11.学園長に会ってみた件
学園長室は、本校舎最奥の最上階にあるという。
つまり、遠いのです。
訳が分からないままシリウス様に連れられて、道すがら説明を聞いたけど、これからどういう話し合いがもたれるのか分からない上に覚悟もない。
うぇぇん、いたいけな9歳女児に、難しいことを要求しないでぇぇ!
ようやく辿り着いた校舎最奥に、最上階までの転移陣が敷かれている空間がある。
上下の転移だけのものだから、魔法のエレベーターってとこですね。
セキュリティ強化のため、転移陣を扱う人間を限定してます。
その転移陣の前に、職員らしき人と一緒に、ハリー伯父さまと従僕のクレオさんがいた。
保護者の呼び出しキターーー!!
伯父さまの怒気がにじむ目を見て、思わずシリウス様の影に隠れる。
シリウス様が味方と言えるかどうかは置いといて。
「ヴィンスリ―子爵、急な呼び出しに応じていただき、ありがとうございます」
伯父さまは三つ揃いを着ていて、丁寧に撫でつけた髪型をみても、上得意客対応仕様だ。
いつ呼び出しを受けたの? 商談を中止にしてきたとか言う?
「――いえ。アリスに関することならば、いつ何時でも応じましょう」
本当に? その時の損失補填を要求されないかなぁ。
冷静なシリウス様対応とは違い、わたしに向ける視線が怖い。
「アリス、先週末にこの話は聞いていないぞ」
「“この話”と言われましても……先ほど『特別コース』の話を初めて聞いたんですよ!」
「はぁ!? 『特別コース』を受講する件か? それともコースが稼働していないことか?」
「どっちもですよ!」
「説明したはずだ! いや、おまえ、ぼけっとした顔をしていたな、『特別コース』の意味を理解していなかったのか」
「ぼけっとって、酷いですよ! 急にオーディン入学の話を聞いて驚いていたんですから!」
「契約書を渡しただろう!?」
「ええ!? 見てないですよ! いえ、待ってください。誰に渡しましたか?」
「ハリスに……」
わたしの嫌な予感と、伯父さまの失敗したか、という思いは同じ。
「父さまに渡したら、工房のどこかに紛れ込みますよ! まだ母さまの方が良かったのに」
父さまのごちゃごちゃした工房には、時々書類関係や手紙が置きっぱなしで、行方不明になる。
ドジっ子の母さまも、うっかりすることがあるけど、父さまよりはマシ。
でも、どうせなら、わたしに直に渡してほしかったよ!
「ロイド嬢には先ほどあらましを説明しました。時間がありませんので行きましょう」
冷静沈着なシリウス様に促され、我に返る伯父さま。
うう、シリウス様に伯父さまとのナチュラルな言い争いを聞かれてしまったわ。
「失礼いたしました。――アリス、口を挟むなよ」
ぴしりと表情を改める伯父さま。切り替え早いな!
もちろん口なんて挟みませんよ。借りてきた猫状態をお約束します。
◆◇◆
学園長室は執務室と応接室と仮眠室からなり、今回は応接室に通された。
ボルモント伯爵である学園長イーリスと、ブーリン伯爵家出の教頭マリオが揃って迎えてくれる。
入学式の挨拶以来な二人だけど、間近に見ると、教育者というより政治家っぽい。
年のころは学園長の方が若いかな? 30代か40代か。
「ハロルド、久しぶりだな」
「イーリス様、ご無沙汰しております」
学園長がとってもフレンドリーに伯父さまを笑顔で迎えたわ。
名前を呼びあう仲だって聞いてないよ!
伯父さまもいい笑顔ですね。上得意客に見せる笑顔ですかね。
対する教頭は、伯父さまの登場にピクリと眉を震わせた。
子供だけ相手にするつもりだったのかもしれないわね。
席を勧められて向かった三人掛けのソファ。座る順番は、上座からシリウス様、わたし、伯父さまの順でした。保護者と庇護者に挟まれて、本格的に「借りてきた猫」状態です。
「そうそう、今年も助かったよ。コタツが増えて座席の取り合いをしなくて済んだ」
「それは贈った甲斐があるというものです。低温火傷などはされておりませんか?」
「ちっ、なぜそれを知っている。うっかり寝てしまった一度だけだ」
うん、コタツで寝ちゃうと低温火傷の心配もあるし、長時間当たっていると脱水症状も心配ですからね。
販売する時の注意点に上げておきましたとも。
「ハーブ茶もそろそろ無くなる頃合いではないかと、本日また納めさせていただきます。奥様のお気に入りのローズヒップとジャスミンに、お茶うけ用の焼き菓子も併せております」
後ろに控えていたクレオさんが、学園長の従僕へと箱を渡した。
何の荷物だろうと思ってたけど、お茶セットだったのか。
さすが手ぶらでは来ませんね、伯父さま。
和やかな世間話から本題へと入る流れは、貴族ならでは。
ただ、シリウス様も教頭も置いてけ堀。
シリウス様は平然と様子見をしているけど、教頭はちょっとイラついてるみたいかな?
