19.顔合わせ
美少女顔のヘンリー様は、普段表情があまり変わらない。
貴族的に感情を窺わせない微笑みを浮かべている訳でもない。
無表情。……なんだけど、最近目の表情が豊かだと分かったわ。
そのヘンリー様が、全身を使ってガッカリを表現している。
項垂れ、肩を落とし、「なんで?」とぶつぶつ言ってるのよね。
「……どうされましたか?」
わたしを見るなりだったので、原因はわたしなんだろう。
でも、こっちこそなんで?
「まぁ、ヘンリー様ったら、そんなにガッカリなさって」
一緒に魔導師コース訓練場にやってきたビアンカ様が、妙に楽しげだ。
「せっかくアリスの髪型を変えたのに、そんなに似合いませんかしら?」
「……ずいぶんイメージが変わったね」
「そうでしょう? 見た目少しでも大人っぽくしないと、余計な侮りを受けますもの」
ヘンリー様がはっとした顔をされた。
ヘアスタイル変更の意味を理解したようです。
本日のヘアスタイルは、昨日あれこれ試した結果を再現したものです。
耳から上を編み込んで後ろにまとめ、あとは自然に流す、というか、くせっ毛なので自然にするとナミナミとうねるので、エイダさんが毛先をくるりんと巻いてくれました。
ハーフアップとかいうの? あとはビアンカ様から頂いた、青い小花の髪飾りを差してます。
それを見とめて、ビアンカ様が嬉しそうに笑む。
「ご覧になって。お揃いですのよ」
わたしを後ろ向かせ、自身の髪飾りを指さしてヘンリー様に見せつける。
なに自慢? あ、お友達自慢、かな。
対するヘンリー様は、きゅっと唇を引き結んで、ビアンカ様をジト目で軽く睨んでいる。
「――僕は前の髪型のほうが好きだけど……こちらも似合ってる、よ」
培われた騎士精神ゆえに、女性相手に礼儀を欠く訳にいかないと、ヘンリーがかつてない愛想笑いを浮かべた、なんてわたしが知る訳もなく。
わたしに向けては微笑みを浮かべたけれど、明らかに目がしゅんとしている。ケモ耳が付いていたなら垂れているに違いないわ。
そんなにあの髪型が好きだったかー。男子の視点はよく分からないなぁ。
ああ! だから婚活失敗したのよね! ごほごほっ。
昨日、前世のことを打ち明けたから、また美佐子寄りの感覚が強くなっているみたい。
アラサー美佐子プラス、アリス人生約10年。ということは……いやいや、数えない数えない。
先日は子供らしく号泣したりして、精神は体年齢に引っ張られるんだなぁ、と実感したばかりなのに。
で、子供っぽいと指摘された髪型を変えた訳だけど、まだ慣れなくてわたし自身そわそわしている。
首や肩にふわふわと触る毛先を、ちょっと指に絡め取り視線を落とす。
「あの、本当に似合っているでしょうか?」
いやいや、ここは「ありがとうございます」でしょう? 「似合ってるよ」と言われたんだから。なに蒸し返してんの。
心と裏腹な言葉が飛び出して、我がことながら焦って視線を上げる。
ほら、ヘンリー様がちょっと慌てているわ。
「そんなことないよ! これはこれで似合っているから!」
「ヘンリー様、それは褒めてないですわ」
ビアンカ様はクスクス笑っているけど、わたしとヘンリー様はアワアワしていた。
そんな時、訓練場に先生たちが入ってきた。これで気がまぎれるとほっとしたわ。
ロビン先生は、見知らぬ背の高い中年男性と一緒でした。
「「マーリン先生!」」
ビアンカ様とヘンリー様が驚きに声を上げる。
わたしは一人できょとん。
マーリン先生と呼ばれた人は、魔導師の装束、灰色のローブをまとっている。
長い銀髪と切れ長の淡い空色の瞳のイケメン。イケオジ。
ロビン先生が中肉中背だからか、隣にいると妙にガタイが大きく感じられるわ。
今日は魔導師団から教師役が派遣されると聞いていた。所属の魔導師さん? でも、ビアンカ様とヘンリー様が「先生」と言うし。
「みんな、おはよう。今日は特別に、魔導師団魔物討伐部隊隊長のマーリン卿に来ていただきました」
魔導師団には色んな部隊があって、純粋に魔法研究している部署や、魔導具開発をしてる部署、各所を警護する部隊、要請に応じて各地に派遣される魔物討伐部隊がある。
魔物討伐部隊は危険な任務であるため、所属している魔導師は魔力の強い者ばかりだと聞く。
掛け値なしのエリート実働部隊の隊長! すごい人がやって来たわ。
「ロイド君、マーリン卿は、ビアンカ嬢とヘンリー君の魔法指導をされていたことがあるんだ」
ささやかなことではありますが、ロビン先生の「嬢」と「君」の使い分けの基準が分からない。
わたしだけ苗字呼びだし。別にロイド君で構わないんだけどね。
とにかく挨拶よね。
「初めまして、ロイド男爵の娘アリスと申します」
ドキドキしながら、スカートの裾を摘み礼をした。
「ハノーヴァ家のマーリンだ。シリウスの叔父にあたる」
おお、魅惑の低音ボイス! 好きな声音だわ。
ん? シリウス様の叔父様、ということは侯爵様の弟ですか?
