見た。そして一番まずいのが、何も行動しなかったおまえだ」
「……はい」
「ことが起こる場合は大抵突然だ。しかも信用している相手からの攻撃もありうるのだ。その時第一に何を為すべきか、とっさの判断が求められる事はこれからもあるだろう。シリウスにも言ったが、誰が相手でも油断するな」
「はい!」
一度言えば大抵は改善できる弟子の良い返事に頷き、マーリンは再び甥へと声をかける。
「もうよいぞ、次はその庇護者だ」
防御を解けと言われても、シリウスはそのままだ。
「おまえへの指導は終わりだと言っている。盾を消せ」
シリウスは逡巡して、叔父の空色の目をひたと見据えた。
「……過去、訓練は終わりと言っておきながら、油断したとたんに攻撃された事が何度あったか」
そう言われたマーリンは思わず苦笑を浮かべる。なるほどと頷いて。
「その警戒や良し。だが今回は本当にもういい。アリス・ロイドへの指導に移りたいのだ」
そこまで言われて、ようやくシリウスは防護魔法を解除した。
再び見えたアリスは――まだ同じ姿勢のままシールドを張り、顔面蒼白で心ここにあらずの有様だった。
「アリス・ロイド、シールドを解け」
マーリンの声に反応がない。
気配がおかしいことに気づいたシリウスが、顔を覗き込む。目の焦点が合ってない。
「ロイド嬢、もう解除しても大丈夫だ」
やはり反応なし。
この事態にビアンカがそそと寄ってきた。
「アリス! 聞こえていて?」
ビアンカの声にも無反応。
ただ茫然としている訳でもなさそうだと、シリウスがシールドに少し魔力を流してみる。途端にパチっと反発があった。
防御は生きている。本人は呆然自失。どうすればよいのか分からずに、シリウスは叔父に助けを求める視線を送った。
この場合、無理にシールドを破れば本人にどんな被害があるかわからず、マーリンも手が出せない。
為す術ない二人の様子に、ビアンカはまたアリスへと向き合った。
シールドの淵間近に膝を着き、中の様子を覗いながらもう一度声をかける。
「アリス、アリス! 起きて!」
変わらない無反応に、少しためらった後、アリスに向かって両手をかざす。
「ビアンカ嬢、なにをする」
ビアンカはアリスに視線を向けたまま、自身の魔力を練りあげる。
「試してみたいことがありますので、少し時間をくださいませ」
ビアンカの両手が少し暗く翳る。するとアリスのシールド内も薄暗くなった。暗いのに、キラキラと銀色の光が瞬いている。
「アリス、もう大丈夫よ、安心して」
銀の光がアリスを包み込む。すると微かに身じろぎした。
◆◇◆
――この時のわたしは、ただひたすら危険な記憶を封じ込めるのに躍起となっていた。
イメージするなら、はみ出す衣類をキャリーケースにぎゅうぎゅうに押し込め、踏んだり座ったりしながら蓋を閉めようとしている状態だ。
忘れろ、忘れろ、忘れろ!
忘れろ! 忘れろ! 忘れろ!!
そうしたらふわりと暖かいものに包まれた。
血の気が引いて全身が寒くて震えていたから、それがとてもやさしく暖かで、まるで自分の部屋の布団にくるまっているような気持になった。
「アリス、もう大丈夫よ、安心して」
あれ? ビアンカ様の声?
あれれ? わたし、何してたんだっけ?
我に返るってこういう事なのねーとつくづく実感しました。
なんだか体が強張っているみたいで、首を動かすのにぎくしゃくとしてしまったけど、視線を動かすことでカバーしたわ。
傍にはほっとした顔のビアンカ様。
少し離れた所に、眉間のシワもくっきりしたシリウス様。
ビアンカ様の背後には、表情が読めないマーリン様。
その顔を見て、とたんに緊張が走ったのはしょうがないよね。
シールドを解除し、思わず正座してしまいましたよ。
「えーと、失礼しました?」
「なぜ疑問形なの」
「わたし、何をしてましたか?」
「……マーリン先生の攻撃に防御を取ったら、そのまま茫然自失していたのよ」
「あ……そう……でした、ね」
そうそう、マーリン様の威圧に押しつぶされたのよ。でもその後は?
「呼びかけても無反応だったのよ! もう何だったの?」
ビアンカ様の眦がちょっとつり上がっている。えーと、なんと言っていいものか。
「あの、えーと、何だか“よくないもの”を思い出しかけて……いえ! 何でもないです! 申し訳ありません!」
説明しかけて、またひょっこり“アレ”が顔を覗かせようとしたので、強引に押し込めましたとも!
これはもう、よくわかりませんを押し通すしかなさそうね。
「大変失礼しました!」
正座から手をついて頭を下げる。すなわち土下座。
面食らう三人。
最初に反応したのはビアンカ様。わたしの手の上に手を重ね、こそりと耳打ちする。
「アリス、【土下座】はないわ」
前世の記憶持ち同士で困るのは、相手が日本語を言っても違和感なく聞こえてしまうことかしら。
今回は土下座をするほどではない、というより、この世界に土下座はない、という意味だと瞬時に理解して、焦って体を起こした。
ゴチン!――瞑ったまぶたの裏に星が見えたわ。
衝撃のあった頭を押さえて目を開くと、額に手を当てているビアンカ様が目の前に!
「ぎゃー、ビアンカ様! ごめんなさいー!!」
「急に……」
なんと呟いたか聞こえなかったけれど、とにかく慌ててビアンカ様の額に手を当てる。
『痛いの痛いの飛んでいけー』、と念じたの。
家でもよくやっていたわ。そうしてナデナデすると、ちょっとした怪我が治ったり、痛みが引くのよね。
ビアンカ様がほぅと息を吐いて顔を上げた。
「本当にすみません。大丈夫ですか?」
「もう、急に起き上がらないで! でも大丈夫よ、ありがとう」
ビアンカ様が優しい笑みを浮かべたので、ほっとしてわたしも笑顔になった。
わたしたちがほっこりしている傍ら……
周囲の人間が動揺していた事に、この時気づいていなかった。
ブックマーク&評価ありがとうございます!
そういえばカテゴリで異世界転生(恋愛)になっているのに、恋愛要素いまだなしってちょっとアレかしら~と冷や汗かきつつ。
まだ子供なのであと3歳くらい年を重ねたらそれらしい話が出てくる予定です。
それがいつだよってことは聞かないでください( ̄Д ̄;




