☆15話 私達のポジション決まりますっ!
「よし。このパス回しの練習は毎日するけど今はひとまず終了。これから5人をグループに分けて別々の練習をしてもらう」
「5人一緒でやらないんですか?」
牧野は意外そうな顔をした。チームスポーツだからどの練習も5人で、と思っていたのか?
ほとんどの練習は皆でやった方がいい。けれど今からグループに分けるのにはちゃんと理由がある。それは……
「今からお前達のポジションを決める」
「!!」
この言葉にはさすがに5人も顔色を変える。それはもちろん……良い方に。四井はちゃんとわかってるのか不安だが目を見開いて驚いてるようなので多分大丈夫だろう。
だが皆が反応してしまうのも無理はない。ポジション決め。これはゲームで言えば「戦士」「魔法使い」「僧侶」などのジョブ選択のようなもの。それによって自分の役割も決まる。選手にとって自分をデザインする第一歩なのだ。
「ねーねー! ポジションってフォアードとかゴールキーパーとかってやつ?」
亜子が良いことを聞いてくれた。フットサルのポジションもサッカーと似たものが多い。競技自体が大きく違うわけじゃないから当たり前なのだが。しかし、少しだけ違うところもあるのだ。
「そうだ。でも名前はそう言わない。とりあえず今から皆にやってほしいポジションを言っていく。嫌だったら遠慮なく別のにしてくれって言ってもらっていい。我慢だけは絶対するなよ。楽しくないだろうからな。こっちで考慮する」
初心者ならまだ色々とわからないことも多いからどのポジションにしてくれなんて言うのは難しいかもしれない。でもだからと言ってこれをやれと強制するのはしたくないのだ。
最初はよくわからなくてもやっていく中で面白さもわかるかもしれない。今のところは暫定的なもので。
「まず牧野」
「はい」
「お前にはゴールキーパー。フットサルでは『ゴレイロ』って言うんだが。それをやってもらいたい」
「ゴールを守るんですか?」
「ああ。どうだ?」
さっきポジションがどうとかを言ったのはこのゴールキーパーという存在のところが大きかった。
少し話は外れるが、よくこのポジションは身長が高い人にやらせることが多い。
その理由は言わずもがな。大きければやれることも増えるからだ。
サッカーの世界ではゴールキーパーが手を伸ばそうがたった数センチ、数ミリほどでもボールに届かなければ無慈悲に1点を失う。しかもそのケースは珍しくない。
だが、届きさえすれば色んな方法でゴールを阻む方法があるのだ。
パンチングで方向を変える。指先だけでも触れれば方向を少し変えることも可能だし前に出ることでシュートを撃とうとする選手に圧力をかけることも出来る。身長があるだけで他のゴールキーパーよりも選択肢が圧倒的に増えるのだ。
だが、ここで問題なのは1つ。魅力がわかりづらいところにある。
ゴールキーパーが好きだからやっているという人もいるが、手を使っていい代わりに動けるところが制限されることから窮屈な想いを感じる人もいるだろう。
それに加えて攻めている時には加勢することがほとんどない。
ゴールキーパーとは自分のチームが劣勢の時に最も頼られ、優勢の時に最も孤独になるポジション。これをやってくれるかどうかは……
「わかりました。任せてください」
「……自分で言っといてだが、本当にいいのか?」
あまりにスルッと了解の声が出たのでこっちが心配になってしまう。俺の考えすぎだったか?
