☆2話 絶対来い
なんとか遅刻5分で済み、それくらいならと許してもらえた。これが許してもらえないと職員室に行ったりして色々と面倒な書類処理がある。助かったのはありがたい。
1年のクラスは全部で5組まであるのだが俺はその内の1組に所属している。それぞれのクラスには文系、理系、さらにはスポーツ推薦組と特徴があったりする。それで分けられているのだ。
俺が所属している1組はもちろんスポーツ推薦組……ってわけではなく理系クラスだ。俺自身はサッカーのことを忘れたいという気持ちもあったため普通に勉強で入った。ちなみにスポーツ推薦組は5組な。
休み時間、4月も中旬だが外部受験組の俺にはまだ友達がいないため1人で机に座ってパンを食べていた。
食堂があるのだがぼっちの俺には教室の机で十分だ。わざわざ人の多いところに行く必要はない。どうせ俺に話しかけてくる人なんて…………
「桜庭君はいるか?」
いた。教室の扉の前に立ち1組全員によく通る声を放って俺の居場所を聞く者が。そういえばこの人は昨日も教室に来たんだった。
名も知らないクラスメイト達はその名前を聞くと一斉に俺の方を見る。まるで俺にスポットライトが当たったように。
「おお桜庭君! ここにいたか」
「なんすか……?」
「例の件。考えてくれたか?」
「…………サッカー部、のことですよね」
実はこの人は2つ上の先輩で「阿漕 優」というサッカー部の現主将の人だ。
自分で言うのもなんだが、俺は中学サッカーではちょっとばかし有名な選手だった。そのせいか、そんな選手がいるならばと主将自ら勧誘に来ているのだ。
サッカーとフットサルが世界的大人気スポーツとなった今、たとえ何歳であろうとも大会で活躍するような「有名選手」というのはかなりの知名度を持つ。
それこそテレビで何度も取り上げられたりと全国の誰もが知っているほどのレベルに。
先輩も、過去その一員であったらしい俺を勧誘したいのはわかるが……答えは変わらない。
「すいません。俺は、サッカーはちょっと……」
歯切れの悪い言葉を残して俺は席を立つ。この場を去るためだ。座っていれば時間いっぱい勧誘を受ける羽目になるから。
今日一日でサッカーに関することをどれだけ言ったのだろうか。全部「もうやってない」って話だけど。
「なぜだ!? 君のことは知っている。君ほどの選手がなぜサッカーをやらない!? 嫌いになったわけじゃないんだろう?」
「……嫌いに、なったんですよ。それだけです」
すぐに先輩の前から、皆の前からいなくなりたかった。数々の目線が耐えられない。周囲でヒソヒソと話をされる。
「3年の先輩が勧誘に来てんのにあんな断り方なくね?」
「なんか冷たいよねー」
「桜庭って何考えてるのかわからないよな」
……俺のことなんか放っておいてくれ。何を言われようとサッカーなんてもうやらない。俺がサッカーをやったって…………誰も幸せになんかならないんだ。
☆
俺は教室から出ていき、屋上に逃げ込んだ。ここは良いところだ。ベンチも用意されてて解放的な空間は人の気持ちをリラックスさせてくれる。
「ねぇ。あんた『桜庭楓』よね?」
…………。今度はなんだ。今日はやけに人と話すことが多いぞ。
いや、まだ3人目だろというツッコミ待ちではない。いつも話す人などいないためこれでも珍しいんだ。
ウンザリした顔になり声のした方に振り向く。するとそこにいたのはポニーテールに髪を束ねた女子。 スラリと脚は長く、引っ込むところは引っ込んで出るところは出ていてスタイルが良い。
まぁそこまで言えば高等部だとは思うが一応制服で判別ができるようになっている。
制服に付いてあるネクタイのピンやリボンの色が違うのだ。高等部は色が赤、中等部は青、初等部は緑という風に。
「そうだけど……またサッカー部の勧誘か。いい加減にしてくれ。主将が来ようがマネージャーが来ようが答えは変わら─」
「勘違いしないで。あたし、サッカー部じゃないし」
「え?」
サッカー部、じゃない?
ってことは……ま、まさかこれって噂の「青春」というやつだろうか。もしかして俺ってけっこうイケメンだったのか? 誰とも話さない感じがむしろクールだったみたいな? 相手は話したこともないしそれどころか初見さんなんだが、もし告白されたらOKしても……
「なんかあんたまだ勘違いしてない? 別にあんたのことがどうとか思ってないから」
「はいはいそーですか。じゃあいったい何の用だ」
「今日の放課後。初等部の体育館に来て」
放課後? 初等部?? 体育館???
「おいそれどういう─」
「それだけ。絶対来い。来なかったら殴る。言っとくけどあたし空手やってたから」
知らんがな。って、おい。行ってしまったぞ。今日はいったいなんなんだよ……。