侯爵様が魔導師団長で、弟が魔物討伐部隊隊長。ハノーヴァ家、どんだけ強い魔導師揃ってるんですか!
そういえば、シリウス様は来ないんでしょうか。という心の声が聞こえたように、
「シリウス君はウイリアム殿下のお世話で遅れるそうだよ」
と、ロビン先生が伝えると、ビアンカ様の片眉がくっと上がる。
「まあ、大変ね」
またどこかに縛り付けているんでしょうか。昨日は結局ずっと椅子に縛り付けたままでしたね。
シリウス様にも王子にも興味ないのか、ヘンリー様はマーリン様にさっと近づく。
「マーリン先生がおいでになるのは今日だけですか? 『特別コース』の教師に就かれたのではないのですか?」
あら? 目がおかしい。ヘンリー様にぱたぱた揺れる尻尾の幻影が。
「そうではない。が、時々様子を見に来るようにはする」
淡々とした喋り方がこの方には似合うわ。
「今日は『特別コース』最初の日、ということで特別にいらしただけだよ。来週からは別の教師が来るから」
ロビン先生が補足修正すると、ヘンリー様の尻尾(幻影)が元気なく下がる。
「そうですか」
すごく慕っているのね。ビアンカ様も少し残念そう。
そんなやり取りをしているうちに、訓練場のドアがバンと開き、シリウス様と、ピエール様に簀巻きにされたウイリアム王子が担がれて入ってきた。
「遅れて申し訳ありません。本日は叔父がいるということで、殿下も授業に加えていただけないでしょうか」
今日は簀巻き。簀巻きって!
失礼になるから笑うに笑えなくて、腹筋がツライ。
ロビン先生の肩も震えているわ。
簀巻きと言っても、簀の子で巻かれているのではなく、掛け布団です。
寝所から攫ってきたのでしょうか。いやいや、まさかそこまでは……しないよね?
「んぐっ、僕は構わないよ。邪魔にならなければね」
ロビン先生、声が若干震えているわ。笑いを堪えるのって結構辛いですよね。
シリウス様がロビン先生からマーリン様へ視線を移す。
マーリン様が口の端だけを上げる笑い方をした。
「これはお久しゅう、ウイリアム殿下。あれからどのように成長されたか、ぜひ披露していただきたい」
マーリン様は王子の家庭教師もしていたんですかね? と首を傾げていると、
「わたくしとヘンリー様の授業に、たまに殿下が混ざることがあったのですわ」
ビアンカ様が小声で教えてくれた。
「すぐヘソ曲げて逃げ出してたけど」と、ヘンリー様。
想像できそう。本当に仕方がない子供だわ。ん? ちょっと待って。
「お二人は一緒に学ばれていたのですか?」
「あら、言ってなかったかしら。わたくしたち、マーリン先生の姉弟弟子なのですわ」
「兄妹弟子だよ」
……どっちが先に弟子となったかもめる二人には申し訳ないけど、どっちでもいいです。
◆◇◆
前日――4の曜日の放課後のこと。
ロビンは魔導師団から連絡を受け取っていた。
「……マーリン様が来る!?」
予定では警備部の魔導師が派遣されてくるはずで、明日はその顔見せのはずだった。
それがなぜ。
ハノーヴァ侯爵の弟で、魔導師団でもエリートと言われる、魔物討伐部隊の隊長を務めるマーリン。
普段なら忙しい彼が、以前、ビアンカとヘンリーの家庭教師を務めていた事自体驚きだった。
「まぁ、今回はハノーヴァ家が力を入れているしな」
魔物討伐部隊は選りすぐりの強者で組織されているからまだしも、他部署の魔導師レベルが低下しているらしく、老齢で引退する魔導師の穴を埋めきれていない、などという話も聞く。
魔力の強い魔導師が必要だというのは分かる。この国は魔法によって支えられているのだから。
しかし、オーディン学園で新設された、強い魔導師を育成するための『特別コース』とはいえ、生徒は今の所たった三人だ。
「来てもらってもなぁ」
生徒三人は魔力が高いけれど、この有様では失望させるだけではないか。
胃が痛い。
翌日を思い煩い、ロビンのため息は途切れなかった。
サブタイトル思いつきません!(涙