「素人意見ですけど、ゴールを守るのも重要な仕事ですよね? そして仕事の重要度はどれも同じ。点を取ることだって、守ることだって。どれも」
「ああ。そうだ」
「そういうことでしたら喜んでお受けします。チームのために、皆のためになることでしたら」
言葉遣いもそうだが、なんて小学生離れした子供らしくない意見なんだ。今の言葉だけでこの5人の中で一番考え方自体が大人っぽいと改めて思わされる。
こういう時は子供らしく「他のをやりたい!」とか言ってもいいのにな。それだと俺も困ることにはなるのだが、それが想定にあった。俺はここで困るつもりでいたんだ。どうせ最初の内は文句もあるかなと。
だが、一発で通ってしまった。それなら全力でゴールキーパー……フットサルでいう「ゴレイロ」の魅力を伝えることを頑張るが……。
「どうしました?」
「いや、なんでもない」
牧野のこちらを不思議そうに見つめる目を見て、無理をしていないかと心配してしまう。でもそれこそ余計な心配というやつか。
「じゃあ次、亜子」
「はいはいはーい! 待ってましたー!」
「亜子にはサッカーでいうミッドフィールダーに近いポジション─『アラ』をやってほしい」
「『わら』?」
「アラ、だ」
次なるポジションは『アラ』。これに関しては少し説明も必要だろう。
「『アラ』っていうのはサッカーではサイドから攻めているような選手をイメージしてもらえればわかりやすいと思う」
「サイドって横のスペースのこと? そもそもさ、なんでわざわざ横にいくの? 真正面からぶち当たってけばいいじゃん」
なるほど。サイドに関する疑問ではそういうものもあるのか。なんで横から攻めるのかと。ふむふむ。
「サッカーの試合を思い浮かべてくれ」
「ほいほい」
「サッカーの試合を見たことがあればわかると思うけど、横から攻めていってそこから真ん中にパスでボールを放り込むって動きをよく見るだろ?」
「うんうん! 見る見る!」
皆もよく見るはずだ。サイドからドリブルしていって最後はゴール前の真ん中の方に長いパスを送っているのを。結局真ん中に送るなら最初から真正面から行けばいいじゃん! というのもわかるっちゃわかるのだが…………
「簡単に言うとだな。『攻めやすい』んだ」
「攻めやすい?」
「当然だがプレーヤーは真ん中に一番多くいるわけだ。密集してると言っていい。そこから攻めるのはイメージとしては壁に真正面からぶち当たっていく感じだ。それじゃ中々ゴールにたどり着けないだろ? 何人も相手にしなきゃいけないんだから」
「あー、たしかにそうかも!」
「だからこそ、それを避けるために敵が少ない横から攻めるんだ」
敵の中枢に入り込むということは四方八方を囲まれるということ。そうなればちょっと動きを止めるだけで一気に袋叩きにされる。そんな状況になればいくら仲間がいてもゴールを奪える可能性はかなり下がる。
だから、その壁を避けていく。すごく単純に言えば「敵が薄いところから入っていって、ゴール手前で良い位置にいる味方に渡してすぐシュート撃たせりゃいいじゃん!」っていうものだ。ほんと難しいこと抜きで単純に言えばだけど。
「ふーん。そんなに上手くいくの?」
「横から攻めれば当たり前だけど真ん中にいる選手はそっち側に寄っていく。そうなればもう片方のサイドの防御が薄くなるだろ? 加勢してくれる味方が減るんだから。そうなれば今度はそっちにパスして攻める手だって出てくる。『サイドチェンジ』っていうんだけど……これはまだ難しいか」
「とにかく『攻めやすい』ってことでいーの?」
「そういうことだ」
初心者にいきなりあれこれ説明しすぎても困らせるだけだろうからこんな感じの理解でいい。特に亜子は感覚で覚えていくタイプみたいだし。
どのジャンルでも初心者相手に長々説明してしまってより困惑させてしまうというのはよくある話。「結局どういうものなのか」というその話の核の部分を教えて後は本人に考えさせることが出来れば充分だ。
「で、どうだ? 受けてくれるか?」
「いーよ! バリバリ攻めればいーんでしょ? 最高じゃん!」
このポジションに関して亜子はハマりどころかもな。とにかくよく動いてくれそうだからこのポジションが相応しいと思った。フィールドを搔き乱してくれ。そして……
「もう1人。四井にも『アラ』を頼みたい」
「なゆにも?」
四井はいつものように首を傾げる。わかっていないという意思表示ではないはずだ。話もちゃんと聞いてくれてたし。
「あ、ああ。どうだ四井。受けてくれる……かな?」
なんか四井相手にはどうにも強く発言できない。身長や雰囲気のせいもあってか一番子供っぽいしそれはまるで小さい妖精。だから四井相手の言葉には柔らかい言葉とぶっきらぼうな言葉が同居する謎の現象が起きている。
「いいよ」
「よ、良かった……」
ここも問題はなかったか。四井をアラにしたのは意外と動けるという事実を知ったのもあるが、この子自身にも頼みたいこともあった。それはまた後にするとして……
「でも、『なゆ』」
「うん?」
「『四井』じゃなくて、『なゆ』って……呼んで?」
「!!!!」
これまた首を傾げるポーズから、さらに上目遣いでそんなことを言ってきた。これには俺もドキッとしてしまう。
小学生相手にドキッとなんかしちゃいけないんだけど、もうそういうのを抜きにして言おう。この子メチャクチャ可愛い。フワフワとした雰囲気から繰り出される破壊力のある無垢なセリフ。ダメだ可愛─
「ロリコン」
うっ! 白戸が横からジト目で見てくる。とんでもないサイドからの攻撃だ! と、思えば舞依も若干だがジトー……と見てきている。な、なんでぇ……!
