17.転生者同士の策
「……なに、今の……【猫ふんじゃった】?」
ビアンカ様が驚いていた。わたしも驚いたわ!
まさかこの世界に「猫ふんじゃった」を言い当てる人がいるとは思わなかったから。
「「「ネコフンジャッタ?」」」
わたし以外の三人がオウム返ししている。
あ、日本語か! そもそも「ネコ」って単語がないんですよ、この世界。
聞き慣れない音だよねー。まずくないかなー。
わたしは衝撃で固まったまま、そんなことを考えてた。
そうしたらビアンカ様が硬い表情でこちらに近づいてきたの。
「……ビアンカ様?」
もし、もしも、本当に、同じ日本からの転生者だったら……どうしよう、嬉しいんだけど!
「ちょっと貸してくださる?」
慌てた様子もなく、微笑みを浮かべてピアノを差すビアンカ様。
何をしようとしているの?
分からないけれど、とにもかくにも椅子を譲った。
落ち着いて……いえ、心を落ち着かせているのかしら、軽く深呼吸しているわ。
そして――シャラン――さも優雅に演奏し始める……と思いきや!
オ・サ・カ・ナ・ク・ワ・エ・タ・ド・ラ・ネ・コ!
主旋律のみのワンフレーズ。
うん、間違いない。間違えようのないメロディ。子供の頃から視聴していた国民的アニメの主題歌!
だけど、気高き公爵令嬢が「オサカナクワエタドラネコ」って。
なんだか力が抜けて、つい床に座り込んじゃったわ。
「…………イソノ家は永遠ですね」
ついに日本を飛び出し、異世界まで。
なんて馬鹿なことを考えてたら、ビアンカ様がわたしの両肩に両手を置いて、しっかりと視線を合わせてきた。強い意志を感じるわ。
「ええ、そうね。でもまだまだ完成には遠いわ」
……なんて?
「『ヌコフンジャッタ』は完成間近ですけど、先にあなたが皆の前で演奏してしまうから驚きましたわ!」
何を言い始めたのか分からずに、ビアンカ様にここは任せるべきだと口を挟まずにおいた。
『ネコ』ではなく、『ヌコ』と言い間違えたことにしたいんですかね。
この世界にはイエネコと姿形が同じ魔獣がいて、『ヌコ』というんだって。
ちなみに学園内に1匹飼われているヌコがいるらしいんだけど、わたしはまだ見かけていないのよ。残念。
ビアンカ様は、室内にいた男子たちに向けて微笑む。
「昨日、課題曲を練習しているだけではつまらなかったの。だから思いつくまま作曲もしていましたのよ」
び、ビアンカ様、それ、苦しくないですか!?
「そうよね!」と、有無を言わせない目力に、わたしは頷くしかなかった。
「アリスと特訓って言って、そんなことまでしていたの?」
ヘンリー様、話に乗ってくれるんですか!
「ミレー先生の仕打ちは気分が悪いものでしたから、気分転換をしていたのですわ」
9つのウソに1つの真。
「イソノ家という架空の家族を題材にイメージを膨らませましたの。怒りっぽいけれどお酒好きで憎めない家長と、その夫を支える優しい妻。長女はとてもお転婆で明るくて、そんな娘に惹かれて婿入りした夫。年の離れたやんちゃな弟と、おませな妹がいて、その家ではヌコを飼っているの。やんちゃな弟がいたずらしたのをお転婆な姉が追いかけて、間違ってヌコの尻尾を踏んでしまう、その有様を曲にしたのが『ヌコフンジャッタ』ですわ!」
ビアンカ様、さすがです! 素晴らしいでっち上げです!!
「――ずいぶん、騒々しい家族のようだが」
シリウス様まで話に乗っかってくるんですか。
「ええ、それは裕福な平民の家族という設定ですから」
ねっ!と目でわたしに同意を求めてくるビアンカ様。頷かせていただきます、はい。
「アリスだけ先に演奏してしまうなんてずるいわ、とつい少しだけ『イソノ家は永遠』を弾いてしまいましたけれど、まだ主旋律のイメージだけで、ここでお披露目するには早計でしたわ。この件はここまでにしてくださる? いずれお披露目するまでは!」
言い切った! これで幕引きをしたい考えだとわたしにも分かったわ。
「ね! アリスもそうですわね!」
「は、はい! ビアンカ様」
「そうね、今日の放課後、わたくしの部屋で相談しましょう。色々と、本当に色々とお話したいことがたっくさんありますの!」
「喜んで!」
わたしとビアンカ様は、どちらからともなく両手を握り合った。がっちりと。
「えー、女子だけ?」
不満を訴えるヘンリー様へ、
「ええ! 女子会ですわ!」
と言い切るビアンカ様。……女子会で通じますかね?
ああ、ヘンリー様がお留守番の子犬のように悲しげだわ。
「ヘンリー様、女装して女子寮に来るのはナシでしてよ」
「しないよ!」
扇を広げ、ほほほといつものように笑うビアンカ様。
自然に話を逸らせたんじゃない? このままうやむやに流しましょう。笑ってごまかしましょう。
「――で、ロイドはなんであんなに打ちひしがれていたんだ?」
空気読まねぇマシラが話戻してきたー!
「……ええ、まぁ、ちょっとありまして……」
なんて言おう? どうする?
なんにも思い浮かばないから、伝家の宝刀「笑って誤魔化せ」を発動した。
にこにこにっこり。
「あら、殿下、わたくしたちだけの秘密ですわ」
ビアンカ様の助け舟にわたしはすぐ乗船した。そう、わたしたちの行き先は同じだもの。
こくこくと頷いて、またニコニコと笑う。
殿下は腑に落ちないようで、また口を開こうとした。その時――、
「それで、課題曲の練習はするのか?」
不毛な会話を打ち切るように、シリウス様が促す。せっかくなのでこのまま進みましょう、そうしましょう。
「まぁ、シリウス様、『ヌコフンジャッタ』の演奏はいかがでした? ぜひ感想をお聞かせくださいませ。さらに編曲などもしてみたいと思っておりますの」
ビアンカ様ー!! そこに戻すんですかー!!
「編曲か。確かにまだ余地はありそうだな」
乗って来たー!!!
そして何故か、円舞曲の練習ではなく、シリウス様による『ヌコフンジャッタ』の編曲作業が始まり、話は完全に逸らすことが出来ました。
ビアンカ様、グッジョブ!!
区切りよくしようと思ったら、ちょっと短めになりました。
※日本語発音を【 】で囲うように変更しました。