「助かるよ。通常だと予約3年待ちとか聞いたぞ」
「確かに好評をいただいておりますので。一般販売では予約待ちですが、特別な方にお分けする分は確保しております」
「さすが抜け目がないな」
「恐れ入ります」
にっと笑う伯父さま。
そちも悪よのぉ、なんて副音声が聞こえてきそうな会話だわー。
「さて――君の姪、アリス君だったかな。せっかく特待生として入学してもらったのに、どうやら手違いがあったようだと、一部の教師とシリウス君から問い合わせがあった」
本題突入! 声音が少しトーンダウン。
「わたしも聞いたばかりなのですが、驚きました。『特別コース』が稼働していないと」
ここでちらりと伯父さまがシリウス様へ視線を送る。
意を得てシリウス様が、さっきわたしにしてくれたような説明を、さらに丁寧に堅苦しく述べた。
「新コース設立にあたり、書類に不備はなかったはずです」
「うん、それについては事務方に調べてもらっている。そろそろ来ると思うんだが」
学園長の発言に合わせたかのように、応接室に大量の書類と共にやって来た女性が事務方トップだという。
「お待たせいたしましたぁ! ああ、もう、イーリス様ったらぁ突然なんだからぁ」
……甘ったるい声出してますけど、事務の人だよね? 恋人じゃないよね?
「エミリー君、それでどうだったんだね」
「せっかちねぇ。調べるの、大変だったのよぉ? ――結果、書類に不備はございませんでした。変更もございません。新コース設立は国の中枢に承認され、補助金支給の手続きも済んでおります」
甘えた声音から、急に真面目にしゃべりだすから、思わずびっくり眼でガン見してしまったわ。
20代後半位の肉感的で愛嬌のある女性だから、甘い声を出していると愛人キャラっぽく感じる。
見た目としゃべり方はアレだけど、実は仕事ができる女。ギャップ萌え。
いたいけな子供にはちょっと刺激が強い。
学園長は、エミリーさんの報告に頷く。
「王太子殿下肝いりで始めたことが、何の不備もなく頓挫するなど由々しき事態だ。殿下の顔に泥を塗ることになるなど、あってはならぬ」
王族案件なんですか! そういえばシリウス様は王太子殿下の側近候補でしたね。
「それで、教師を統括する教頭、あなたの見解を訊きたい」
学園長に話を振られた教頭、顔色悪いね。
「わたしにもさっぱり……どこかで行き違いがあったとしか思えません」
統括する立場で「わたしは存じません」て通用しないでしょう? もうちょっとマシなこと言えないんですかね。
「ふむ。では君はどうかな? 当事者のアリス君」
ぎゃっ! しゃべるなって言われているのに、直で訊かれちゃったよ?
ちらりと伯父さまを見上げると、口の端だけの笑みで頷いた。言っていい?……てことだよね?
反対側のシリウス様も見上げてみた。こっちも頷いたわ! うぬー。
仕方ない、特別コースの事はさも知っていた体で話すか。
でもさ、入学式で新設コースの話はなかったと思うんですよー。それってどうなのよ。
「……入学して以来、別の授業を受けるように指示をされた事はありませんでした。同級生全員すべて同じ授業を受けています。ただ、体術とダンスの授業は、わたしは数に入らない者のように扱われておりました。音楽では他の生徒と一緒に課題曲を弾くよう言われて、ろくに練習させてもらえないまま補習を言い渡され、練習室も貸してもらえない状況です」
「ミレー先生か」
「はい。あと魔術のロビン先生は、その日の課題を出来るかどうか最初に尋ねられ、個々に応じるような授業でした。その場にいる生徒全員を等しく扱ってくださいました」
教師によって対応が全然違うってことが、これで伝わったと思う。
「ただ、体術とダンスの先生は、本来授業を受けないわたしを、どう扱っていいのか迷っていたのではないかと思います。それこそ行き違いがあったのだと思っていたのではないでしょうか」
ミレー先生の悪意より、いない者として扱った先生たちの方が、まだしもマシだと匂わせた。
「体術とダンスの授業はどうしていたのだ?」
「一人で指導内容を見よう見まねで行っておりました」
ぼっちだったからね。虚しかったよ。
シリウス様の話だと、新入生で『特別コース』の生徒はわたし含めて三人だって言ってたよね。
わたし以外の二人は普通に扱われてたんだよ。
つまり、わたしだけ不当に扱われてたんだ。
「そうか、辛い思いをさせたようだ」
学園長にそう言われると、ちょっとだけ救われる思いです。
伯父さまの贈り物作戦が効いているんでしょうか。
それにしても、いつから懇意にしてたんでしょうね。
いや、余計な事は考えまい、うん。
ブックマーク、感想をありがとうございます!
今回もサブタイトルはかなりテキトーです。
そして学園長室でのお話し合いはまだ続きます。