「じゃ、じゃあ……『なゆちゃん』でいいかな?」
「うむ。ゆるそう……『にーたん』」
「に、にーたん!?」
「うん。お兄ちゃんだから……『にーたん』」
「そ、そっかぁ……にーたんかぁ……」
ふんぞり返るようなポーズを取るよつ─なゆちゃん。もう俺の言葉も完全にふにゃふにゃになってしまった。
この子はロリの中でも一際性能が高いロリだな……。
自分でも何を言ってるのかよくわからないけど、とにかく年上を破壊する力が強いということを感じ取ってほしい。いやぁそれにしても、にーたんかぁ……。
「シスコン」
「え、えっと! じゃあ気を取り直して次だ!」
2人(舞依と白戸)のジト目&(白戸の)罵倒を背負いながら次に入る。次は高飛車お嬢様の宇津木。
「宇津木。お前には『フィクソ』をしてもらいたい」
「誰がクソよ」
「…………『フィクソ』だ。フットサルではディフェンダーのこと」
「ディフェンス? なによそれ。つまんないわね」
宇津木はプイッと顔を背けながら悲しい言葉を吐いてくる。
あーあー。そう言うと思ったよ。全て想定内だ。お前のような捻くれた奴はこうも想定通りに動いてくれるか。嬉しいねチクショウ。
「今、軽く全世界のDFを敵に回したのは置いておくとしてだな。フットサルのフィクソには守備以外の大切な役割があるんだ」
その言葉にピクリと反応して宇津木は俺の方に向き直る。身長はちっこいくせに腕を組みながらのデカイ態度で「ふーん」という顔だ。天使のなゆちゃんと違って煽り性能が高すぎるロリだよお前は。
「なによ? ほら言ってみなさい」
「『司令塔』だ。お前にはこのチームの司令塔になってもらう」
宇津木以外の4人は「司令塔」という言葉に「お~!」と声を上げる。なゆちゃんは「?」だが。
「攻撃時は主にパスを出して攻撃の起点になってほしい。味方全体のコントロール、ゲームメイク、それらをこなして攻守共に試合を支配してくれ」
「ふんふん……なるほどね。少しはマシな目を持ってるじゃないの。司令塔ね。それならいいわよ。受けてやっても」
「はっはっは。最高に腹立つ了承をありがとう」
受けてくれたのはほんと嬉しいがこのふつふつと出てくるイラつく気持ちはなんだろう……? もっと素直に「いいよ」って言えないのか。なーにが「少しはマシな目を持ってる」だ。
「そして……最後に舞依」
「はいっ!」
「お前にはサッカーでのフォアードの位置に属する『ピヴォ』をやってもらいたい」
最後は舞依。ゴレイロ、アラ、フィクソと来れば残っているのは「点取り屋」。チームのために矛となってくれるプレーヤー、それが『ピヴォ』だ。
「わ、私がフォア―ドですか……!」
「そうだ。足元の技術は……………………うん。とにかくこのポジションを舞依にお願いしたい」
「さっきの間はなんですかー!」
舞依はガオー!と怒った。それと同時に尻尾に見える後ろに結んだ髪もぴょーん!と逆立つ。なんだあれ。どうなってるんだ。
「悪い。ここから上手くなっていけばいいだけだ。ここからな。それよりポジションはそれでいいか?」
「む~。……はい。任せてください」
プクーっと頬を膨らませる舞依。この子表情がコロコロ変わるから面白いんだよな。